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File9キミとボクと読み聞かせ(後編)

「おにいちゃん。ごほんよんで」


 僕はあの女の子-―さきちゃんと毎日彼女の個室で遊んだ。


 さきちゃんはいつも一人ぼっちだった。


 看護婦さんが言うに家族も仕事で夜、彼女が寝た頃にしか来られないとの事らしい。そして個室に住んでいるから友達もできずにいるのであった。


「えーと今日は」


 僕は本棚から持ってきた絵本を読もうとしたが気づいてしまった。


「ねぇ……一回読んだお話聞きたい?」


 もう、本棚の本を読みつくしてしまったことに……。


「あたらしいのがいい」


 だよね~。絵本好きな子なんだから新しいほうがいいよね~。でも、本がある場所といったら大人用の資料室と1号室の自分のベッドしかない。そして自分の読む本といったら参考書と『エリア88』や『ベルセルク』しかない。エリア88ならまだいける。そんなグロくも無いし、エロくも無い。しかしベルセルクなんて読み聞かせたら絶対に悪影響を及ぼす。てか、泣く。


 どうしよう……。


 病院を脱走して図書館から借りるのも手だが、坂を上らないといけないので再生不良性貧血のマーベリックには無理。


 母親に頼んで絵本を……恥ずかしくて無理だ!!


 だが、悶々と考えていた僕はひとつ思い出した。自分が誰かという事を。


 そう、自分は「なろう」ユーザーのマーベリック。底辺でもモノを書いてるのだ。『少年と空』とか書いてるのに児童文学を書けないなんて道理はない。


 無ければ作ればいい。


「じゃ、さきちゃんはどんなの本を読みたい?」


「おひめさま!!」


 お姫様か……確かに彼女はシンデレラや白雪姫を読み聞かせたときが一番楽しそうだった。今晩は徹夜だな。


「本が無いから今日は別のことしよう!!何がいい?」


「えーとねー……おさんぽ」


 よし。いい選択だ。これなら二人で楽しめる遊び?だ。


「じゃ、病院の中だけだよ。ほい、マスク」


 マスクは僕たちにとっては命綱ともいえる。白血球が減少したせいでウィルスに対する免疫が低下しているのでこれがないと肺炎とかになってしまう恐れがあるからだ……でも、マーベリックはあまりつけなかった。今思えば相当なバカに違いない……うん。反省します。


「うん!!」


 マスクをつけた元気良くベッドから跳ね出て、個室から弾丸のように出て行った。


 僕たちは病院の敷地内をぐるりと一周した。ゴールは売店。万年金欠でケチで有名な僕はさきちゃんにアイスをおごった。マーベリックがモノを誰かに『おごる』という動作は『世界滅亡』と同義だが、今回ばかしは財布の紐が緩んでしまった。


「おいしー。ありがとう!!」


 おいしそうに『スーパーカップ』をぱくつく、さきちゃんを見てるとこっちまで幸せになってしまう……この時だけロリコンと呼ばれる人種の心理が1ミクロン理解できた。だがマーベリックは断じてロリコンではない。


 そうしている間にさきちゃんの迎えの看護婦さんが来て検査の為に彼女を個室へ連れて行ってしまった。去り行く彼女は相変わらず寂しげだった。



 お姫様。


 僕はその単語ひとつと格闘した。お姫様という単語から新しい世界観を作り出す。本当に骨の折れる作業だった。そもそもファンタジーらしいファンタジーなんて『ベルセルク』ぐらいしか読んでおらずアイディアも全然思いつかない。


 脳漿をひねりにひねった作品のタイトルは『お姫様と冬の魔女』。


 美術の成績2の僕は絵がかけないのでノートに文章を書き連ね、3時間かけて話を書き終えた。気づいたら、時間は7時30分。8時に寝てしまうさきちゃんが寝る前に読み聞かせることにした。


「さきちゃん、もって来たよ」


 晩御飯を食べ終わって、ベッドに身を沈めたさきちゃんは僕の言葉を聴いて歓びで目を輝かせた。


「絵は無いけど大丈夫?」


「うん!!」


 よし……読むか。


 ストーリーは簡単。


 永遠の美貌を得るために美しい娘を食べる『冬の魔女』はある日、王国のお姫様に眼をつけて王様に差し出すように言った。もし差し出さないなら王国に永遠の冬を訪れさせて穀物をダメにさせ、国民を飢死させると脅迫。それに屈した王様は王国最強の若いイケメン騎士を護衛につけさせ生贄の山までの護衛にさせるといった話だ。


 道中で山賊や魔物に襲われても必死に剣を振るってお姫様を守り続けた騎士は生贄の山でふと思う。「このまま渡して良いのか?」と。このまま姫を渡せば、一時的に国は守れるが根本的な解決にならない。そして何より姫を渡したくないという気持ちが彼を迷わす。


 迷いに迷った騎士の下した決断は魔女と戦うことだ。だが、魔女はとても強く普通の人間では倒せない。しかし、騎士は勇猛果敢に戦い魔女に必殺の剣撃を与え、最後にはお姫様と結婚するといったベタベタな物語だった。


 姫様は我ながら気持ち悪いが必死に女声を出し、騎士はアムロの声で演じた。


 これは我ながらに良くがんばった。自分で作った物語を音読するのはめったにない体験だがそれはそれで面白かった。


「そして、二人はいつまでもいつまでも仲良く暮らしました。めでたしめでたし」


 寝る前の読み聞かせは聞きながら寝るものだが、さきちゃんは最後まで起きててくれた。


「ありがとう……おもしろいごほん」


 面白い。この言葉はモノを書いている自分にとっては最大のほめ言葉だった。言われた瞬間に僕は飛び跳ねてしまいそうだったが我慢。


「ねー。さきがねるまでいっしょにいて」


 寂しいのか?当然だろうな。5歳で訳も解らぬまま家じゃなく病院で暮らす事になり、親もいないとなれば寂しいのは当然だ。


「いいよ」


 僕は彼女が寝付くまで一緒にいた。そして、子守唄まで口ずさんでしまう始末。曲は『マクロスプラス』の『VOICES』。僕が寝る前に良く聞く曲で静かな曲調とやさしい歌詞は本当に子守唄に持って来いだ。


 15分後……彼女は健やかな寝息を立てて眠った。




 その数週間後にさきちゃんは退院した。マーベリックより少し早く。


 住所も知らないし電話番号も知らない彼女に会うことはもう無いだろう。でも、短い間だったけど本当に妹ができたかのような体験ができた。その体験は自分の中で一生忘れることのできない様な楽しい思い出として今も残っているのであった。

 

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