File6 再生不良性貧血
4月24日
この日、僕の運命の日と言っても過言ではなかった。
これまでやった検査の結果を統合し、病気を断定して今後の治療の方針を決めるのがこの日だった。白血病かどうかが判る日なのだ。これは恐怖の二文字しかない。白血病と診断されたら――自殺もしかねなかっただろう。
「おはよう、マーベリックくん」
朝の輸血の最中に小柄で黒い髪を後ろで結わった看護婦さんの井上さんが、いつも持っているノートパソコンの乗った台車を持たずに僕のベットに来た。見るからに仕事ではなさそうだ。
井上さんとの出会いは衝撃的だった。今でも鮮明の思い出せる。
入院生活の5日目の日中看護を担当したのが彼女だった。
「井上です。よろしくね!!」
テンションがやたらと高く、声からして人と触れ合うのが好きそうな感じでマーベリックは馬が会うと思った。確かに、人と触れ合うの好きだし僕も。
「じゃ、体温を測るよ……これって」
体温計を取り出した井上さんの目線は万能棚の方に向いていた。そこにあったモノ……それは友達が僕にお見舞いの品でくれた完全変形のVF-1Jマックス機だった。しかも戦闘機形態で飾ってある。
「VF-1Jのマックス機だ。マーベリックくんの趣味?」
なんと!?
その言葉の羅列は反応弾のようにマーベリックにとっては衝撃的だった。僕の中では看護婦さんは仕事熱心でアニメなんて興味無い職業の方だと思っていた。
「はい。ゼロから入りました」
「あ、私も好きだよゼロ。ところで好きな機体は?」
「VF-11BサンダーボルトⅡ」
「あ、イサムが一話で乗ってたモデルね。私はVE-1エリントシーカー。あのレドームがカッコいいんだよね~」
「何と!?」
機体を聞くのはマクロスファンにとっては自己紹介兼レベルを測るための儀式とも言える。
これをやって僕をうならせた人はいない。僕はこれまでに「オズマ隊長の機体」だの「ブレラの奴」と型版も派生モデルも言わないファンにしかあったことが無い。ちなみに一番僕が好きなのはVF-0Sだ。
そして、彼女は凄いヲタクだと判明した。
VE-1エリントシーカーは劇場版で数秒しか登場しないVF-1の電子偵察仕様の機体だ。これは中々に渋く、俳優でたとえるならモーガン・フリーマンあたりが妥当なラインだ。
これ以上脱線したら、マーベリックのマクロス講座になってしまうので本題に戻ります。
「今日、結果でるけど大丈夫?」
「まぁ……井上さんはお仕事良いんですか?」
「患者と触れ合うのも看護婦の仕事の一つだよ。あと、心のケアも」
そう言われてしまうとただ頷くしかなかった。
聞くと、井上さんは夜勤明けの休憩時間に来てくれたのだ。同じ趣味のを持った僕の為に……いや、彼女はいつもそうなのだ。井上さんは身寄りのいないお年寄りの場所へ行ってお話して元気付けるのだ。本当に人との触れ合いを楽しむのだ。
僕達は先生が来るまで話し込んだ。話題は、井上さんに病室内で執筆してたのがバレたしょねそらの今後った。
この日、井上さんのアドバイスのもとあのキャラが誕生した。秋月亜衣の双子の姉である秋月由衣が。
†
井上さんと話し込んだ1時間後に堀川先生はカルテを持って僕のベッドにあらわれた。
「おはようございます」
「ども」
しょねそらの話をして、多少気は紛れたが先生が来るとやはり白血病への恐怖が蘇った。白血病になったら死ぬかもしれない……普通の生活が送れなくなってしまう……氷で出来た恐怖の刃が心臓にじわじわと肉を裂いて迫り来るような感じだった。
「体調は?」
「まぁまぁです……それより、検査の結果は?」
自らこめかみに突きつけた拳銃の引き金を引いてしまうかのよう問い……これはシリンダーに3発弾を入れたリボルバーでやるロシアンルーレットのようだった。発砲か不発か、白血病かそうではないか……恐怖的なスリル。僕はこれほどのスリルは受験の合格発表の時にしか味わったことが無い。
「結果ですか……」
そう、結果だよ。
「再生不良性貧血です」
はい?
「さいせーふりょーせーひんけつ?」
なにそれ?齢17で死を覚悟し、遺書までしたためたのに……白血病じゃないだと!?返せよあの悲しみとスリルにうな垂れた俺の心を!!
てか何だよ?さいせーふりょーせーひんけつって?文系の僕にはさっぱり解らない。でも、貧血なのは解った。貧血かよ……。
「はい。国指定の難病で、十万人に一人の確立で発症します」
貧血なめてました。国指定の難病だって?冗談だろう。
再生不良性貧血――悪性貧血の一つで、免疫細胞『T細胞』の異常で赤血球、血小板そして白血球を攻撃し、貧血を起こさせる疾患だ。
「この病気が原因で死ぬことは少ないですが、血小板の不足による失血および白血球不足による感染症が原因で亡くなる可能性があります」
え……下手したら死ぬの?
「治りますか?」
「治します。絶対に」
そう言った堀川先生の笑顔の裏には自身に似た何かがあった。幾百もの命を救った医師の絶対的な自信。これが最前線の医師か……これが町医者にもお世話になったことのない僕の率直な感想だった。