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File12 Remember love

 入院中につらかった事?


 この質問は以前にも書いたように孤独や病気への恐怖とかお風呂の時間などだ。しかし、もう一つあった……それは髄に刺激を与えるために飲んだ『ステロイド剤』だ。


 ピンクの小粒の薬で一回の服用につき多いときは四錠。


 味?無味?甘い?


 この世のものとは思えないくらいに苦いよ。普通の水で飲んだら苦さのあまり30分は味が残ってしまう。だからバヤリースでそれを飲んで味を相殺した。


 苦いだけなら良い。だがこの薬にはもう一つ恐ろしい悪魔が息を潜めていた。


 悪魔の名は副作用。


 副作用といえば、だるくなったり、偏頭痛や吐き気などが代表的なものだ。この薬の副作用はこんなかわいらしい物ではない……


 この薬の副作用は……やたらとお腹が減ってしまうことだった……。


 これはマーベリックが空腹と健康のハザマで苦しんだ記録と、美味しいご飯を今も毎日作ってくれる母と僕との話だ。





 2012年 5月8日



 ステロイド剤を投与し始めてから数日たった夕食後、僕は自分の以上に気がつき始めた。


「あれ?やたらと腹がすくな……」


 マーベリックは比較的小食だ。ご飯のお代わりもあまりしないし、回転寿司でも最高記録は9枚。だが、この日の夕食のメニューだった味が薄いブリの味噌煮を全部平らげても満腹にはならずにいた。


「お食事下げますよー」


 完食したお皿を回収しに来た緒方さんに僕は自分でも意外な言葉を言ってしまった。


「おかわりできますか?」


 と。人生でおかわりを要求したのはこれが人生で初だった。


「ごめんなさい。規則で出来ないんだよね」


「はぁ……なら仕方ないか」


 しかし頭では納得できてもお腹は納得してくれなかった。空腹に耐えかねて僕はお見舞いの品でもらった『鳩サブレー』を一箱ペロリと平らげてしまった……大好物なのにもったいない事をしたと今でも悔やんでます……。


 そしてこれを皮切りに人生で最初で最後の暴飲暴食生活が始まった……。英語で「I can eat a horse」という言い回しがあるが、まさにあの時の僕は馬一頭をまるまる食べてしまいそうだった。味の薄い魚も一回も残さずに食し、それでも満たされないので入院見舞いのお小遣いに手を付け、売店でカップめんやパンを買って食べた。


 まさに暴飲暴食。太りたい方がいらっしゃったら是非ともステロイド剤を飲むことをお勧めします。だっておかげで3キロも入院期間で太ったんですもん。



 入院中に一番恋しくなったものはやはり『お袋の味』だ。マーベリックの母はマザコンでも自慢ではないが本当に料理が上手い。特に母が作る餃子は天下一品とも言える。


 ステロイド剤を投与し始め『一ヶ月暴食生活』のある日、無性に母の餃子が食べたくなった。僕は母にメールで『餃子つくって』と送った。返事は『わかった』の一言。


 その晩に母は餃子を持って病室に来てくれた。病室に着てからの第一声は


「勉強ちゃんとしてる?」


 だった。「体調どう?」とか「元気?」とか聞いて欲しかった……と言いたかった僕は頷いた。


「そう……はい、餃子」


 お弁当箱に敷き詰められた餃子には湯気が波立っていて、まだ熱があった感じがしたのを今でも覚えている。


「出来立てだから早く食べてね」


 出来立て……。なんだかこの言葉に僕は少し申し訳なさを感じた。僕の衝動的なわがままで作らせてしまった。そう思うと罪悪感で箸が動かなかった。


「何してるの?早く食べてよ」


「ごめん……わがまま言って」


「良いよ別に、こんなに辛い目にあってる息子のわがまま一つ聞けない母親はいないんだから」


 母にせかされて僕は餃子に箸をつけ、醤油をつけずに口の中に餃子を放り込んだ。肉汁が口の中で溢れ、香味料と具が噛めば噛むほどに味覚を旨みで刺激した。


 一つ食べたらエンジンが灯いたかのように僕は餃子を食べた。美味い。それしか言えなかった。


 一噛みする度に僕は家で餃子を食べることが出来ていた日々を思い出した。元気に学校へ行き、友達と楽しくやってたあの日々を……。懐かしい日々を思い出し始めたら、餃子が急にしょっぱくなった。


「畜生……」


 餃子を食れば食べるほど病院の外が恋しくなる。健康にシャトルを追い回して、毎日笑って過ごした日々が恋しくなる。こんな所に縛られるのはもう嫌だった。貧血や痛い注射、苦い薬も嫌だった。


「もう……」


 母は僕の頭を撫でた。


「代われるなら代わりたいよ。あなたに」


 その言葉は今でもおぼえている。あの時の涙で曇っていた母の瞳も。本気で僕のことを我が身のように案じてくれてたのだ……。そう思うと本当に母には申し訳ないことをしたと僕は思った。


「ごめんね……ありがとう、母さん」


 母親の愛。自分で書くのは照れくさいが、母の愛ってこういう事なのかと知ったのは紛れも無くこの入院生活だったのかもしれない。孤独にならないように毎日のように病室にやってきてくれた母。僕は自分でも自覚は出来ないけど、何度も母に救われたのかもしれない。



 この年になると口では言えないけど、本当にありがとう。



 でも、間違えて「TM NETWOK」じゃなくて「TM Revolution」を借りないでくれよ……

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