【13】小さな飴玉を大事に大事に舐めるように
夕方、テオ達が滞在用に使っている村の集会所に戻ったタイミングで、聞き込みに出ていた他の聖騎士が村人を伴って戻ってきた。
その報告内容は、概ねテオ達が遭遇したものと同じだ。
──背中に黒い球体をつけた呪い憑きが、村人を襲った。
オズワルドの部下達は皆、呪魔との戦いに慣れた聖騎士だ。すぐ、呪い憑きを操る球体の存在に気づき、それを切除。周囲に警戒を呼びかけたという。
集会所には、聖騎士と村人が忙しなく出入りを繰り返している。
出撃命令が出ていない以上、勝手には動けない。そうでなくとも、呪装顕現は消費の激しい力だ。先ほど数分使ったから、少しでも体力を温存しないと連戦は難しい。
なのでテオは体力を温存しつつ、出入りする人々の報告を記憶することに努めた。
操られた呪い憑きが現れた場所と時刻を地図と照合、現時点での被害者は、テオ達が発見した呪い憑きがミレーヌの兄も含めて四人。更に、そこから少し北の方でも二人。村のはずれに一人──合計七人。
呪い憑きの検分をしてきたニコラが、オズワルドに報告をした。
「報告します。呪い憑きの背中に張りついていた球体に尾刺棘はありませんでした。やはり、あれは極小の呪魔ではなく、三等級以上の呪魔の分身体と考えるのが妥当かと」
待機中は朗らかでのんびりした喋り方のニコラだが、今は流石にハキハキとしている。
「呪魔の侵食速度は推定三〜四と思われます」
侵食速度は尾刺棘で呪いを注ぎ込まれた呪い憑きが、呪魔化するまでのリミットだ。
侵食速度一なら一週間以上。一〇は最速で即呪魔化。三〜四は、長くて三日、早くて一日である。ただし、呪いを注ぎ込まれた量が多いと、その限りではない。
オズワルドは既に、気絶したミレーヌを村人に託し、被害者である呪い憑きを一箇所に集めている。
最悪の場合、呪い憑きが呪魔化する前に殺す必要があるから、被害者は隔離するのが基本なのだ。
また、村人達には農作業を中断し、家に篭って戸締りをするよう指示している。
(今はカルラの報告待ちか……)
カルラの優秀な点は、飛行能力もそうだが、呪装顕現のスムーズさと持続時間の長さだ。
テオのように言葉の力を必要としないし、持続時間も長い。特に持続時間はテオにとって大きな課題である。
テオに呪装顕現の指導をしてくれたベリルが言うには、呪装顕現は限界まで使った方が、限界を伸ばしやすいらしい。
但し、それは精神汚染や呪魔化の進行を引き起こすこともあるので非推奨。まずは毎日使って少しずつ慣れた方が良いのだという。
(……カルラほどの持続時間を得るには、どれぐらいの慣れがいるのだろう)
「あぁ、それと、テオ君」
報告を終えたニコラがテオを見る。テオは慌てて背筋を伸ばした。
「はいっ、なんでしょうか」
「ミレーヌちゃんが目を覚ましたって」
安心すると同時に、ドキッとした。
ヒューゴが手慰みのようにレニーを捏ねながら、テオに声をかける。
「じゃあ、ちょっとだけ声かけてこようぜ。お前だって、忘却がちゃんと効いたか気になるだろ?」
「……あぁ」
そうだな、と呟く声が力無く床に落ちる。
オズワルドはそんな二人を咎めたりはせず、「顔を出したらすぐに戻れ」とだけ命じた。
* * *
ミレーヌは集会所の近くにある民家の一室で休ませている。
ミレーヌは兄と二人暮らしで、その兄が不在の今、一人で家に休ませるのは不安がある。とはいえ、集会所では呪い憑き化した者達を収容しているので、一般人を休ませるには適さない。そこで村の人間に預けることにしたのだ。
テオとヒューゴが民家を訪れると、ふっくらとした中年の女が、どうぞどうぞと迎え入れてくれた。
一般人は灰色騎士や歩く呪いのことを知らない。彼女はテオ達のことを、村人の見舞いに来た聖騎士見習いとでも思っているのだろう。「ミレーヌを気にかけてくれてありがとう、良い子達ねぇ」と微笑んでいる。
中年の女が案内してくれた寝室では、大人用のベッドでミレーヌが横になっていた。彼女は既に意識は戻っているらしく、テオ達に気づくと上半身を起こす。
テオは何も言わなかった、言えなかった。
ヒューゴはテオが話を切り出すものと思っていたらしい。だが、テオが一向に口を開かないものだから、気まずそうにミレーヌに話しかけた。
「あー、体は大丈夫? 頭痛いとかない?」
「はい、大丈夫です。えぇと、わたし、お外に出た後のこと、あんまり覚えてなくて……」
状況説明を求められている、と思ったのだろう。賢い少女だ。
何も思い出せないと申し訳なさそうにするミレーヌに、ヒューゴがパタパタと手を振りながら言った。
「あー、大丈夫大丈夫、大したことじゃなかったから。なっ、テオ?」
「……あぁ」
テオが相槌を打つと、ミレーヌはパチパチと瞬きをしてテオを見た。その目をテオは知っている。
……知らない人を見る目だ。
「そっちのお兄さんも、騎士様ですか?」
ヒューゴはキョトンとしている。言われたことの意味が分からない、という顔だ。
「は? いやいやいや……さっきまで一緒に……」
動揺するヒューゴを押し除け、テオは前に進み出た。
(笑え)
どんな時でも、人々を安心させるように振る舞え。自分は騎士なのだから。そう自分に言い聞かせ、テオはミレーヌの寝台の前で膝を折り、視線の高さを合わせた。
「初めまして、僕はテオ。聖騎士様のお手伝いをしているんだ。この子は僕の相棒のレニー」
「わぁ、可愛い!」
テオは服の中に隠れていたレニーを引っ張り出して、ミレーヌのベッドの上にのせてやる。
白い毛玉はベッドの勾配をコロコロと転がり、最終的にミレーヌの手の中に収まった。少女の小さい手が、レニーの白い毛並みを撫でる。
「僕達はこれから、お仕事に行くから、この子を預かってくれないかい?」
「はい、分かりました! ですっ!」
テオは中年女に「突然押しかけてすみませんでした」と丁寧に頭を下げると、ヒューゴを促し、民家を後にした。
少し歩いたところで、テオの数歩後ろを歩くヒューゴがボソリと言う。
「お前……先に言えよ」
「…………」
「お前の忘却って、誰かの記憶を消すと、自分のことも忘れられちまうんだろ?」
テオは返事に困った。忘却の力は、まだ検証中なのだ。
ただ、〈指定忘却〉で一般人の記憶を消すと、テオの存在も忘れられてしまうことは分かっていた。
以前、ベリル立ち合いのもと、早朝訓練に参加した軍人に協力してもらったことがある。「今日の朝食のメニュー」を忘れさせる、という簡単な実験だ。
結果、〈指定忘却〉は成功し、その軍人は朝食のメニューを忘れた。のみならず、彼はテオに向かってこう言ったのだ。
『何故、訓練場にこんな子どもが?』
……彼は、テオの存在自体も忘れてしまったのだ。
だから、ミレーヌの恐怖の記憶を消そうとした時、ミレーヌの中のテオの記憶も消えるだろうと、分かっていた。それでもミレーヌの恐怖を取り除くと決めたのはテオ自身だ。
テオはヒューゴを振り向き、言った。
「気にしてくれて、ありがとう。ヒューゴは良いやつだな」
「……皮肉かよ」
ヒューゴはポケットに両手を突っ込み、唇をグニャリと曲げて、テオを睨んでいる。
テオは眉尻を下げて、ぎこちなく笑った。
「困ったな、本当に皮肉のつもりじゃないんだ。僕は、僕のことを気にかけてもらえるだけで、すごく嬉しい」
少し気にかけてくれるだけで、それこそ名前を呼んでくれるだけでも嬉しいのだ。本当だ。そんな些細なことに縋りたくなるのは、テオが謙虚だからじゃない。
「だって、故郷の人はみんな、僕を忘れてしまったから」
飢えた子どもが小さな飴玉を大事に大事に舐めるように、テオは小さな喜びを大事に噛み締める。そうしないと、寂しさで頭がどうにかなりそうなのだ。
ヒューゴは一瞬息を呑み、それ以上は何も言わなかった。




