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File4 ココロノクスリ

 病院の朝は6時からだった。朝6時にライトが点灯し、夜を担当をしてくれた看護婦さん達が体温検査と血液検査の為の血を抜きに来る。それが終わり、一段落すると朝食。


入院生活の最初に食べた朝食は今でも覚えている。しゃけにご飯とみそ汁を付けた簡素な定食だ。一見、普通に美味しそうなこのセットには落とし穴がある。それは……


「薄っ」


 病院食は患者の健康を留意した食事なので、塩分は出来るだけ抑えられている。濃い味と濃いマンガが大好きなマーべリックには物足りない味だった。


 ちなみに、病院食のメインディッシュの殆どは、入院患者の年齢層の事を考慮してか味付けの薄い魚だ。はっきり言ってそんなに美味しくなかった。もっと肉が欲しかった。母に頼んでレンタルしてもらった『超時空要塞マクロス』で、主人公の部下の一人、柿崎と呼ばれる隊員が死ぬ間際に食べたステーキが羨ましかったのは良い思い出です(笑)。


「おはようございます」


 朝食から2時間ぐらい経って、僕のベッドに土屋先生ともうひとりの男の先生がやって来た。


「血液内科の堀川です。よろしく」


 優しくまじめそうな印象の堀川先生は僕に血液検査の結果が記された紙を渡すと


「ヘモグロビンが下がってますね……辛いですか?」


 辛いよ。そりゃ。とりあえず頷く。


「でしたら、輸血しましょう。そのあとに検査をしてもらいます」


 輸血……輸血!?


「Aマイナスの赤血球パックを持ってきてください」


 首からぶら下げる古臭いモデルのケータイで土屋先生は連絡を取る。その光景と彼女が発した言葉を訊いたマーべリックの感想は


 おぉ、ERぽい!!(一応、病院内なのだが)


 だった。


 ERが好きな僕にとって輸血に対するイメージは、事故にあった人や銃創の患者……グリーン先生やカーター先生が緊急手術を行う感じの患者しかない。不安と共に、ERの世界を体験できるという期待に近い感情があった。


「輸血……?」


「はい。赤血球輸血です。その後にこちらの検査を受けてもらいます」


「はぁ……」


 新たに手渡されたプリントには、髄液採取やMRIなどいかめしい語感の項目が記されていた。


「検査って、なんのための検査ですか?」


「マーベリック君の病気を特定するための検査です。あなたの病気は消去法でないと断定できないのです」


 と、堀川先生が答えた。なら、仕方ない……受けるか。


「では、検査は看護師が案内しますから、私たちはこれで」


 輸血セットを持ってきた看護婦さんが来るのと同時に先生は次のベッドへ向かった。


「おはよう。マーべリックくん。朝から午後までの看護を担当する緒方です」


 緒方さんは若くて短めの髪をボブで切りそろえた綺麗な人だった。彼女は病室に備え付けられた、点滴の際に薬と一緒に歩けるようにする為の支柱、通称『ポチ』にトマトジュースみたいに赤い輸血パックをぶら下げ、慣れた手つきでチューブと針を接続。


「アルコールでかぶれる事ありますか?」


「酒は強いほうです」


「なら、大丈夫だね……って、マーベリックくん高校生でしょ?」


「物のたとえです」


「変な人」


 クスリと笑い、彼女は僕の右手のアルコール綿で消毒し、太い血管にプスリと針を差し込んだ。


痛……くなかった。


 緒方さんの針仕事は病棟ではトップクラスなのだ(マーベリック評)。


「いたくなかった?」


「はい。全然」


「良かった。2、3時間したら針を抜きますからね」


「はい」


 そう言って彼女は仕事に戻った。


 ちなみに、その数日後に緒方さんとマーベリックは逆ドッキリスケベをする事になるが……これはまた別の話である。



 輸血も終わって、どこか楽になったマーベリックは軽い足取りで緒方さんと一緒に検査室へ向かった。


 まずは髄液採取。


 これは未知体験とも呼べる物だった。


血液病患者には避けては通れない道だ……腰にぶっとい注射をぶち込んで髄液を採取する。しかし、それでは痛すぎるので部分麻酔をするのだがその注射がまた痛い……人生で味わった苦痛の中でベスト3に入る痛みと言っても過言ではない。


 しかし、麻酔が本番で無い事は読んで字のごとくだ。


 本番でもある採取は痛くて奇妙な感覚が腰に走った。左に足が吸い上げられる名状しがたき感覚……うー気持ち悪かった。


 次にMRI。


『仮面ライダー』で藤岡弘が改造人間の手術を受けたようなカプセルに入り、人体の断面図を撮影するMRI。僕の脊髄がちゃんとした形をしているかを見る為に必要らしい。


 だが、この検査は特筆する事は無い。


 だって、筒の中で『うぃ~ん、がっこん』といった音を聞くだけの2、30分間だった。出来る事と言ったら「少年と空」の続きを考える事だけだった。


 

一通り検査が終わり、後半は明日にやるとの事らしいので僕はベッドに戻る事になった。1号室に戻ると、窓際で二人の患者さんが談話していた。髪が無くなっているおじさんが二人。


「お」


 おじさんの一人がどうやらこちらに気づいたらしく声をかけてきた。僕は取りあえず「ども」と会釈し、ベッドに戻ろうとした。


「君も話さないか?」


 こう言われたら断ろうにも断れない。マーベリックは窓際のおじさん達と話す事にした。


「僕は第4ベッドの木田です」


 山村さんは眼鏡をかけていて、社交的な性格だと解る。


「私は、第三ベッドの志茂です」


 志茂さんは顔色が悪い。血液病患者の肌の色をしていたが、優しそうなおじさんだった。


「僕は白血病で入院してるんだけど君は?」


 白血病。その言葉はヘビーボクサーのパンチのようにずしんと響いた。


「検査中で何とも……血液病らしいんですけど……お先真っ暗ですよ、ホント……どうすればいいやら」


「そうか……」


 木田さんは顎を撫でながら黙り込んだ。投げる言葉を考えているようだった。


「血液病は誰のせいでなるもんじゃない。ただ運が悪かっただけ。出来る事は現実を受け止めて、ある物に感謝する事だね」


 笑っていた。自分の置かれた過酷な運命の中で木田さんは、これと無い笑顔で笑っていた。


 自分を変えた言葉に出会った事は皆さまにありますか?


 奇しくも僕はこの1号室で出会った。


 その言葉に出会うまでに僕は数えきれ無い程の呪いの言葉を自分の架せられた運命に投げつけ、自分を憐れんできた。


しかし、木田さんの言葉はそんな僕に戦う勇気を与えてくれた。死ぬかもしれない彼が笑っている姿に憧れて、僕はくよくよするのをやめた。笑って、笑って、笑い続けてやる。絶対に退院してやる。そして、生き続けてやると。


 僕は目を赤くしながら言った。


「一番……ベッド……の……マーベリックです。高三です」


「よろしくね」


 二人は僕を同じ仲間として受け入れてくれた。自分とは育った世代も場所も違う彼らが持つ共通項と言えるのは『血液病』という言葉だけ。


 受け入れてもらって嬉しかったけど……高三の少年の前で離婚トークってどうよ?


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