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第2話 当メイド喫茶は、ストーカーおよび迷惑行為を固くお断りいたします

 本日もご訪問いただき、誠にありがとうございます!


 第2話となる今回は、白百合亭のピンチ……ではなく、怪しい男VS最強(?)メイド・亜未莉の白熱(?)の無音制圧バトルをお届けします。


 普段は清らかで気品ある給仕服を身にまとう亜未莉ですが、実は「乃木家伝来の武術」の使い手。そして、店長からの「お店のものを壊したら借金上乗せ」という最も恐ろしいプレッシャーの中、どんな立ち回りを魅せるのか!?


 ドタバタアクションと、亜未莉が「なぜ最低賃金で働かされているのか」という衝撃の真相を、どうぞお楽しみください!

 すると男はスツールから床に降りて、足音を荒げながら歩き出した。

 

 亜未莉は男の意外な行動に戸惑った。 


「あの、お客様……」


 亜未莉の声を完全に無視し、あろうことか「関係者以外立ち入り禁止」と注意書きがドアに掲げられたバックヤードに進んでいった。


 ドアはブラインド状になっているため、ドアの内側から店内の様子が少しうかがえる。


 息を潜めていたひまりは、自分に向かって真っすぐに歩いてくる男の姿に恐怖を覚え、身を硬直させていた。


 男の手が、まさにバックヤードのドアノブに伸びたその時だ。


「お客様。そこから先は、ご主人様であっても立ち入り禁止ですわ」

 男の腕を、亜未莉の細い指が背後から的確に捉えた。


「あァ?」


 男は忌々(いまいま)し気に亜未莉の手を振りほどこうと腕を振るった。だが――外れない。メイド服に包まれたその細い腕は、まるで鋼鉄の万力のように男の手首をホールドし、微塵も動くことはなかった。


「なんだと……っ?お前が嘘をついて、あの小娘をかくまっているんだろう?こっちはあの娘目当てでこの店に来てやってるんだ!」


 激高した男は、強引に亜未莉を突き飛ばそうともう片方の腕を大きく振り上げた。


 その時である。


「亜未莉ちゃん、分かっているわね?お店のものをこれ以上壊したら借金に上乗せよ!」

 美鈴がクールに言い放つ。


(今言う事かしら)

 心の中で亜未莉は毒づく。


 しかし、今は喫緊の事態である。選択の余地はない。


「店長、もちろんですわ」


 それを聞いた美鈴は、レイナに目配せをして、直ぐに


「お客様、大変申し訳ございません。急ではございますが、水道工事が始まりますので少し大きな音が出るかもしれませんがご容赦を」

 と声を張り上げた。


 そしてレイナはなぜかそこにある衝立ついたてを引き出し、男と亜未莉を客席から隔離するように衝立を展開した。


 二メートル×四メートルほどの狭い空間ではあるが、これで舞台は揃った。


「いいからその手を放せ!」


 亜未莉はこめかみに血管が浮き上がるのを自ら感じながら静かに言った。


「お話は、それだけですか?お客様」


 すると亜未莉は、首を絞めつけるほどにきっちりと留められていた給仕服の襟元のボタンを二つ、パチン、パチンと外した。


 決して肌を晒すためではない。鎖骨あたりに少しの余裕を持たせ、乃木家伝来の武術の呼法こほうを整えるための――亜未莉の戦闘のためのルーティーンなのであった。


 息を深く吸う亜未莉。

「——これから余計な枝は、剪定せんていしますわ!」


 給仕用の銀盆を小脇に抱え、無駄のない流麗な所作で半身に構えた亜未莉は、男を見据えて静かに言い放った。


「何ごちゃごちゃと言ってやがんだ!」

 激昂した男は、太い右腕を振り上げて亜未莉に向かって突進してくる。


 亜未莉は微塵も緊張することなく、空いた左手で紙に留めていた硬いヘアピンごとヘッドドレス引き抜き、手裏剣よろしく男の顔面に叩き込んだ。


 一瞬男は視界をふさがれ、軽い痛みにうめくも、怒りに駆られた巨体は止まらない。

 ヘッドドレスを跳ね除け、なおも亜未莉に突進してくる。


 亜未莉はニヤリとした。


 その直情的な男の動きは想定内であったからだ。


 亜未莉は小脇に抱えてきた給仕用の銀盆を下段に構え、自らのロングエプロンの裾をふわりと跳ね上げた。


 バサッ!!


 純白の布が舞い上がり、再び男の視界を完全に遮断する。男がその白い視界に戸惑ったその瞬間——エプロンの陰から死角を突くように銀盆の平らな面で、男の顎先を寸止めギリギリの極限の力加減で打ち抜いた。


「ガッ!!??」


 男は一瞬で意識を飛ばした。男は肺から息を強制的に吐き出させられ、操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。


 しかし、巨体が床に激突する大きな音は聞こえない。


 男の襟口を掴んだ亜未莉は、その巨体に叩きつけることなく膝を使って静かに受け止めた。


 その時、ドアを開けたひまりが背後から声を掛けた。

「亜未莉ちゃん!これ!」


 ひまりが咄嗟とっさに投げたのは、清掃用の変哲もないモップであった。


 空中でそれを受け取った亜未莉は、手の中でクルリとを反転させ、一切の躊躇なく男ののど元に突き付けた。

 

 意識を取り戻した男は目を見開いた。

「ひ、ひっ!」


「——お静かに。これが剣山の上でなくて良かったですわね?」


 そこには、氷のような眼差しで男を見下ろす亜未莉がいた。


「喋るのも、私の許可を取ってからにしてくださいませ。私、槍術も少々(たしな)んでおりますの。まあ、あなたの喉笛を剪定しても、血はこのモップで拭きとれますわね。さあ、ご退店願えますかしら?」


 男は、喉元に突き付けられたモップと、氷よりも冷たい亜未莉の眼差しに、完全に戦意を喪失し、小刻みに首を縦に振った。


「よろしいですわ。では、速やかにお引き取りを」


 亜未莉はふぅ、と短く息を吐き、男からすっ、とモップを引いた。


 男はすごすごと出口に向かって歩き出す。


 レイナは衝立を開けると、美鈴が「ブレンド850円になります」と追撃をくらわす。


 男は震える手で財布を取り出して、「釣りは要りません」と、千円札を渡すと、しおらしく出入り口のドアを開けて秋葉原の雑踏に溶けて行った。


「ごきげんよう」


 店長は皮肉まじりに呟いた。


 完全なる無音制圧。


 亜未莉は、備品も一切傷つけていない。我ながら無駄のない見事な仕事だったと自画自賛した。


 男が床に倒れ込む時、襟口を掴んで支えたのも、音を立てないことよりも勢いで床に傷をつけることを恐れたからだ。


(やれやれ、これで一件落着ですわ)

 そう心の中でつぶやいて、モップをひまりに返そうと、を無造作に背後に回した――その時である。


 カツン。


 モップの石突きが、バックヤード手前に備えられていた飾り棚にこつんと軽く当たった。


 その微小な振動で、棚の上に置いてあった見事な意匠デザインの花瓶が、ゆっくりと、まるでスローモーションのように傾いていく。


 亜未莉の武闘家として優れた動体視力は、それが床に落下し、無残にも粉々に砕け散る様を克明に捉えていた。


 ガシャアアアァン‼


 先ほどまで静謐せいひつであった店内に、今日一番の、そして最も無慈悲な破壊音が響き渡った。


 その後訪れたのは、数秒の完全なる沈黙。


 床に散らばった美しい破片を眺めながら、石像のように固まり立ち尽くす亜未莉に、美鈴の絶対零度の声が降り注いだ。


「……亜未莉ちゃん、それ、ウエッジウッドのアンティーク。私がイギリスで買って来たものなの」


「いくら、なんですか?」


「十二万円、ってところかしら」


「……っ」


 最強の令嬢メイドがこの日一番の絶望に、膝から崩れ落ちた。


 乃木亜未莉が、東京都最低賃金でこの店で働き続ける理由。——それは、白百合亭の備品を壊し続け、借金が膨らんでいるからである。


 その額、ざっと二百万円。返済期限は、実質今すぐ。返せるアテもないが。


 男を制圧した際の氷のような威厳は見る影もなく、亜未莉の頭の中には「借金上乗せ:十二万円」の文字だけが、ただ虚しく点滅していた。

 第2話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


 モップと銀盆で見事に不審者を無傷制圧(?)した亜未莉ちゃんでしたが、最後の最後でまさかの大惨事……!


 イギリス直輸入のウェッジウッドの花瓶(12万円相当)が犠牲となり、彼女の「白百合亭借金地獄」に新たな1ページが刻まれてしまいました。


 華麗な武芸を嗜みながらも、おっちょこちょいで借金まみれというギャップが彼女の愛すべき魅力です。

ひまり先輩の平和は無事に守られましたが、亜未莉の返済ロードはまだまだ遠く険しい模様。


 はたして次なるトラブルと、彼女の給与明細はどうなってしまうのか……!?


「亜未莉ちゃんドンマイ!」「店長容赦なさすぎて最高!」などと思ってくださった方は、ぜひ作品へのブックマーク登録や、下の評価(★★★★★)で応援していただけると大変励みになります!


 次回も白百合亭の日常とドタバタをお楽しみに!

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