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File2 崩れる日常

 2012年3月29日


 貧血の症状もひどくなってき始めた。階段を上るたびに息が切れ、倒れそうになる。体力の不足かな?そう思ってずっと放置。親からも「顔色が悪い」だの「血色が……」とか言われるようになった。


 だけどこの日は、三年生になったので受験に備えるために通い始めた「S台」の春期講習。眠く疲れた体に鞭打って、駒込から御茶ノ水まで向った。水道橋からの坂道が辛かった(笑)


 古典の授業を病的な眠気に負けて全睡。この日の授業で得た事はいくらあっても足りない睡眠時間と、『カ変』と『サ変』だけだった。


 授業が終わって家に帰ろうとした直後、予備校のスタッフさんが


「マーベリック君はいますか?」


「はい」


「ご両親がお迎えに来ていますよ。病院へすぐに行くとか、何とか……」


 病院!?身内の誰かに不幸が!?ただでさえ顔色の悪いと言われたマーベリックの顔から血の気が引いた。急いで玄関を抜け、家のホンダの車を見つけ飛び乗った。


「ねぇ、誰が入院したの!?命は大丈夫?」


 マーベリックの剣幕に負け、あっけにとられた両親は少し間をあけて答える。その面持ちはどこか余命宣告をする医者だった。


「お前だよ……お前が大きな病気になったらしいんだ」


 と父。


 ……はい?


 あ然とした。健康体で、小学校のころに健康だと表彰されたこの俺が、でかい病気?


「はっははは。冗談きついぜ」


 B級洋画の小物役のような口調で返した。この暗い空気が気に入らない。両親と場を和ますため、そして本当に冗談であってほしい。そんな一心だったんだろうか。


「本当だよ。とりあえず、駒込病院へ行こう」


 駒込病院――身近で本当に遠い場所だった。公園に隣接した病院で、小学生のころよく遊んでその外観は幾度も見たが、病気にかかった事が無いので一度もお世話になった事が無い。

 車の中でもとりあえず寝た。変な真実を伝えられても病的な睡魔には抗えずに寝てしまった……



 そうこうして着いた駒込病院の診察室。医師は中年の小柄な女性でまじめそうな方だった。名前は土屋先生(仮)、駒込病院の血液内科の先生だ。


「マーベリック君、落ち着いて訊いて下さい。あなたは非常に危険な状態なんです」


 はい?危険な状態?訳も分からないまま、先生は続けた。


「見てください」


 先生は一枚のプリントを僕に差し出した。良く分かんない数列と、英語単語の並んだ紙。そこには……


 赤血球:292


 白血球:2900


 ヘモグロビン:8.8


 血小板:2.1


 との事。初心者には良く分からない数値がズラズラと並んでいて、リアクションに困った。だが、先生の表情を見ていると、ヤバイ事が解る。


「どれも、正常値を大きく下回っています。とくに止血作用の血小板が低く、転んだだけでも命を落としかねません。即刻、入院の必要があります」


 衝撃事実。今宵のマーべリックの肉体的弱さは伝説の弱者ザコキャラ『スぺランカー』先生を凌駕している。


「転んで死ぬ奴なんているわけ……」


「外傷だけが致命傷になるわけではありません。転んで頭を打って、脳内の血管が切れてそのまま無くなってしまうケースもあり得ます。血小板が2.1というのはそんな数値なのです」


 後日、これらの数値を医学に心得のある人に言ったら、「よく、学校に行ってたな」と驚かれる程だった。ちなみにヘモグロビンが低いと『貧血状態』になる。


「で、僕はどんな病気なんですか……」


 恐る恐る僕は訊いた。『ブラックジャック』の読者でもある僕は多少の病名なら知っている。多少の病名じゃあ驚かないぞ。と自負していた。


「考えられ病名は2つ……」


「一つは再生不良貧血でもう一つは……」


「白血病です」


「え!?」


 白血病。その名を訊いた瞬間、重くドロドロした何かが僕の頭の中を満たした。


 あ、これが絶望って奴か……。


 後ろで母親は泣いていた。父は泣いてはいなかったが何かをこらえている様子だったのを覚えている。


「ですが、大丈夫です。私たちを信じてください。病を治すのは誰か知ってますか?」


「先生の仕事じゃないですか」


「いいえ。私たちは適切な薬と適切な処置をするだけです。治すのはあなと、あなたの心です」


 その言葉は一生忘れない。頭の泥は消えないが、何だか目頭が熱くなった。


「一緒に治しましょう。マーベリック君」


 何も言えなかった。涙を流さない様に堪えながら、声にならない声で返事をする。


 この瞬間、人生で一番『死』のにおいを感じた。特番とかで白血病の方が最期に何かを残すとか、そんなので自分の中では白血病=死、という自分の中で事になっていた。


 この日、この晩、この瞬間、僕の『当然』だった日常は音を立てて崩れ落ちた。

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