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File20 よろしく、免疫抑制剤

 ATG療法が始まって数日ほど経過すると、石器時代に戻された僕の血液に変化が見られ始めた。赤血球、白血球や血小板の数値はあいも変わらず低空飛行をしていたが、網状赤血球と呼ばれる血中物質の数値が蚊ほどだが増えたのだ。


「良い兆候ですね」


 堀川先生がマスクの下で見えないが目でわかる。彼はその知らせを告げたときに嬉しそうに笑っていた。


「あの、なんすかそれ?」


「網状赤血球とは簡単に言うなら赤血球の卵です。これは脊髄の中にあり、これが成熟して赤芽球となって赤血球なるのです」


「つまり、どういうことですか?」


 それが見つかっただけで他の数値は変わらなかった。素人のマーベリックには全く理解できない。


「これが見つかったという事は血中で悪さをしていたT細胞が大人しくなったという兆候の現れです。うまり、ATGはうまくいったんです」


「へ!?」


 この事実はベッドで熱で苦しみ、腕がもげるような思いをしていたマーベリックが数日振りに感じた幸せだった。まさに晴天の霹靂。


「いよっしゃ!!」


 嬉しさのあまりに上体を少し激しく動かしたが、そのせいで動悸とめまいに襲われた……第一段階が成功しただけでありまだ体が良くなった感じはなかった。


「で、それに際し、飲み薬での治療になります」


「飲み薬?」


「はい。こちらの免疫抑制剤、ネオーラルです。こちらを朝晩、12時間おきに4粒飲んでください」


 後方に待機していた薬剤師さんが僕の机の上にその薬を置いた。サイズは枝豆よりちょっと大きいぐらい。それに加えて感染症を防ぐ薬も飲むので一度に飲む薬の量はかるく10個は超した。某格闘マンガに出てくる噛み付き使いみたいに飲んだ。


 ちなみにこの薬は今でも飲んでいる。副作用は毛深くなったり肝機能の低下(主に疲れやすくなったりなる)そして毛包炎など……これは自分におきた副作用であり、ほかにも多々ある。


「で、もう必要無くなったのでカテーテルを外しますね」


 あんまり感じられなかった治療の成果だったが、これは本当に嬉しい知らせだった。左腕の血管に挿入されたネオーラルは邪魔の二文字に尽きた。関節を曲げるたびに『ギシギシ』と音を立て、お風呂の時も左腕を濡らさない様に注意しなければならない……本当に邪魔だった。自分で外してしまおう。そう思った事も思ったほどだ。


「まじすか?」


「はい。外しますよ」


 そう言って先生は縮小版の外科セットを用意し、マーベリックの左腕を取って作業を開始した。フィルターとガーゼを外し、挿管口を解除。そして頚動脈に繋がれていたネオーラルを抜きとり始めた。


 その時の感覚は今でも覚えている。『チュルチュル』と蛇のような何かが体の中を這うような何とも気持ち悪くも気持ち良い感じだ。滴った血をガーゼで止め終えると先生は「また来ますね」と一言残して一番ベッドから出た。


 左腕を曲げては伸ばす。そんなごく当たり前の事で僕はちょっとした自由を感じた。いや、当たり前なんかじゃない。当たり前の事が当たり前でなくなるのが病院だ。階段を上るのも、イ皮ごと食べられる生の野菜や果物、学校に通えること……その全部が僕から無くなってしまった。


 だけど、その分見つけられた事がある。それがこの「当たり前は当たり前じゃない」という事だ。日々の当たり前に感謝する。それは重要だけど難しい。この生活をただ不毛な時間にしたくはない。自分の糧にしよう。


 そう思えたのも先に自由になった同室の白血病患者さんが言った『ある物に感謝する』という言葉のおかげだ。


 当たり前に感謝。そして帰ってきたかつての当たり前に感謝しながら僕はこのネオーラルという薬を飲みながら毎日を生きている。

 

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