始まりの日、『七月二十二日:午後』―①
結局、京子の提案は断る事になり、湖には太陽と蛍の二人だけだった。文字通り二人きり、この炎天下山に登ってまで湖に来るものは他にはおらず、予想通りの展開に二人は満足して水の中に飛び込んだ。
服は上着だけを脱ぎ、後は触れては困るものだけ取り外していた。当然携帯電話もその一つ、しかし濡れて壊れるということ以外気になることがない。
なぜなら、一時間程度の山登りでは電波など届くはずがないからだ。だからこそ、『遊ぶ』ということに全力で集中することができる。
ただし、二人という制限ではできることも限られてしまう。
長年の付き合いか、二人顔を見合わせると最初にすることはすぐに決まった。
「「位置について、よーい……、どんっ!」」
ある種のライバル、競争は本気で行われた。
泳いで、じゃれて、浮いて、ふざけて、そんないつもの夏を感じながら、日は傾いていく。
疲れ始めてからはぷかぷかと浮かんでいる時間が長くなっていると、ふと太陽が昼間の事を思い出したように話しかける。
「しかし、いい加減直したほうがいいんじゃないか?」
唐突の事で最初は何を言っているのか分からなかった蛍だったが、すぐになんのことを言われているのか気が付いた。
明確な回答は返せない。
「なんで女子が苦手なわけ?」
「いや、別に苦手ってわけじゃ……」
「月には普通に接してるだろ?」
月とは太陽の二つ下の妹の事だった。しかし、自分の妹を例えに出すことに蛍は渋い顔を作る。言わずともわかることだ。太陽と幼馴染と言うことは自然と月もその立場にあたる。そもそも、幼馴染とは周りの人間からの見方であり、実際は火村家と杉原家はほとんど家族同然の付き合い。元を辿れば、蛍と太陽が生まれる前から続いている関係である。
「月は月だろ。例えに出す方がおかしい」
「兄としてこれだけは言っておく。俺は気にしないぜ」
その無神経な発言に間髪入れずに言葉は出た。
「死ね」
「いや、冗談、月にだけは内緒の方向で」
月は太陽がオタクという部分を嫌っている。兄がオタク、月にも友人がいるからその辺で嫌な思いをしたくないからこそ、嫌煙する。それは至極まっとうな出来事だった。しかし、太陽は太陽で、家族の前ではそれを隠すそぶりは全く見せない。それがいつ他人にばれると恐れているからこそ、月は実の兄に冷たく当たっていた。
よって、それ以上嫌われないためにも余計なことを月の耳には入れてはいけなかった。
「じゃあ、その話はナシな」
「いや、マジな話、彼女とはほしくないの?」
「…………言いたくない」
欲しいは欲しいんだな、と太陽は結論付けてその話は終わりにした。これ以上は喧嘩になると感じ取った。京子の悪巧みの件にしろ、余計なお節介をしたら、今の関係が崩れてしまう危険性を回避する。本人が本気で希望しない限り、この件で喧嘩をするには馬鹿らしすぎた。
ふと、蛍が何かを考えるように黙る。
「…………」
なにか誤魔化すために行動だなと太陽はため息を付く。
そして、慌てたように蛍は岸まで泳いでいくと、置いてあった携帯電話を取り出した。はいはい、といった感じで太陽も後に続く。
「……あー、あのさ」
「なんですかー、」
その態度に蛍はイラッとするも、思い出した事実を教えればそんな態度はとれなくなる。
「今年、早めに法事行くとか言ってなかったっけ?」
その瞬間、太陽の泳ぎは早くなる。
岸に上がると、携帯電話で日にちを確認する。
太陽の顔から血の気が引いていくのが感じ取れた。
「ヤバイ……」
呆れたように今度は蛍がため息を付く番だった。
根本的に家族ぐるみの付き合いをしているといっても、その家系はただの他人。杉原家の法事は火村家には全くの無関係だった。
「か、帰るぞっ!」
「このっ、馬鹿!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」
泣き言は訊いていられない。