虹色の記憶
「記憶がない?」
信じられない、という表情を浮かべ虹色を見つめました。
けれど、虹色がそんな嘘を吐いている様には見えませんでした。
虹色の髪が風に揺れ、リボンも一緒に揺れました。
少し悲しそうな笑顔を浮かべていた虹色は、大きく息を吸い込みました。
そして、少しずつカーディナルに近づきはじめました。
「はい、記憶がないんです。
その前の記憶は少しも残っていません」
一つ一つ言葉にしていくたびに、虹色のドレスは色を変えていきました。
鮮やかな赤へ、黄へ、そして青へ。
ゆっくりと色を変えていきました。
一歩一歩、カーディナルに歩みよって行きます。
「気付けば、私は色彩広場に立っていたんです。
そして唯一分かるのは、自分が“虹色”という色というだけ」
きっと後一歩でカーディナルとぶつかるであろう場所で止まり、彼を見上げました。
頭一つ分違う、彼を見上げながら寂しそうに笑いました。
「これって、記憶喪失ってやつですかね」
「多分、そうじゃないかな」
寂しそうに笑う虹色に、少し困った笑顔を見せました。
他の色を色彩広場に迎えに行った時、大体の色は記憶を持っていて基本的な情報を知っていた。
けれど、目の前に居る虹色さんはそれすらもっていない。
それがどれだけ辛いのか、俺にはわからない。
「なんか、面倒ですね…記憶がないのって」
「他人事みたいだな」
一つ溜め息を吐き肩を落とし、カーディナルは虹色を見つめました。
記憶喪失、となるとなるほどと頷ける点がある。
きっと虹色さんが住んで居たであろう場所に“俺と同じ色”が住んでいたハズだ。
虹色さんは一度、俺に“赤色さん?”と質問した。
普通ならば知ってるであろうことを虹色さんは知らない。
つまりは、そういうことだ。
そして極めつけは、他人事ということ。
「記憶がないってことは、基本的なものも忘れてるのか?」
「多分、忘れてると思います。
ここがどこかも知りませんし…」
困ったように周りを見回して、肩を落とす。
結構、此処らへんは雑誌にも載るくらい人気なんだけどな。
と、カーディナルは少し苦笑をして、虹色が本当に記憶を無くしているのを再確認する。
「カラーパレットで生活していくんだから、色々と覚えないと。
この先、虹色さんが困らないように」
「困ること、あるんですか?」
「うん。
結構、知らないと不便なことがあるから。」
へぇ、と呟き虹色が首を傾げました。
きっと虹色さんの癖なんだろう。
カーディナルはそう思い、少し笑顔になりました。