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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【13】小さな飴玉を大事に大事に舐めるように

 夕方、テオ達が滞在用に使っている村の集会所に戻ったタイミングで、聞き込みに出ていた他の聖騎士が村人を伴って戻ってきた。

 その報告内容は、概ねテオ達が遭遇したものと同じだ。


 ──背中に黒い球体をつけた呪い憑き(カースド)が、村人を襲った。


 オズワルドの部下達は皆、呪魔(テルメア)との戦いに慣れた聖騎士だ。すぐ、呪い憑き(カースド)を操る球体の存在に気づき、それを切除。周囲に警戒を呼びかけたという。

 集会所には、聖騎士と村人が忙しなく出入りを繰り返している。

 出撃命令が出ていない以上、勝手には動けない。そうでなくとも、呪装顕現は消費の激しい力だ。先ほど数分使ったから、少しでも体力を温存しないと連戦は難しい。

 なのでテオは体力を温存しつつ、出入りする人々の報告を記憶することに努めた。

 操られた呪い憑き(カースド)が現れた場所と時刻を地図と照合、現時点での被害者は、テオ達が発見した呪い憑き(カースド)がミレーヌの兄も含めて四人。更に、そこから少し北の方でも二人。村のはずれに一人──合計七人。

 呪い憑き(カースド)の検分をしてきたニコラが、オズワルドに報告をした。


「報告します。呪い憑き(カースド)の背中に張りついていた球体に尾刺棘(ブラッド・テール)はありませんでした。やはり、あれは極小の呪魔(テルメア)ではなく、三等級以上の呪魔(テルメア)の分身体と考えるのが妥当かと」


 待機中は朗らかでのんびりした喋り方のニコラだが、今は流石にハキハキとしている。


呪魔(テルメア)の侵食速度は推定三〜四と思われます」


 侵食速度は尾刺棘(ブラッド・テール)で呪いを注ぎ込まれた呪い憑き(カースド)が、呪魔(テルメア)化するまでのリミットだ。

侵食速度一なら一週間以上。一〇は最速で即呪魔(テルメア)化。三〜四は、長くて三日、早くて一日である。ただし、呪いを注ぎ込まれた量が多いと、その限りではない。

 オズワルドは既に、気絶したミレーヌを村人に託し、被害者である呪い憑き(カースド)を一箇所に集めている。

 最悪の場合、呪い憑き(カースド)呪魔(テルメア)化する前に殺す必要があるから、被害者は隔離するのが基本なのだ。

 また、村人達には農作業を中断し、家に篭って戸締りをするよう指示している。


(今はカルラの報告待ちか……)


 カルラの優秀な点は、飛行能力もそうだが、呪装顕現のスムーズさと持続時間の長さだ。

 テオのように言葉の力を必要としないし、持続時間も長い。特に持続時間はテオにとって大きな課題である。

 テオに呪装顕現の指導をしてくれたベリルが言うには、呪装顕現は限界まで使った方が、限界を伸ばしやすいらしい。

 但し、それは精神汚染や呪魔(テルメア)化の進行を引き起こすこともあるので非推奨。まずは毎日使って少しずつ慣れた方が良いのだという。


(……カルラほどの持続時間を得るには、どれぐらいの慣れがいるのだろう)


「あぁ、それと、テオ君」


 報告を終えたニコラがテオを見る。テオは慌てて背筋を伸ばした。


「はいっ、なんでしょうか」


「ミレーヌちゃんが目を覚ましたって」


 安心すると同時に、ドキッとした。

 ヒューゴが手慰みのようにレニーを捏ねながら、テオに声をかける。


「じゃあ、ちょっとだけ声かけてこようぜ。お前だって、忘却がちゃんと効いたか気になるだろ?」


「……あぁ」


 そうだな、と呟く声が力無く床に落ちる。

 オズワルドはそんな二人を咎めたりはせず、「顔を出したらすぐに戻れ」とだけ命じた。



 * * *



 ミレーヌは集会所の近くにある民家の一室で休ませている。

 ミレーヌは兄と二人暮らしで、その兄が不在の今、一人で家に休ませるのは不安がある。とはいえ、集会所では呪い憑き(カースド)化した者達を収容しているので、一般人を休ませるには適さない。そこで村の人間に預けることにしたのだ。

 テオとヒューゴが民家を訪れると、ふっくらとした中年の女が、どうぞどうぞと迎え入れてくれた。

 一般人は灰色騎士や歩く呪い(マッドウォーカー)のことを知らない。彼女はテオ達のことを、村人の見舞いに来た聖騎士見習いとでも思っているのだろう。「ミレーヌを気にかけてくれてありがとう、良い子達ねぇ」と微笑んでいる。

 中年の女が案内してくれた寝室では、大人用のベッドでミレーヌが横になっていた。彼女は既に意識は戻っているらしく、テオ達に気づくと上半身を起こす。

 テオは何も言わなかった、言えなかった。

 ヒューゴはテオが話を切り出すものと思っていたらしい。だが、テオが一向に口を開かないものだから、気まずそうにミレーヌに話しかけた。


「あー、体は大丈夫? 頭痛いとかない?」


「はい、大丈夫です。えぇと、わたし、お外に出た後のこと、あんまり覚えてなくて……」


 状況説明を求められている、と思ったのだろう。賢い少女だ。

 何も思い出せないと申し訳なさそうにするミレーヌに、ヒューゴがパタパタと手を振りながら言った。


「あー、大丈夫大丈夫、大したことじゃなかったから。なっ、テオ?」


「……あぁ」


 テオが相槌を打つと、ミレーヌはパチパチと瞬きをしてテオを見た。その目をテオは知っている。

 ……知らない人を見る目だ。


「そっちのお兄さんも、騎士様ですか?」


 ヒューゴはキョトンとしている。言われたことの意味が分からない、という顔だ。


「は? いやいやいや……さっきまで一緒に……」


 動揺するヒューゴを押し除け、テオは前に進み出た。


(笑え)


 どんな時でも、人々を安心させるように振る舞え。自分は騎士なのだから。そう自分に言い聞かせ、テオはミレーヌの寝台の前で膝を折り、視線の高さを合わせた。


初めまして(、、、、、)、僕はテオ。聖騎士様のお手伝いをしているんだ。この子は僕の相棒のレニー」


「わぁ、可愛い!」


 テオは服の中に隠れていたレニーを引っ張り出して、ミレーヌのベッドの上にのせてやる。

 白い毛玉はベッドの勾配をコロコロと転がり、最終的にミレーヌの手の中に収まった。少女の小さい手が、レニーの白い毛並みを撫でる。


「僕達はこれから、お仕事に行くから、この子を預かってくれないかい?」


「はい、分かりました! ですっ!」


 テオは中年女に「突然押しかけてすみませんでした」と丁寧に頭を下げると、ヒューゴを促し、民家を後にした。

 少し歩いたところで、テオの数歩後ろを歩くヒューゴがボソリと言う。


「お前……先に言えよ」


「…………」


「お前の忘却って、誰かの記憶を消すと、自分のことも忘れられちまうんだろ?」


 テオは返事に困った。忘却の力は、まだ検証中なのだ。

 ただ、〈指定忘却〉で一般人の記憶を消すと、テオの存在も忘れられてしまうことは分かっていた。

 以前、ベリル立ち合いのもと、早朝訓練に参加した軍人に協力してもらったことがある。「今日の朝食のメニュー」を忘れさせる、という簡単な実験だ。

 結果、〈指定忘却〉は成功し、その軍人は朝食のメニューを忘れた。のみならず、彼はテオに向かってこう言ったのだ。


『何故、訓練場にこんな子どもが?』


 ……彼は、テオの存在自体も忘れてしまったのだ。

 だから、ミレーヌの恐怖の記憶を消そうとした時、ミレーヌの中のテオの記憶も消えるだろうと、分かっていた。それでもミレーヌの恐怖を取り除くと決めたのはテオ自身だ。

 テオはヒューゴを振り向き、言った。


「気にしてくれて、ありがとう。ヒューゴは良いやつだな」


「……皮肉かよ」


 ヒューゴはポケットに両手を突っ込み、唇をグニャリと曲げて、テオを睨んでいる。

 テオは眉尻を下げて、ぎこちなく笑った。


「困ったな、本当に皮肉のつもりじゃないんだ。僕は、僕のことを気にかけてもらえるだけで、すごく嬉しい」


 少し気にかけてくれるだけで、それこそ名前を呼んでくれるだけでも嬉しいのだ。本当だ。そんな些細なことに縋りたくなるのは、テオが謙虚だからじゃない。


「だって、故郷の人はみんな、僕を忘れてしまったから」


 飢えた子どもが小さな飴玉を大事に大事に舐めるように、テオは小さな喜びを大事に噛み締める。そうしないと、寂しさで頭がどうにかなりそうなのだ。

 ヒューゴは一瞬息を呑み、それ以上は何も言わなかった。


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