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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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淀みの魔蛇


『バアルが持ち帰った記録晶による結界の再起動を行う前に、まずはこの闘技場に溜まりすぎた【厄災の澱み】を、あなた方の力で浄化していただきたいのです!』

闘技場の最上段から、族長セレンの艶やかな声が響き渡る。

その宣言を合図とするかのように、大闘技場の中央に描かれていた巨大な魔方陣が、ドクン、ドクンと心臓の鼓動のような不気味な音を立てて赤黒く発光し始めた。

地鳴りが響く。

先ほどの古代合成獣キメラ・マキナが姿を現した鉄格子とは違う。闘技場の中央の地面そのものが十字に割れ、そこから、周囲の空気を腐食させるほどの濃密な瘴気が噴き出したのだ。

「アイズドさん……あれ、キメラよりずっとヤバそうな匂いがします……っ!」

ルナが、新調したばかりの『飛燕の軽剣』を構えながらジリッと後退る。

俺――アイズドは、右腕の《古代変形機装》をカチャリと鳴らし、前髪の奥の三白眼を極限まで細めてその「影」を睨みつけた。

割れた大地の底からゆっくりと這い出してきたのは、全長二十メートルは優に超えるであろう、禍々しい大蛇だった。

全身を覆う鱗は黒曜石のように鈍い光を放ち、その隙間からは赤黒い毒液が絶えず滴り落ちている。鎌首をもたげた大蛇は、縦に割れた金色の瞳孔で俺たちを見下ろし、シューッと威嚇音を立てた。

頭上に浮かぶ赤いカーソルと、システムが提示した名前。

『瘴澱の魔蛇ミアズマ・サーペント

(レベルは三十五……やはり、俺たちの現在のレベルに合わせて同期シンクされているな)

俺は即座に敵のステータスと外見情報を脳内で処理し始める。

大蛇の身体には、キメラのような機械(機巧)のパーツは見当たらない。完全な生体モンスターだ。

その時だった。

闘技場の貴賓席から見下ろしている族長セレンが、熱狂する観客の歓声にかき消されるほどの、極めて微かな声で呟いた。

「……忌々しい蛇め。やはり、あの時の血脈は途絶えていなかったというのか……」

その横顔には、先ほどまでの好戦的な笑みとは違う、底知れぬ憎悪と古い因縁が浮かんでいた。

しかし、闘技場の底にいる俺たちに、その微かな独白が届くはずもない。

「ルナ、まずは陣形を維持しろ! 俺がヘイト(敵対心)を取ってから――」

俺がリーダーとして的確な指示を飛ばそうとした、その刹那。

「わぁっ! なになに、すっごい立派な鱗じゃないですか!」

俺の横から、白銀の疾風が飛び出した。

「おい、馬鹿! 止まれ!」

俺の制止も虚しく、ルナは意気揚々と地面を蹴り、魔蛇の真正面へと無防備に突っ込んでいく。

彼女のサファイアブルーの瞳は、恐怖ではなく純粋な探求心でキラキラと輝いていた。

「ちょっと見てくださいよ、あの体躯! 鱗の重なり方も完璧な流線型で、泥を弾く特殊な分泌液が出てるみたいです! 弱点属性を調べる前に、ちょっと近くで観察させて――」

「アホか! タンクがヘイトを固定する前の先釣り(アグロ)は、全滅の引き金だぞ!」

だが、俺の焦りとは裏腹に、魔蛇の迎撃システムは無差別な全体攻撃ではなかった。

ルナが接敵範囲メレーレンジに侵入した瞬間、大蛇は上半身をわずかに後方へ引き、バネのように筋肉を収縮させる。

周囲の地面に、ほんの一瞬だけ、魔力による赤い円形の予兆(AoE)が閃いた。

ボス中心の小円形範囲攻撃。

大蛇の太く強靭な尾が、見えない鞭のようにしなり、ルナの足元から薙ぎ払うように放たれた。

「――っ!」

だが、ルナの異常な生体反射神経は、その不可視に近い尾撃の軌道を完全に見切っていた。

彼女は上半身をスッと沈み込ませ、轟音を立てて通過する巨大な尾を、髪の毛数本を掠めるだけの『フレーム回避』で完璧にやり過ごしたのだ。

「えへへ、見切りましたよ! 大振りすぎ――」

ルナが会心の笑みを浮かべ、反撃の剣を突き出そうとした、その時。

(……いや、違う!)

プロの軍師としての俺の直感が、警鐘を鳴らす。

MMORPGにおいて、上位のボスが放つ攻撃は、単なる物理的な薙ぎ払いだけで終わるはずがない。

「ルナ、退がれ! その軌道にはまだ――」

「え?」

俺の警告よりも早く。

大蛇の尾が通り過ぎた『空間そのもの』から、遅延して発生した猛毒の棘が、地雷のように無数に破裂した。

《強襲の尾撃》――物理攻撃の直後に、その軌跡上に時間差の判定デバフエリアを発生させる、巧妙に隠された二段ギミック。

回避の動作を終え、反撃のために硬直リカバリーフレームを晒していたルナは、その不可視の追撃を避けることができなかった。

「きゃああああっ!」

猛毒の棘が直撃し、ルナの小柄なアバターがボールのように空高く弾き飛ばされる。

闘技場の石畳を何度か転がり、彼女のHPバーは一瞬にしてレッドゾーンを通り越し、『ゼロ』へと到達した。

『Party Member "LUNA" has died.』

システムログが冷酷にルナの死を告げる。

彼女のアバターはピクリとも動かなくなった。(イベント空間のため、死体としてその場に残り、デスペナルティはない)

「……あーあ。言わんこっちゃねえ」

俺は額を押さえ、深々と溜め息をついた。

キメラの時と同じだ。ルナが死んだということは、パーティの『連帯責任ギミック』が発動し、俺のHPも強制的にゼロになり、リスタート地点に戻される――。

「…………ん?」

数秒待っても、視界は暗転しなかった。

俺のHPバーは満タンのままであり、目の前の魔蛇は、次なる獲物である俺に向かって鎌首をもたげ、シューッと威嚇音を立てている。

「なるほど……。今回のボスには『連帯責任ソウル・リンク』のギミックが設定されてないのか」

俺の口角が、自然と三日月のように吊り上がった。

一人が死んでも戦闘が継続されるということは、言い換えれば『俺一人ソロでも立ち回れる』ということだ。

初心者のルナが早々にダウンしてくれたおかげで、彼女を庇うための思考リソースを割く必要がなくなった。俺は純粋に、目の前のボスのギミック解析だけに全脳細胞を集中させることができる。

「おやすみ、ルナ。お前が床を舐めてる間に、こいつのタイムラインを限界まで丸裸にしてやるよ」

俺は右腕の《古代変形機装》を戦斧に変形させ、大蛇に向かって挑発のスキルを放った。

『シャアァァァァッ!!』

俺を明確な敵と認識した魔蛇が、猛然と突進してくる。

ここから先は、俺という軍師の『解析の独壇場』だ。

大蛇が大きく息を吸い込むモーションを見せる。その喉の奥で、不気味な緑色の光が明滅した。

俺の頭の中で、過去の膨大な戦闘データが瞬時に検索される。

「喉の明滅、吸気モーション……前方扇状のブレス攻撃か。属性は毒、あるいは……」

大蛇の口から、猛毒を孕んだ緑色の息吹が噴射される。

俺はバックステップで距離を取るのではなく、あえて《古代変形機装》を『双剣』へとクラスチェンジさせ、疾風の如く大蛇の側面へと回り込んだ。

『ジュウウゥゥッ……』

ブレスが着弾した石畳が、音を立てて溶けていく。

だが、それだけではない。ブレスの範囲内にあった空気そのものが石化し、灰色の結晶となってボロボロと崩れ落ちたのだ。

「毒と石化の複合属性……《ペトロブレス》か。かすっただけでも行動不能スタンだな。厄介な代物だ」

俺は冷静にボスの技名と効果を脳内のタイムラインノートに書き込む。

大蛇は側面からの俺の攻撃に苛立ち、今度はその金色の瞳を不気味に発光させ始めた。周囲の空気がビリビリと震え、不可視の魔眼の力が空間全体を支配しようと収束していく。

「視線判定のギミック。詠唱完了と同時に目を合わせていれば即死、あるいは致命的なデバフを食らう」

俺は攻撃の手をピタリと止め、大蛇から完全に背を向ける『視線切り』のテクニックでそれを難なくやり過ごした。

背後で強烈な閃光が炸裂するが、俺のステータスには何の影響もない。

「ふむ……。攻撃の予兆から判定までの発生フレームは平均一・五秒。範囲は広いが、理不尽なランダム性はないな」

俺は、大蛇の猛攻を紙一重で躱しながら、ある一つの確信を得ていた。

「こいつには、あの忌々しい『数字ギミック』が存在しない」

MMORPGにおいて、俺が最も神経をすり減らされるのは、プレイヤーのHPを強制変動させ、素数や倍数を計算させるような算術ギミックだ。

だが、俺はエリュシオンの図書館で読んだ伝承と、このゲームの法則性から一つの仮説を立てていた。

『論理演算や算術チップを用いた数字ギミックを行使するのは、名前に【古代(Ancient)】を冠する魔法生物や機械兵器のみである』

目の前のこいつの名は『瘴澱の魔蛇』。

フェネキアの里を脅かす強力なボスではあるが、古代の科学力で作られた兵器ではなく、あくまで澱みから生まれた『生物』なのだ。

だからこそ、こいつの攻撃は毒、石化、尾による打撃といった、純粋な生物としての生態に基づいた物理・魔法攻撃に終始している。

「頭(計算)を使わなくて済むなら、あとは純粋な『避けゲー(アクション)』の土俵だ。俺の最も得意な分野だぜ」

大蛇が地鳴りを響かせ、闘技場の中央から俺に向かって一直線に突っ込んでくる。

直線範囲の突進攻撃。距離減衰のダメージ判定を伴う大技だ。

俺は一切の焦りもなく、《古代変形機装》を『大盾』に変形させた。

「《絶対防御インビンシブル》」

『ガアアァァァンッ!!』

巨大な質量が激突するが、タンク職の最上位スキルによってダメージは完全に無効化ゼロされる。

そして、大蛇が突進の勢いを殺しきれずに硬直したその一瞬の隙。

「――《展開シフト》。イアイカスター(抜刀術士)」

大盾から、反りのある一本の美しい刀へと瞬時にクラスチェンジ。

独立したクールダウンタイマーを利用した、GCDを無視する極限のカウンターコンボ。

俺は腰を深く落とし、刀身に魔力を極限まで収束させる。

「寝てる相棒の分まで、きっちり削らせてもらうぞ。――《絶華・一閃》!!」

闘技場の空気を切り裂くような甲高い抜刀音とともに、眩い剣閃が大蛇の硬い鱗を深々と斬り裂いた。

真紅のクリティカル・エフェクトが弾け、大蛇のHPバーが目に見えて大きく減少する。

「ギャアアァァァァッ!!」

大蛇が苦痛に身をよじる。

まだ倒し切るには程遠いが、ボスの行動パターンは完全に俺の掌の上にあった。

「さあ、第一フェーズのデータ取りは完了した。次はHP五十パーセント以下で何をしてくるか、見せてもらおうか!」

熱狂するフェネキアの民の歓声を背に受けながら、俺は一人、狂ったような笑みを浮かべて魔蛇との死闘ダンスを踊り続けた。


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