File3 1号室の1番ベッド
2012年 4月15日
即刻入院と言われてもう何日経ったのだろうか?
部屋の空き具合がどうとかで、自宅待機を言い渡された僕は日に日に酷くなっていく貧血や、それに伴う動悸や息切れと戦いながら学校へ通った。土屋先生は入院するまで絶対安静と言われたが、卒業の為に出席日数を稼ぐために内緒で学校へ登校した。ちなみに、この事は先生は知らない事実だ。ごめんなさい、懺悔します。
1学期も始まり、授業も本格的にスタートしていたのだが、運動系の男子だったマーベリックには『退屈』の二文字しかなかった。
スペランカーより弱いマーベリックは体育はもちろん出来ない。休み時間も椅子にへばりつき、感染病の防止の為にマスクを着けた。
マスク?
多くの読者様はマスク着用に違和感を感じる事は少ないと思いますが、File1で述べたようにマーベリックは超の付くほどの健康児だった。17年の人生でマスクを付けた事は無いと言っても過言ではない。
しかも、貧血気味なのにマスクが呼吸を妨げるのだ。常時、真綿で首を絞められているように苦しかった。
そして、友人の一人にマスク着用の事を愚痴ったら
「高山トレーニングだと思えよ」
と返答。しかし、現在のマーベリックの血中の酸素濃度は彼の言う高山にいる状態と大差無いとの事。高山の上を行く高山?エベレストか!?
「転んで死ぬ前に、窒息しそう……」
「死なないよ。集団食中毒を生き延びたマーベリックじゃないか」
小学校時代、通ってた学校で出された給食の『バターロール』が原因の食中毒が起きた。そして、僕はバターロールのお代わりの常習者だった。にも関わらず、一度も腹痛を感じる事も無く食中毒事件を生き延びたのだ。
相当の強運の持ち主。自分でもそう自負していた……が、こんな変な病気になるなんて、皮肉にも程がある。はぁ……
4月15日の朝。僕はいつも通りの時間に起床。だが、この日はマーベリックの恐れていた日だった。
「鬼の英単語テスト」と呼ばれるテストの実施日で、1時限目からそのテストだ。これがどれぐらい鬼かというと、英検準一級相当の単語を100から200近く出すという鬼畜の所業。落ちたら、文字通り地獄に落ちる。地獄のような補修が待っている。
俺の悪魔がささやく。
「サボれ、お前にはその権利がある」
だが一方で天使もささやく
「逃げ出した先に楽園は無い。行け、お前の戦場へ」
だが、悪魔は貧血という魔物を連れ、天使を完膚なきまでに叩きのめして、僕に言わす。
「ごめん、貧血がぱないから今日は学校は無理っぽいって先生に伝えて」
「解った」
あぁ、これで学校に行かないで惰眠を貪れる。へへ……全国の高校生め、ざまぁ見ろ!!とニー●じみた発言を悪魔と共に言った。
その朝、悪魔は『サボれ』と言った。
だが、その悪魔の囁きと共に僕の生活は一変した。
目を覚ますと正午前だった。マーベリックは遅くても朝の9時には起きるタイプでここまで寝たのは人生で始めてだ。
「おはよう、食い物をくれぇ。何も食ってないから腹ペコだ」
キッチンでチャーハンだか、何かを作る母にマーベリックは言った。
「あ、おはよう。お医者様に今朝の事言ったら、もう入院しなさいって」
「What!?」
突然だった。入院だって!?おいおい仮病なのに入院って……ま、仮病じゃないけど。
「ご飯食べたら、病院行くわよ。ご飯前に荷物まとめて」
お、おう。まとめるか。そう言って、部屋に戻って衣類をカバンにつめて準備をした。暇を潰せるように漫画、教科書、PSPなどを入れた。
悪魔め……本当にお前は悪魔だよ!!
そう己の運命を呪いながら、荷物を詰め込んだ。
†
桜は散り始め、季節はずれの雪が振っていた。
駒込は『ソメイヨシノ』の発祥の土地で有名で町のあらゆる場所に桜が植えられている。駒込病院の入り口のゲートにも当然ながら植えられていた。
美しくも儚い桜。マーベリックは桜が花で一番好きだ。咲く桜、散る桜……全部綺麗だ。そんな感傷にふけりながら病院に入り、受付で手続きを行う事にした。ある程度、段階を踏んだら、部屋を選ぶ事になり係員は
「部屋は個室が良いですか?4人部屋が良いですか?」
と、問う。個室と4人部屋、迷う事なんて無い。個室が良いに決まってる。無料のインターネット、シャワー……どれも魅力的だ。対する4人部屋は狭いし、周りの人に気を使わないといけないし、ロクな事が無い。それらの根拠でマーべリックは個室を要求しようと、声を出そうとしたら……
「じゃ、4人部屋で」
マーべリックではなく母が答えた。
「解りました、看護師を呼んで案内させます」
そう言って、係員は看護婦さんに内線連絡。その間にマーべリックは母に
「個室が良いよ。色々とサービス良いし」
「高いからダメ」
やはり金か……。息子が憂き目にあってるのに、せめてもの贅沢をさせないなんて……ひどい母親だ!!
「マーべリックさん。こちらへ」
口論している間に看護婦さんが到着した。スタイルの良い中年の看護婦さん、名前は静岡さん。
静岡さんに連れられ僕たちは、エレベーターで10階へ向かう。窓際ならさぞかし壮観な眺めなんだろうな……と旅行先のホテルの部屋に向かうような心持ちだった。
10階で降りると静岡さんは僕の暮らす階層の案内をした。
白塗りの壁に丸い構造の階層で絶対に迷子になる設定で出来ている10階にはナースステーション、シャワー室や自販機のある談話室があった。
話は変るが、駒込病院とその十階で気付く人は気付くであろう。
このサイトの作者の一人でもあるシクラメン様の作品『The Face Off』のキャラクター、ジェニファー・ロウもまたこの病院の十階に入院しているのだ。
実は彼女の病院でのシーンの描写などは、お見舞いに来てくれたシクラメン様の見た物や、僕が彼に話した事などがベースだったりする。
皆さんも是非、彼の作品を読んでそのシーンを見て頂きたい。実にリアルである。
「じゃあ、あなたの部屋、一号室にするね」
最後に案内された部屋。それは第一病棟の1号室。自分が暮らす部屋だった。
カーテンに区切られた4つのベットがある部屋のドアから数えて一番最初にあるベッドに僕は案内された。
小さなテレビと冷蔵庫が備わった万能棚と白いシーツのベッドがある殺風景な空間に僕は荷物を下ろした。
「では、こちらのベットを使ってね。困ったことがあったら、いつでも良いよ」
「はい。あざーす」
そう言って、静岡さんは勤務に戻った。
1号室の1番ベッド。ここが今日から自分の家になった。