【11】顔の傷には苦い思い出
ミレーヌの兄が攫われた現場には、聖騎士のオズワルドとニコラ、それと灰色騎士のテオ、ヒューゴ、カルラの五人で向かうことになった。
オズワルドは灰色騎士がついてくることに不服そうだったが、肝心のミレーヌがテオとレニーに懐いているので、文句を飲み込んだらしい。「なんだ、あの毛玉は……」とブツブツ言いつつ、しっかり周囲を警戒している。
「はーぁー、なんで俺まで……」
ダラダラ歩きながら文句を言っているのはヒューゴだ。怠け者のヒューゴは、待機室で寛いでいたかったらしい。
だが、灰色騎士に見張りをつけないのはオズワルドの信条に反するので、こうして同行を余儀なくされたのだ。
「ミレーヌのお兄さんを探すのなら、人手は多い方が良いだろう?」
テオがたしなめるように言うと、ヒューゴは鼻の頭に皺を寄せた。
「人探しなら、そういうの向いてる奴に任せりゃ良いじゃん。俺はそういうの向いてないんだよ」
じゃあ何なら向いてるんだ、と思ったが、テオはヒューゴにあれこれ言うのをやめた。
今は、兄を攫われて不安になっているミレーヌに寄り添うべきだ。
ミレーヌはレニーを腕に抱いて、トボトボと歩いている。テオはその横に並んで歩いた。
忘却の呪いを抱えるテオは、人から忘れられやすい体質だ。それでも、きちんと交流を続ければ、「そんな奴もいたな」程度には人の記憶に残れる。
だから、テオは交流を諦めないし、人に話しかけることを躊躇しない。
「ミレーヌのお兄さんは、どんな人なんだい?」
近所の子どもに話しかけるように、柔らかい声で訊ねると、レニーに顎を埋めていたミレーヌはテオを見上げた。
「えっと、お兄ちゃんはとても大きいです」
「そっか。僕にも、お兄ちゃんがいるんだ。僕のお兄ちゃんも、とっても大きいんだよ」
なにせ、アホほど食べるので。
きっと今頃、レイエル聖区行きの準備を進めつつ、潰し焼きのパンとの別れを惜しんで、モリモリ食べているのだろう。今後の聖騎士団の備蓄が心配だ。
「ミレーヌのお兄ちゃんの方が、きっと大きいですよ」
「どれぐらい大きいの?」
「このぐらい、です!」
ミレーヌが背伸びをして、ぐーっと腕を伸ばす。
小柄なミレーヌが背伸びをしても、テオの頭ぐらいまでしか腕が届いていないが、ミレーヌなりに、とても大きいとアピールしているのだろう。
「それは大きいね」
「肩車してもらうと、とっても高いです」
「肩車をしてくれるの? 優しいお兄さんだね」
「はい、優しいです」
なおアレンは、テオが高い所に手が届かず困っていると、「テオは小さいから肩車しようか? 小さいから」と言う。
小さいを二回言ったから、アレンは優しくない。
「ミレーヌは丁寧な喋り方をするね」
「騎士様は立派なお方だから、丁寧に喋らないとです」
その言葉に、テオは少し驚いた。
(そうか、僕も騎士として扱われてるんだ)
一般人は、灰色騎士や歩く呪いのことを知らない者が殆どだ。ミレーヌには、テオ達灰色騎士が、聖騎士に同行している見習いに見えるのだろう。
ならば、騎士に相応しい振る舞いをしなくては──「汝、騎士たれ」だ。
テオは握った拳を胸に当てた。真実の誓いの略式だ。
「きっと、君のお兄さんを助けてみせるよ」
緊張に強張っていたミレーヌの表情が少しだけ緩む。ついでに腕の力も緩んだらしく、縦に潰れていたレニーが元の形に戻った。
今の自分は騎士なのだ。テオがその実感を噛み締めていると、誰かが肩を叩いた。ニコラだ。彼は親指で後方にいるオズワルドを示し、口の動きだけで「交代」と告げる。
どうやらオズワルドから話があるらしい。指示通り、テオはニコラと立ち位置を交代した。
ミレーヌの隣にニコラが立って、「その子、フワフワで可愛いよね〜」と話しかける。その間に、テオは歩く速度を落として、後方のオズワルドに近づいた。
オズワルドはミレーヌと少し距離が開いたのを確認してから、テオ、ヒューゴ、カルラの三人に険しい顔で言う。
「今回の呪魔は、人間を攫うタイプだ。呪魔が人間を攫うのには、どういった理由が考えられるか、言ってみろ」
言われてみれば、テオが今まで見てきた呪魔は、わざわざ人間を攫うような真似はしなかった。だが、今回は、ミレーヌの兄が攫われている。
(呪魔は生物を捕食して取り込むけど、人間だけは取り込めないし捕食しない。呪魔にとって人間とは、あくまで呪いを植えつけ、仲間を増やすための苗床……ということは……)
テオが答えを口にするより早く、カルラがボソボソと小声で答えた。
「『攫った人間に、確実に呪いを植え付けたい』……もしくは、『攫った人間を餌に、他の人間を誘き寄せたい』」
テオの背筋が冷える。理想に燃えていた胸に、氷の欠片を落とされたような心地だ。
オズワルドが小さく頷き、重い口調で告げる。
「そうだ。今回の呪魔は、そういう思考ができる。」
「──!」
呪魔は、無差別に人間を襲う知性の低い生き物だと思っていた。だが、人を攫う知性があるのだとしたら……嫌な想像に背筋がゾッとする。
ずっと不貞腐れていたヒューゴですら、顔を強張らせていた。
オズワルドは噛んで含めるような口調で釘を刺す。
「知性の高い個体は厄介だ。それを念頭に置いて慎重に行動しろ。慎重に、だ」
「……はい」
テオが硬い声で返すと、オズワルドは少し何かを懐かしむように目を細め、己の顔の傷に指先で触れた。
「俺はお前達が子どもだからと言って、甘やかす気はないし、侮る気もない。それで昔……痛い目に遭ったからな」
痛い目に遭った、の一言がやけに重い。あの顔の傷には、よほど恐ろしい思い出があるのだろう。
「だから、現場に連れていくからには、子ども扱いしない。覚悟しておけ」
* * *
ミレーヌの兄が攫われたという場所は、農業地とそれを囲う森の境目の辺りだった。
程々に木が生えていて、隠れる場所が多い。更に森には川がある。
「お兄さんはこの辺りで?」
テオがミレーヌに声をかけると、ミレーヌはフワフワ毛玉のレニーを抱きしめたまま、コクンと頷く。
「お兄ちゃんの足に黒いのが絡まって、お兄ちゃん転んじゃったです。そしたら、そのままズルズルって……あっちの方に」
あっち、と言ってミレーヌが指さしたのは川がある方角だ。
事前に地図を確認していたテオは、嫌な予感を覚えた。呪魔は大陸の西側から、〈忘却の海〉を泳いで渡ってくる侵略者だ。故に、水中移動を得意としている者が多いのである。
呪魔は本来不定形の生き物で、他の生物を取り込むことで、その姿を得る。故に、泳ぎの苦手な生き物の姿を取ることもあるのだが、そういう時は一度不定形に形を戻して水を渡ったり、或いは泳ぎの得意な生き物を取り込んだり、と様々な手段で水を渡るらしい。
(ウォルグに現れた呪魔は、地下水の汲み上げ機を使って炭鉱から外に出てきたぐらいだ)
今、森の向こう側に見える川は、この村以外の農業地にも繋がっている。
もし、この村に現れた呪魔が川を渡っているのだとしたら、他の村にも被害が出かねない。
「わたし、空から探す……」
呪装顕現で空を飛べるカルラが、そう提案したその時、近くの茂みが大きく揺れた。
「う……あぁ……」
姿を現したのは、一〇代後半の長身の青年だ。前傾姿勢でフラフラと歩く彼は、全身の至るところに呪斑が浮かび、斑らに赤黒く染まっている。
お兄ちゃん、とミレーヌが震える声で呟いた。




