【20】記憶の欠片はそこに
呪魔を倒した翌日、テオが目を覚ました頃には、応援の聖騎士達が到着していた。どうやら昨日の内に、オズワルドがレイエル聖区に応援要請を出したらしい。
「そういうわけだから、君達はもう戻って良いって。燃え滓邸までの見送りは俺がするからさ」
集会所の一室で朝食のパンを食べているテオ達、灰色騎士三人に、聖騎士ニコラが状況を説明してくれた。
今回の呪魔は危険度が極めて高い四等級に分類され、事後処理のために相当数の騎士が送り込まれたそうだ。迅速に討伐し、被害を最小限に抑えたオズワルド・グレゴリー隊長は、教皇庁に高く評価されたとかなんとか。
ヒューゴがパンをちぎり、不服そうに下唇を突き出した。
「つまり、俺らの手柄を横取りってことだろ? はっ、おいしい役目だよなぁ」
「ヒューゴ、指揮をとったのはグレゴリー隊長なのだから、あの人が評価されてしかるべきだ」
「出た! 良い子ちゃんぶりっこ!」
テオとヒューゴがいがみ合っている間も、カルラは無言でパンを食べている。
朗らかなニコラは、いがみ合いが途切れるのを待って口を開いた。
「グレゴリー隊長って慎重な人でさ。そのせいで、いつも美味しいところを他の隊に持っていかれちゃうんだよねぇ」
ニコラが言うには、グレゴリー・オズワルド個人は、非常に優れた武芸者であるという。剣の腕だけなら聖騎士団で五指に入るのだとか。
ただ、万全の体制でことに挑みたがるが故に出遅れ、他の者に手柄を譲ってしまう。結果、上層部から過小評価されがちだったらしい。
「だからさ、俺がこんなこと言うのもなんだけど、ありがとね。あの人の力になってくれて」
ニコラの感謝の言葉に、ヒューゴは面白くなさそうな顔をしているし、カルラは無表情でパンを食べ続けている。
ただ、テオはじんわりと胸が熱くなるのを感じた。
自分は騎士としての役目を果たせたのだ。そのことが誇らしかった。
* * *
朝食の後、荷物をまとめたテオは、ヒューゴ、カルラと一緒に隣の民家に向かった。ミレーヌに預けたままのレニーを回収するためだ。
ミレーヌはもう起き上がり、元気そうにレニーと遊んでいた。
家の女が言うには、昨晩は物々しい雰囲気で大人達もピリピリしていたが、レニーがいてくれたおかげで、ミレーヌは然程不安がらずにいられたらしい。
ミレーヌの兄シモンも意識を取り戻しており、すぐに家に帰れるだろうとのことだ。
フワフワ毛玉のレニーは、テオに気づくと床をコロコロと転がり、その勢いのまま高く飛び跳ねてテオの顔面に体当たりをした。勢いが良すぎである。
テオは顔面からポトリと落ちたレニーを両手で受け止め、それから膝を折ってミレーヌと目の高さを合わせる。
「レニーと遊んでくれてありがとう、ミレーヌ」
「こちらこそ、ありがとうございました。えっと……お兄さん……」
あぁ、やっぱり名前を忘れちゃったんだろうな。とテオは思った。別にいつものことだ。慣れてる。
「テオだよ。僕達は今日帰るから、お別れを言いにきたんだ」
「テオお兄さん。えっとですね……」
「うん?」
ミレーヌは何やらモジモジしている。どうしたのだろう、とテオが怪訝に思っていると、ミレーヌは唐突にその場でバタバタと足踏みを始めた。
「ぽぺらぺ、ぷぅ!」
ギョッとするテオの前で、ミレーヌは己の頬を両手で潰す。
テオは呆然とした。今のはヒューゴの嘘に唆された、テオの残念な芸ではないか。
(どうして……)
ミレーヌは、テオのことを──顔も、名前も、かけた言葉も、テオに付随する全てを忘れてしまった筈なのに。
テオが絶句していると、ミレーヌはモジモジしながらテオを見た。
「お兄さん、時々、寂しそうな顔をしてたから」
「………………」
「『ぽぺらぺぷぅ』は、楽しくって、元気が出るんですよ!」
テオは咄嗟に目元を押さえる。
何も心に響いていないと思っていた。誰にも覚えてもらえないと思っていた。他者の心に、自分は何も残せないと思っていた。
だけど、小さな希望がここにある。
「ありがとう……すごく、元気が出たよ」
泣き笑いの顔をするテオの背中を、ヒューゴがバシンと乱暴に叩き、「元ネタ俺だかんな」と要らぬ主張をする。
カルラが「ヒューゴは何もしてない」と突っ込み、レニーは呑気に「めうー」と鳴く。
──自分は確かにここにいたのだ。
その実感に、テオの心臓が強く鼓動した。




