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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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一人称の死角


巨大な刀身が魔蛇の鱗を削り飛ばし、闘技場の空気に焦げたような匂いが混じる。

俺――アイズドは、大蛇の巨体がのけぞった一瞬の隙を見逃さず、右腕の《古代変形機装》を刀から大盾へと瞬時に切り替え、叩きつけられる尾撃の反動を利用して後方へと大きく跳躍した。

『シャアァァァァァッ!!』

距離を取った俺を逃さじと、魔蛇がうねるような軌道で突進してくる。

その圧倒的な質量とプレッシャーを正面から受け止めながら、俺の脳裏には、ある一つの「ゲーム理論」が浮かんでいた。

コンシューマー機やPCのモニター越しにプレイする従来のMMORPGと、このEHOのような完全没入型フルダイブVRMMO。

両者の戦闘における最も決定的な違いは、ステータスやグラフィックの差ではない。

それは『視点カメラ』の違いだ。

モニター越しのゲームの多くは、自分のキャラクターの背後やはるか上空にカメラを配置する「三人称視点(TPS)」を採用している。カメラを限界まで引けば、戦場全体を俯瞰で捉えることができ、巨大なボスの全身の動きや、自分の背後に発生した魔法の予兆(AoE)すらも容易に視認できる。

だが、VRMMOは違う。

プレイヤーの目はアバターの目そのもの。完全なる「一人称視点(FPS)」である。

人間の視野角(FOV)には限界がある。目の前に全長二十メートルの大蛇がそびえ立っていれば、視界はボスの胴体だけで埋め尽くされ、頭部が今どんな予備動作をしているのか、尻尾がどこから回り込んできているのかを「目で見て」確認することは不可能なのだ。

同じボスが同じ動作をした場合、三人称視点なら簡単に避けられる攻撃でも、一人称視点では死角から襲い来る致死的な難易度へと跳ね上がる。

これが、VRMMOのレイド戦闘が「地獄」と呼ばれる最大の理由である。

(だが、プロの軍師たる俺の脳内には、常に戦場を俯瞰する『もう一つのカメラ』が存在する)

風の鳴る音。泥が跳ねる音。そして、目の前にある蛇の腹の筋肉の『収縮の仕方』。

それらの断片的な情報を脳内で統合し、俺は自分の背後や頭上を含めた闘技場全体の立体モデルを、リアルタイムで構築していた。

「上空からの強襲……落下地点は、俺の斜め後ろ三メートル!」

俺は背後を振り返ることなく、勘だけで右斜め前方へとスライディングした。

直後、俺のいた場所に大蛇の巨大な顎門あぎとが突き刺さり、石畳が粉砕される。

「よし、読み通りだ。……お返しと行くぜ」

俺の口角が吊り上がる。

先ほどのキメラ戦を経て、俺のレベルは一から一気に【三十二】へと跳ね上がっていた。

それはつまり、基本職のささやかなスキルだけでなく、強力な特性を持つ『上級職』のスキル群が解禁されたことを意味している。

「――《展開シフト》。シャドウウォーカー(影潜り)!」

俺の右腕のガントレットが、小回りの利く双剣へと変形する。

気配と足音を殺す暗殺職のステップで、大蛇の硬直の隙を突いて懐へと一瞬で潜り込んだ。

(さらに繋ぐ。GCDの間に、次の上級職へ!)

「――《展開シフト》。ソウルテイカー(魂刈り)!」

双剣から、禍々しいオーラを放つ『大鎌』へとフレーム単位でクラスチェンジ。

「《ファントム・クリーヴ》!」

俺がスキルを発動した瞬間、俺のアバターから黒いファントムが分離し、大蛇の左右に配置された。

俺本体が大鎌を振り抜くと同時に、二体の影も全く同じモーションで大蛇の胴体に鎌を叩き込む。一人でありながら、実質的な三位一体の広範囲攻撃。

『ガガガガァァンッ!!』

「シャアァァッ!?」

大鎌による連続ダメージに、大蛇が苦痛の鳴き声を上げ、体勢を大きく崩す。

「まだだ。――《展開シフト》。ブレイドマスター(絶剣)!」

大鎌から反りのある刀へと変形させ、怯んだ大蛇の急所めがけて、神速の剣技を乱れ打つ。

レベル三十帯の上級職スキルを惜しみなく連打する、GCDを完全に無視した怒涛の変形コンボ。

莫大なダメージ数値が視界を埋め尽くし、ついに大蛇のHPバーが『五十パーセント』のラインを割り込んだ。

「よし……! 第一フェーズ突破だ!」

俺が小さく会心の笑みを浮かべた、その瞬間だった。

『――ギルルルルォォォォォォッッ!!!』

瘴澱の魔蛇が、これまでとは質の違う、空気を震わせるような甲高い咆哮を上げた。

全身の黒い鱗が血のように赤く染まり、その身体から噴き出す瘴気の濃度が爆発的に跳ね上がる。

(来るぞ……! HP半分からの、フェーズ移行……!)

俺は刀を大盾に変形させ、最大限の警戒態勢をとる。

だが、大蛇は俺に攻撃を仕掛けるのではなく、突然その巨体を翻し、闘技場の中央に広がる『赤黒い澱みの沼』へと頭からダイブしたのだ。

『ドバババァァァッ!』

大量の汚泥が飛散し、大蛇の姿が完全に沼の底へと消え去った。

闘技場の中央に広がる巨大な沼。その表面は不気味に波打ち、どこから攻撃が来るのか全く予測できない。

(潜行ギミック……! 地面からの突き上げか!?)

俺が足元の石畳に意識を集中させた、その時だった。

『ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!』

足元ではなく、闘技場の『外周』から地鳴りが響いた。

俺がハッとして周囲を見渡した瞬間、俺の「一人称視点」という根本的な弱点が、最悪の形で牙を剥いた。

闘技場の円形の壁面。そのすべての方向にある排水口のような穴から、大蛇の『分身』とも言える無数の蛇の頭が、一斉に飛び出してきたのだ。

「なっ……!?」

全方位、三百六十度からの同時魔法詠唱。

俺の視界(FOV)に収まりきらない死角のすべてから、不可視の毒液と麻痺の波動が放たれる。

三人称視点であれば、どこに安全地帯アンチがあるか一目で分かっただろう。

だが、一人称視点では、背後から迫る攻撃を直前で察知するしか回避の方法がない。

「くそっ! 《絶対防御》――」

俺がタンクの無敵スキルを起動しようとした瞬間。

足元の沼から、本物の大蛇の尻尾が音もなく突き出し、俺の足首に絡みついた。

『ギリィッ!』

「がっ……! 拘束バインドギミックかよ……っ!」

足元を完全に固定され、回避行動も防御スキルの発動も封じられる。

レイド戦闘において、一人で食らう『拘束』は、すなわち「死」を意味する。

四方八方から放たれた無数の毒弾と石化の光線が、逃げ場を失った俺のアバターへと一斉に降り注いだ。

『ドガァァァァンッ!! ジュウウゥゥゥッ……!』

「あ、が……っ」

圧倒的なダメージの暴力。

無敵化が間に合わなかった俺のHPバーは、溶けるような速度で減少し――最後の一撃によって、完全にゼロへと叩き落とされた。

『Party Member "AIZED" has died.』

システムによる冷酷な宣告と共に、俺の視界は唐突にブラックアウトした。

◆ ◇ ◆

「あいたた……」

次に視界が開けた時、俺は闘技場の入り口にある、冷たい石のベンチに座っていた。

リスタートポイント。死亡時の復活場所だ。

「……あ、アイズドさん」

隣から、恐る恐る声をかけてくる白銀の少女。

先に死んでここで待機していたルナが、俺の顔色を窺うように身を縮めていた。

「アイズドさんでも、負けちゃうこと……あるんですね。その、ごめんなさい。私が真っ先に死んじゃったから、一人で戦わせることになって……」

彼女は、自分のミスで俺を死なせてしまったと、本気で落ち込んでいるようだった。

そんな彼女を前にして、俺は――。

「……っはは、あははははっ!」

顔を覆っていた手をどけ、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。

「ア、アイズドさん……?」

「いや、最高だ。マジで最高のクソゲーだよ、あの泥蛇。完全に一人称視点の死角を突いた初見殺しだ。プロの連中がマニュアル化しなきゃ絶対に越えられない理不尽を、これでもかってくらい詰め込んでやがる」

俺は立ち上がり、首をポキキと鳴らした。

負けたというのに、俺の胸の中にあるのは悔しさや怒りではなく、極上のパズルを前にした純粋なワクワク感だけだった。

「アイズドさん、怒って……ないんですか?」

「怒る? なんでだ。むしろ感謝したいくらいだぜ」

俺はルナを見下ろし、口角を凶悪に吊り上げた。

「ルナ。お前、さっきのキメラ戦でレベルが三十一になったよな。《素浪人ファイター》の上級職スキル、ちゃんと使えるようにセットしたか?」

「えっ? は、はい! いっぱい覚えました!」

「よし。俺の《古代変形機装》にも、新しく解禁された上級スキルが山ほどある」

俺は右腕のガントレットをカチャリと鳴らし、闘技場のゲートを指差した。

「さあ、リベンジだ。お前が死んでる間に、あの泥蛇の第一フェーズは完全に解析しきった。あの初見殺しの潜行ギミックを突破する奇策も、さっき死ぬ瞬間に思いついた」

俺は、獲物を前にした悪魔のような笑みを浮かべ、相棒へと告げた。

「あの理不尽な泥蛇を、俺たちの新しいスキルの『実験体テストケース』にしてやろうぜ」

「じ、実験体って……なんか悪役みたいで聞こえが悪いですけど……」

ルナは一瞬だけドン引きしたように顔を引きつらせたが。

すぐに、彼女のサファイアブルーの瞳にも、俺と同じ『純粋なゲーマー』としての好戦的な光が宿った。

「でも、やります! 今度こそ絶対に死にません! 剣の新しいスキル、早く試してみたいですし!」

ルナもまた、白銀の髪をフワリと揺らし、闘志に満ちた笑顔で新しいショートソードを構えた。

絶対の死が約束された初見殺しのギミック。

だが、それを「作業」としてではなく、純粋な「遊び」として楽しむ狂人たちにとっては、極上のご褒美でしかない。

俺たちは顔を見合わせ、再び理不尽な死闘が待つ大闘技場へと、足取りも軽く駆け出していった。


※リアルでの仕事が立て込んできたので更新が不定期になります。


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