【8】オリビア・ローレンスの息子
「『我ら境界を揺蕩う者。黒に染まる前の灰色の猟犬』──首輪付きで外出を許された、灰色騎士団ってわけだ。灰色騎士は自分を呪った呪魔を殺すため、聖騎士と一緒に呪魔狩りの仕事をしてるのさ」
歌うような口調のベリルの言葉に、テオは寒気を覚える。
「……首輪、って」
呟き、チョーカーを凝視するテオに、ベリルは苦笑した。
「これ、つけてる奴の居場所が把握できるんだ。灰色騎士は外出に首輪は必須……理由はまぁ、お察しだ」
その措置の意図を理解し、テオは胃が重くなるのを感じた。
灰色騎士は呪われた騎士だ。いつ、呪いが進行して呪魔化するか分からない危険な存在──故に、行動が制限されるのだろう。
「そんな顔するなって。確かに制限は多いけど、まぁまぁ楽しくやってるんだ。それで、本題なんだけどさ」
テオが暗い顔で唇を噛んでいると、ベリルは殊更明るい声で話を進める。
「仲間の灰色騎士が一人、西の最果ての戦線で海に落ちて流されちゃったんだ。死んではいないと思うんだけど、連絡が取れなくて困ってる」
呪魔は大陸の外からの侵略者だ。あの黒い化け物は、〈忘却の海〉を渡ってやってくる。
特に西側からの侵略が激しく、西の最果ての海岸線は激戦区でもあった。
くだんの灰色騎士は、そこに戦力として投入されるも、戦闘中に海に落ちて流れてしまったのだという。
(西の最果てから海岸沿いに南に流れたのなら、この街の西にある海に流れ着いてもおかしくはないけど……)
そこまで考えて、テオはふと疑問を覚えた。
先ほど、チョーカーがあれば居場所が分かると言っていなかっただろうか。
「その灰色騎士、正確な居場所は分からないんですか?」
「まぁ、そこは色々大人の事情があってさ。とりあえず、この辺りにいることだけは確かなんだ。私と似たような灰色の服を着てる、カルラっていう白髪の女の子。背中に呪印がある」
どうやら、チョーカーの仕組みについては機密事項であるらしい。
ベリルの言葉を、エルバートが引き継いだ。
「私達は今、その灰色騎士カルラを探している。そこで、この街に詳しい君達の力を借りたいんだ」
英雄エルバートに頼まれて、断る理由などない。テオは力強く即答した。
「勿論です! 僕達にできることなら、なんなりとお申しつけください!」
「ありがとう、テオ」
エルバートに笑顔で礼を言われ、またしてもテオは舞い上がってしまった。
だって、憧れの英雄エルバートに礼を言われたのだ。それも、名前付きで。
(僕の名前、覚えてくれてた。エルバート様が……!)
浮かれつつも、テオは違和感を覚えた。先ほどからアレンがやけに静かなのだ。
テオは横目でアレンを見た。アレンは感情の分かりづらい真顔で、何やら考え込んでいる。
テオがアレンを気にしていると、エルバートが言葉を続けた。
「実は今、ローレンス夫人とも話していたのだが……人探しが終わり、レイエル聖区に戻る際には、君達二人を従騎士にしたいと考えているのだが、どうだろう?」
テオは息を呑んだ。
エルバートはダンカンに借りが有る。だからこそ、その息子──アレンが聖騎士になるのなら力になりたいと言っていた。
(エルバート様はきっと、僕が置かれた状況をオリビア母さんから聞いたんだ……)
その上で、二人を従騎士にと提案してくれたのだろう。
それはとても有難いことだ。だけど、テオはその手を取ることに抵抗があった。
(だって、僕はさっき、エルバート様に嘘をついた……)
魔がさして、自分がダンカンの息子だと口走り、すぐに撤回して逃げ出した。なんて厚顔な振る舞いだろう。思い出すだけで顔から火が出そうだ。
テオは膝の上で拳を握り、頭を下げた。
「エルバート様、申し訳ありません。僕は……ローレンス家の人間ではないのです。だから、貴方の厚情を受ける権利がありません」
沈黙が室内を満たす。テオは下げた頭を戻すことができなかった。エルバートの好意を無下にしたことに変わりはないからだ。
「テオ」
静かに名を呼んだのは、オリビアだった。テオは恐る恐る顔を上げる。
オリビアはピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐにテオを見ていた。元修道女らしい、厳しくも優しい眼差しで。
「貴方がローレンス家の人間になりたくないのなら、私も強くは言いません。ただ、その言葉が遠慮によるものなら……私は断言しましょう」
オリビアは眉尻を下げ、柔らかく微笑む。続く言葉は、温かな手で抱きしめるような慈しみに満ちていた。
「貴方は誰がなんと言おうと、ダンカン・ローレンスと、オリビア・ローレンスが育てた、この家の子どもです」
「オリビア母さん……」
「だから私は、自信を持って貴方を推薦しますよ。だって、自慢の息子なのですから」
テオは影が薄くて、目立たなくて、すぐに人に忘れられてしまう存在感のない子どもだ。それなのに、オリビアは自慢の息子と言ってくれた。
テオは一度だけ洟を啜る。涙は零さない。一度泣いたら止まらなくなってしまうから。
母子のやりとりを、エルバートとベリルは優しく微笑み、見守っている。
テオが震える唇で言葉を返そうとしたその時、アレンが言った。
「一つ提案があります」
テオはハッとした。そうだ、エルバートは二人を従騎士にと言ってくれたが、アレンは元々、聖騎士になるつもりなどないのだ。
「従騎士になるのは一人で充分でしょう? だから……」
アレンはきっと、エルバートの誘いを辞退するのだろうと、テオは思った。
だが、アレンが口にしたのは、全く違う提案だ。
「俺とテオで決闘をするので、勝った方を従騎士にしてください」
アレンの言葉に皆、唖然としている。そんな中、真っ先に同意したのは意外にもベリルだ。
「良いな、それ」
ベリルは巻きスカートの下で足を組み替えると、チロリと唇を舐める。
細められた目は、トロリと濡れたように輝いていた。艶っぽくて挑発的な笑みだ。
ベリルは快活なお姉さんなのに、時々こちらがドキッとするような色気を見せる。
「己の権利は己の力で勝ち取る──嫌いじゃないぜ、そういうの。それで、どこでやるんだ?」
「西の丘で」
「へぇ、見晴らしが良さそうだな。いつ始める?」
「今すぐ」
アレンの言葉は簡潔だった。それすら楽しいとばかりに、ベリルは笑いながら立ち上がる。
「話が早くて良いな。よし、じゃあ早速行こうか」
「はい」
オリビアが「アレン!」と声をあげた。だが、アレンは聞く耳を持とうとしない。
話についていけないテオは、口を半開きにしてアレンを見た。アレンはこちらを見ない。無言の背中は何も語らない。
エルバートが咎めるように、ベリルを軽く睨んだ。
「ベリル、これは私の従騎士に関する問題だ」
「勝手に口を挟んだのは、ごめん。けど、その方がわだかまりがなくて良いと思うんだ。それに……」
ベリルは座るエルバートの肩を抱き、耳元に唇を寄せた。
「ああいう、戦う目をした男がいたら、応援したくなっちゃうだろ?」
「……まったく、君は」
エルバートは続く言葉を飲み込み、小さく息を吐く。
英雄を言い負かしたベリルはニヒヒと笑い、テオを見た。
「それで? テオは戦わないのか? 聖騎士を目指してるのに?」
どこか挑発的な物言いだ。だが、嫌な気はしなかった。
聖騎士になりたい。その気持ちは本当だ。そのための試練なら、きっと乗り越えてみせる。
エルバートが差し伸べてくれた手を、ただ掴むんじゃない。自分の力を証明し、従騎士に相応しいと認めてもらった上で、聖騎士になるのだ。
たとえ、立ち塞がる相手がアレンだろうと。
「……戦います。僕は自分の実力を示して、聖騎士になりたい」
ベリルはニンマリと唇の端を持ち上げる。
「いいね。おねーさん、戦う男の子は大好きだぞ」




