【7】我ら境界を揺蕩う者
エルバートは穏やかな笑顔でコーヒーを飲み、ベリルは親しげに片手をヒラヒラ振っている。
オリビアはその向かいの席に着席していた。
(もう、着いてたのか……)
実を言うとテオは、帰宅してオリビアに話をしてから、エルバートを迎えに行くつもりでいた。貴方が探しているダンカン・ローレンスの息子は、この家にいます、と。
だが、エルバート達は人に訊ねて、自力でこの家に辿り着いたらしい。
テオはガチガチに強張った顔で、頭を下げた。
「先ほどは大変失礼いたしました、どうか無礼をお許しください」
「失礼だなんて、とんでもない。なぁ、ベリル」
「そうそう、それに今回押しかけたのは、こっちだしさ」
エルバートもベリルも、テオの無作法を咎める様子はない。
やはり聖騎士というのは、人間ができている心の広い人達なのだろう。ベリルは聖騎士かどうか、いまいちよく分からないが。
そんなテオの疑問を、アレンが代弁した。
「そちらの女性は……?」
英雄エルバートが目の前にいるというのに、興奮するでもなく、アレンはベリルの方を見ている。その目は心なしか険しい。
不躾なアレンの態度に、ベリルは気を悪くするでもなくサラリと答えた。
「私は灰色騎士さ」
「灰色騎士……?」
アレンが胡乱げな顔で復唱し、テオを見た。その視線が、「テオは知ってる?」と訊いている。
テオは唇を曲げ、眉間に皺を寄せた。灰色騎士なんて聞いたことがない。それなのに、知っている気がしてならないのだ。
もしかして、何かの折に本で読み流してしまったのだろうか? だとしたら自分の勉強不足だ。悔しい。
テオがうーうー唸っていると、オリビアが控えめに口を挟んだ。
「二人が知らないのも無理ありません。灰色騎士は数が少ないですから。この辺りで見かけることは、まずないでしょう」
オリビアは元々は中央部にあるレイエル聖区で修道女をしていた人間だ。故に、聖騎士団周辺の組織についても詳しい。
テオはいつもオリビアにせがんで、聖騎士団の話を色々と聞かせてもらっていた──が、その中で灰色騎士に関するものは、なかったように思う。
ベリルはエルバートをチラリと見て、言った。
「エル、この子達に詳しく話していいかな? 用事と関係あることだし」
「あぁ、君が良いなら構わない」
エルバートが承諾したところで、ベリルはテオとアレンに座るよう促す。
二人が着席したのを確認し、ベリルは話し始めた。
「呪魔に呪いを植え付けられた呪い憑きは、だんだんと全身を呪いに蝕まれ、最後は全身が真っ黒になって、自身も呪魔になるよな?」
それは、この大陸の人間なら誰でも知っている常識だ。
呪い憑きになったら、意識を失うか、凶暴化し、やがて自身も呪魔になる。
救うには、全身に呪いが行き渡る前に、呪いを植え付けた大元の呪魔を殺さなくてはならない。
「ところが呪い憑きの中でたま〜に、呪いの進行が止まる人間がいるんだ」
ベリルは立ち上がると、巻きスカートのボタンに手をかけた。
「こんな風に」
あっ、とテオが止めるより早く、ベリルはボタンを全て外してしまう。ストンと巻きスカートが床に落ち、露わになった足は、太ももが見えるぐらい丈の短いショートパンツをはいていた。
テオは慌てて目を逸らそうとして、気づく。
スラリと程よく引き締まったベリルの両脚には、赤みがかった黒の模様が浮かび上がっている。
「それって、まさか……」
呟くテオに、ベリルは頷く。
「そう。呪いだよ。私は両脚に呪いを植え付けられたけど、奇跡的に進行が止まったんだ」
呪魔に呪いを植え付けられた時、体に出る黒い模様を呪斑と言うが、ベリルの両足の呪斑は、ただ斑らに黒くなっているのではなく紋様のようになっていた。
呪いを植え付けられた呪い憑きは意識を失うか、理性をなくして凶暴化する。だが、ベリルの喋り方はしっかりしていて、意識が混濁している様子もない。
「私みたいに、呪いの進行が止まった人間は、歩く呪いって呼ばれる。聖騎士の加護だの祝福だのとは違うけど、呪いの一部を操ることで……まぁ、色々できるわけだ」
ベリルの説明に、アレンがピクリと反応した。アレンは低く探るような声で問う。
「……色々、とは?」
「身体を強化したり、呪いを自分の手足や武器みたいにしたり、人の精神に干渉したり……まぁ、ほんと色々だよ」
ベリルは床に落ちた巻きスカートを拾い、己の腰に巻き直す。
正直テオはホッとした。ベリルの太腿が気になって、説明がちょっと頭に入ってこなかったからだ。
(決して僕はベリルさんの太腿を見ていたわけじゃない……いや、見たけど! 見ようと思って見たわけじゃなくて、呪いの紋様を見るためにはどうしたって視界に入ってくるというか……!)
テオが葛藤していると、アレンが珍しく険しい表情で訊ねた。
「……歩く呪いになったら、呪斑は、そういう模様になるんですか?」
「そう。うちでは呪印って呼んでる。呪い憑きは、ただ赤黒く染まるんだけど、歩く呪いは、こうやって模様っぽくなるんだ」
こうやって、とベリルは巻きスカートの裾を捲る。
チラリと見えた肌色に、テオは慌てて目を逸らした。これは聖騎士を志す者として当然の配慮である。
一方アレンは、ベリルの足の呪印をマジマジと眺めていた。
「……歩く呪いは、必ず体のどこかに呪印があるってことですか?」
「そーゆーこと。でもって、呪印持ちの歩く呪いなんて、いつ呪魔化してもおかしくないだろ? 当然に、国としてはきっちり管理したいわけだ」
「呪いから解放される方法は、呪い憑きと同じ?」
アレンの質問に、ベリルはコクリと頷く。
「そう。歩く呪いは呪い憑き同様、自分に呪いを植えつけた呪魔が死ねば、呪いから解放される。そこで、自らの呪いを武器に、呪魔狩りに従事すると誓った歩く呪い達を集めたのが……」
ベリルは己の襟元を引っ張る。灰色の制服の下に見える首には、黒いチョーカーがあった。
「『我ら境界を揺蕩う者。黒に染まる前の灰色の猟犬』──首輪付きで外出を許された、灰色騎士団ってわけだ。灰色騎士は自分を呪った呪魔を殺すため、聖騎士と一緒に呪魔狩りの仕事をしてるのさ」




