File8 キミとボクと読み聞かせ(前編)
2012年 5月4日
「マーベリック君子供好き?」
井上さんは輸血の作業を終えて、部屋を去る前に突然訊いてきた。なんのこっちゃい?
「好きですけど……なんで訊くんです?」
「小児科の子供たちの読み聞かせのボランティアを探してるんだけど、マーベリック君は元気があり余っていて適任かと思ってね。どう?やる?」
「読み聞かせか……いいですよ」
前にも述べたようにマーベリックはロリコンでもショタコンでも無いが子供好きなので断る理由はどこにもない。何よりも声を変えて行う必要のある読み聞かせはモノマネが大得意なマーベリックにとってはやり易いものだと思った。アムロや『マクロス』のマックス、『24』のジャック・バウアーまでこなすマーベリックにかかればお茶の子さいさいだ。
「ほんと!?じゃ、輸血が終わったら迎えに来るね」
そう言って井上さんはパソコンが備え付けられている台車と共に一番ベッドを後にした。
†
輸血が終わったら、早速井上さんは僕を連れて三階にある「プレイルーム」に連れて行ってくれた。廊下を歩いてると僕の脳裏にふと疑問が浮かび上がった。「どんな子が入院しているのか?」と。
「あの~どんな子がいるんですか?」
「いろんな子がいるよ。怪我だったり、血液病だったり……」
血液病……この言葉は僕の脳裏に嫌に響いた。小児科は僕より小さい子が来る場所。そんな年端のいかない子が同じ病気で苦しんでいる。そう思うと憂鬱が心を陰らせた。
「ついたよ」
井上さんは大きなガラス戸の前で止まった。ガラス戸には『アンパンマン』や『ドラえもん』の切り絵が張られていて託児所に近い雰囲気を漂わせていた。
「お……」
ガラス戸の向こうを見たら僕は言葉を失った。十人以上の子供とその親御さんが目白押しになって僕の登場を待っていた。
ハードル高えーよ。
いて5人くらいかと思ったらその倍の10人……初心者の試練にしてはハードすぎはしない!?
「じゃ、がんばって。私仕事だから」
無慈悲な撤退宣言。井上さんは僕を置いて仕事場に戻った。置いてかないでー!!
逃げたい。そう思ったが、自分で引き受けたものだ。ここでやらずして何が男だ。そう思ったマーベリックは覚悟を決めて戦場へ入った。
「こんにちは~!!音読のお兄さんのマーベリックでーす!!よろしくね!!」
ヒーローショーの司会のお姉さんのような口調で入ったマーベリックは『恥』という物を捨てていたようだった。今こんな姿を親や友人に見られたらきっと死ぬだろうな。
「よろしくね~お兄さん!!」
お、いい触り。ませたガキがいないぞ!!これならやり易い!!
「よ~し今日読む本は~ん?」
上座の卓には一冊の絵本が置かれていた。『おおきなかぶ』が。
おいおい……冗談きついぞ!!
皆さんは『おおきなかぶ』をご存じだろうか?これはロシアの童話で、大きなカブをおじいさん、おばあさん、孫娘、いぬ、ねこ、ねずむ達が引っこ抜くサクセスストーリーだ。
物語としては難しくないが難所が一つある。キャラが多い点だ。
僕の持つモノマネはアムロ、マックス、ジャックと他数個。対する『おおきなかぶ』は6人。多すぎるのだ。
仕方ない。やるか!!
スベる覚悟で僕は瞬時にキャラを割り振った。おじいさんはジャック。おばあさんは地声を改造。孫娘はアムロ。いぬはディラン(なだぎ武の)。ねこはマックス。ねずみは適当に。
まぁ……がんばりました。
引っ張るところは声を重ねられないので、子供たちと一緒に「うんとこしょ」をやって誤魔化した。我ながら上出来だと思った。
「めでたしめでたし」
本を閉じた刹那、拍手喝采が僕を包んだ。結果は成功。子供たちは僕のモノマネで大笑い。本当に楽しんでくれたのが解った。読んでた僕も嬉しさのあまり笑い出しそうな程だった。
「ありがとう。おにいちゃん。またね!!」
「おう。また読むよ~」
読み聞かせが終わり、子供たちは親御さんに連れられ病室に戻り始めた。僕は「ありがとう」や「たのしかった」の一言を聞くたびに達成感が満たされたのを感じたのを今でも覚えている。
だが一人……一人の女の子は病室に帰らないでプレイルームの本棚から絵本を取出し読み始めた。
「どうしたの?」
僕の声に驚いたのかビクン、と身を強張らせた。すると、彼女は絵本から目を離し一言。
「おへやにかえってもさみしいから、ここでごほんよむの」
そう言うと彼女はまた本の世界に戻った。その光景は少し寂しそうだった。僕は放ってはおけず
「お兄ちゃんと遊ばない?」
その一言を聞いた彼女は少し困惑したが承諾したように首を上下に振った。
「お名前は?」
「さき」
「へぇ……良いお名前だね。何かしたいことある?」
自分でもこのセリフはベタ過ぎたと後悔していたが、このときはこう言うしか無かった。
「ごほんよんで」
そう言って彼女はさっきまで読んでいた『白雪姫』の絵本を僕に手渡した。
「よし。良いよ」
僕の発した言葉や文は一人の寂しそうな女の子を輝かせた。
これが僕の原風景だったかもしれない。幼い頃に母の言葉から聞いた物語の空想が楽しくて、その楽しさを忘れられないから、今こうやって小説を書いているのだろうか?
「おしまい」
「もっとよんで」
そうせがむさきちゃんの目は輝いていた。あの輝いてた瞳は一生忘れられない。
その熱意に負け、僕は読み聞かせを続けた。一時間、また一時間と日が暮れるまで読み続けた。
「さきちゃん、ご飯の時間よ」
看護婦さんが来るのと同時に僕たちの読み聞かせ会は終わりを告げた。さきちゃんは名残惜しそうに部屋に向かおうとした。去り際に
「またよんでくれる?」
「おう。約束する。きちんとご飯たべたらね」
僕の言葉を聞いて、彼女は跳ねるように部屋に戻った。
「あの、さきちゃんの病気って……」
僕は迎えに来てさきちゃんに置いてかれた看護婦さんに問う。
「再生不良性貧血っていう難病なんです……まだ5才なのに」
「え……」
自分の半分も生きてない女の子が同じ病気で苦しんでいる。この事を知った瞬間に変な気分になった。
今思うとあの感情は、彼女や自分に降りかかった不平等な運命に対する怒りだったかもしれない。
僕はこの日から、毎朝、彼女と遊んであげることにした。
理由はわからない。同情なのか同病を患う仲間を求めていたのか……?