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未来が見えると勘違いされていますが、全部AI先生のおかげです ~異世界で私だけがAIを使えるので、今日も相談しながら生きていきます~

作者: 紅茶伝
掲載日:2026/06/13


 桜結衣はごく普通の会社員だった


 朝は眠い目をこすりながら会社へ向かい、昼は終わらない仕事に追われ、夜になる頃には急ぎの案件を抱えて残業して帰る


 そんな毎日を繰り返していたせいか、目を覚ました瞬間に広がった光景を見ても、結衣の頭はすぐには現実を理解できなかった


 寝返りを打とうとして伸ばした手が柔らかな草を掴み、頬を撫でた風が土と緑の匂いを運んでくる


 そこでようやく違和感に気付いた


「会社じゃない」


 慌てて身を起こすと、どこまでも続く草原の向こうを見たこともない鳥が横切っていく


 昨日まで見ていたはずのビル群も車の音も見当たらず、あるのは青空と風に揺れる草だけだった


「もしかして異世界かな」


『可能性があります』


 聞き慣れた声が返ってきた瞬間、結衣は反射的にポケットへ手を突っ込む


 取り出したスマホの画面には、会社で毎日のように使っていたAIチャットが表示されていた


 圏外の表示が出ているにもかかわらず、AIだけは何事もなかったように動いている


「なんでいるの」


『質問の回答に必要な情報が不足しています』


「そうだよね」


 期待した自分が悪かったらしい


 だが結衣は、この時まだ知らなかった


 この世界で最も頼りになる存在が、そのスマホの中にいることを


 それから三日間、結衣はAI先生の助けを借りながら生き延びた


 川の場所を探し、食べられる木の実を見分け、危険な獣の縄張りを避けながら歩き続けた結果、ようやく街へ辿り着くことができたのだ


 高い石壁に囲まれた街門をくぐった瞬間は本気で泣きそうになった


 しかし安心したのも束の間だった


「パン一つ銅貨二枚だよ」


「持ってません」


「じゃあ買えないね」


「ですよね」


 無一文だった


 異世界でもお金は必要らしい


 市場の隅へ座り込んだ結衣は空腹を抱えながら空を見上げる


「どうしよう」


『仕事を探しましょう』


「簡単に言うなあ」


『働かなければ収入は得られません』


「正論が重い」


 そんなやり取りをしていた時だった


 近くで怒鳴り声が響いた


「だから荷物が届いてないんだ!」


「届いてる!」


「届いてない!」


「届いてるって言ってるだろ!」


 二人の商人が顔を真っ赤にして言い争っている


 周囲の人間も呆れた様子で眺めていたが、誰も止めようとはしなかった


 結衣が何となく様子を見ていると、AI先生が不意に声を上げる


『問題を発見しました』


「分かるの?」


『荷物は届いています』


「じゃあ解決してるんじゃない?」


『ただし別の倉庫です』


 結衣は思わず目を瞬かせた


「なんでそんなことまで分かるの」


『会話内容と街の構造から推測しました』


 さらりと言われたが十分すごい


 結衣は迷った末に商人へ近付いた


「あの」


「なんだ嬢ちゃん」


「東側の倉庫は見ましたか」


 二人が怪訝そうな顔をする


 だが数十分後、荷物は本当に東側の倉庫から見つかった


 商人たちの視線が一斉に結衣へ集まる


「なんで分かった」


 結衣は言葉に詰まった


 AI先生が教えてくれましたとは言えない


「勘です」


 そう答えるしかなかった


 その日を境に結衣の周囲は騒がしくなった


 塩はいつ買えばいいのか


 どこの街へ売ればいいのか


 誰と取引するべきなのか


 商人たちは次々と相談を持ち込んでくる


 結衣は全部AI先生へ聞いた


『南部で塩が不足しています』


『二週間後に価格が上昇します』


 言われた通りに伝える


 当たる


『北部で豊作です』


『穀物価格は下落します』


 当たる


『その商人は資金繰りが悪化しています』


 三日後、本当に倒産した


 最初は半信半疑だった商人たちも、やがて完全に信じるようになった


「サクラユイ様は未来が見える」


「未来を視る魔女だ」


「神託を授かっている」


 話はどんどん大きくなる


 結衣はその度に否定した


「違います」


「ではなぜ分かるのですか」


「それは……」


 説明できない


 結局、何も言えなくなる


 その反応が余計に怪しかったらしい


 半年後には王都中で有名人になっていた


 そしてある日、ついに王城から呼び出しが届く


 豪華な謁見の間へ通された結衣は、玉座に座る国王を見て思わず背筋を伸ばした


「サクラユイ殿」


「はい」


「頼みがある」


 国王の表情は真剣だった


「来月の税収がどうなるか教えてほしい」


 結衣は頭を抱えたくなった


 商人の相談から始まったはずなのに、いつの間にか国王が相手になっている


『予測します』


 AI先生はいつも通り冷静だった


『農業収穫量の増加により前年を上回ります』


 結衣はそのまま伝える


 国王は深く頷いた


「やはりそうか」


 違う


 やはりではない


 全部AI先生だ


 だが今さら説明しても誰も信じないだろう


 一年後


 桜結衣は王国中で知られる存在になっていた


 未来を視る魔女サクラユイ


 商人も貴族も役人も、困ったことがあれば彼女のもとへやって来る


 その日の夜も、結衣は屋敷のベッドへ倒れ込みながら大きく息を吐いた


「疲れた」


『お疲れ様でした』


「ねえAI先生」


『はい』


「私、本当に何かしたかな」


『しています』


「そうかな」


『質問をしています』


 結衣は思わず笑った


「それだけ?」


『良い質問は価値があります』


 少しだけ胸が軽くなる


 前の世界でも問題を解決する人は評価された


 だが本当に大切なのは、問題そのものを見つける人だったのかもしれない


 窓の外では王都の灯りが静かに輝いている


 穏やかな夜だった


 しかし次の瞬間、その平穏はAI先生によって壊された


『報告があります』


「嫌な予感しかしない」


『王国全体を分析しました』


「うん」


『改善可能な問題を発見しました』


 結衣はゆっくり目を閉じる


「何件?」


『二千三百八十四件です』


「多い!」


『現在も増加しています』


「増えなくていいから!」


『優先順位を作成しました』


「聞いてない」


『第一位は税制改革です』


「重い」


『第二位は流通改革です』


「もっと重い」


『第三位は教育制度です』


 結衣は天井を見上げた


 どうやら異世界生活は、まだ始まったばかりらしい


 未来を視る魔女サクラユイと呼ばれる少女は知らない


 自分がこれから王国どころか大陸中を振り回すことになる未来を


 そしてその全ての始まりが、一台のスマホと少しだけお節介なAI先生だったことを。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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