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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【10】ぺむっちょ、ぽめぽめ、ぽぺらぺ、ぷぅ!


「俺は友好派なんだけどなー」


 そう言って、ニコラはカルラを見る。


「俺ら聖騎士は、西方戦線で灰色騎士に何度も助けられてるからさー。感謝してるし、呪魔(テルメア)化してほしくないって思ってるよ」


 カルラは西の最果て(ウェスト・エンド)の〈忘却の海〉で、大陸を呪魔(テルメア)の侵略から守るために戦っていたのだ。ニコラはそれを知っているのだろう。

 テオは、自分が褒められたわけでもないのになんだか嬉しくなった。


(そっか……灰色騎士でも、ちゃんと評価してくれる人はいるんだ)


 その事実がテオを勇気づける。自分もカルラみたいに、聖騎士に感謝される灰色騎士になろう。

 そう心に誓っていると、部屋の扉がノックされ、噂の隊長オズワルド・グレゴリーが戻ってきた。横には村人らしき子どもがいる。

 真っ直ぐな榛色の髪を肩の辺りで切り揃えた七、八歳ぐらいの少女だ。スカートを両手で握り締めて、嗚咽を噛み殺している。

 ニコラがオズワルドに声をかけた。


「お疲れ様です、グレゴリー隊長。どうされました?」


「この少女が、兄が呪魔(テルメア)に攫われたと証言しているのだが……」


 オズワルドが言葉を濁し、少女を見る。少女はその視線に怯えたように、肩を震わせていた。ポタポタと涙の雫が滴り落ちて、床にシミを作る。

 ニコラが納得顔で言った。


「隊長が怖い顔をしてるからー」


「……ぬぅぅ」


 どうやら、オズワルドの威圧的な空気に少女が萎縮してしまったらしい。

 聖騎士は市民から頼られる存在なのだが、オズワルドの場合、顔に傷のある強面だ。その上、ニコリともせず威圧的な空気を撒き散らしていたら、それは怯えられもするだろう。

 オズワルドは気まずげに髪をかいた。


「ニコラ、聞き取りを頼めるか?」


「了解でーす。灰色騎士の皆さんも一緒でいいですよね? ほら、歳の近い子がいた方が話しやすいでしょうし」


 ニコラの提案に、オズワルドは眉根を寄せた。結果、威圧感が増し、少女の震えが酷くなる。

 それに気づいたオズワルドは傷痕の残る顔を片手で覆い、ため息をついた。


「……分かった。俺は廊下にいる。何かあったら呼んでくれ」


 そう言い残してオズワルドは部屋を出て、扉を閉める。

 しっかり扉がしまったのを確認してから、ヒューゴがこれ見よがしに声をあげた。


「だっせぇの! 俺らに待機してろとか言ったくせに、自分はろくに聴き取りできてねぇじゃん」


「ヒューゴ、僕達はまだ何も貢献していないんだ。そんなことを偉そうに言うべきじゃない」


 テオがたしなめると、ヒューゴはフンと鼻を鳴らす。


「へいへい、良い子ちゃんは貢献したくて必死だな」


「うん、そうなんだ」


「…………」


 テオは自分が良い子でありたいと思っているし、平和に貢献したいとも思っているので、素直に頷く。ヒューゴは鼻白んだ顔で黙り込んだ。

 その間に、ニコラが少女のために椅子を引いて座るように促す。少女はノロノロと椅子に座ると、両手で顔を覆ってシクシクと泣き出してしまった。

 ニコラが「大丈夫? 名前は言える?」と柔らかい声で話しかけたが、少女は悲しげに泣きじゃくるばかりだ。その悲しい泣き声に、テオは胸が締めつけられる心地だった。


(どうしたら、あの子を安心させてあげられるだろう)


 ニコラは「歳の近い子がいた方が話しやすい」と言って、テオ達がこの場に残る許可を取ってくれた。ならば、少しでも聞き取りに貢献したい。

 どう声をかけるか悩んでいると、ヒューゴが小声でテオに話しかけた。


「役に立つんだろ? 芸でもして、笑かしてこいよ」


「芸? どういう芸が良いんだろう……?」


 テオは歌やダンスなどの心得がない。手品や曲芸のようなこともできない。

 葛藤するテオに,ヒューゴがニヤリと笑って耳打ちする。


「いいか、よく聞け……その場で大きく足踏みをしながら、『ペムッチョ、ポメポメ、ポペラペ、プゥ』って言って、最後に笑える顔をする。これ、中央部(エリントン)なら誰でも知ってる芸人のネタな」


 なんと、そんな芸が。とテオは衝撃を受けた。テオは炭鉱街ウォルグにいた頃から本ばかり読んでいたので、世間の流行りに少しばかり疎いのだ。

 ヒューゴは物知りぶった態度で腕組みをしている。


「これをやれば、子どもは絶対笑うって評判なんだぜ」


「…………っ、くっ」


 テオはすっくと立ち上がると、少女の前に立った。少女はグスグスと洟をすすりながら、テオを見ている。

 テオは己に言い聞かせた──騎士たる者、市民に誠実で優しくあれ。

 その誓いを胸にテオは大きく足踏みをした。ドッスンバッタン。力強く床を踏み締め、テオは声を張り上げる。


「……ぺ、ぺ……ぺむっちょ、ぽめぽめ、ぽぺらぺ、ぷぅ!」


 台詞の最後に、己の顔を思い切り両手で潰す。とにかく限界までギュムっとだ。

 シン……と寒々しい沈黙が室内を支配した。その沈黙を破ったのは、ヒューゴの容赦ない笑い声だ。


「ぎゃははははは! しょぼっ! お前の考える笑える顔って、その程度かよ! つーか、騙されてやんの!」


 テオは顔を押さえていた両手を下ろし、全身を戦慄かせてヒューゴを見た。


「ヒューゴ……騙した、のか……?」


「そんな芸あるわけねぇだろ! へひゃははははっ、おほっ、おほふっ、ふひっ、あ、やべっ、笑いすぎて鼻水出た」


 それは真面目で善良なテオが、生まれて初めて殺意を覚えた瞬間であった。テオは無表情のまま、ヒューゴを見る。

 いつぞやのように、海老反りにしても良いだろうか。


(今ならちょっとぐらいパキッといっても許される筈だ許されなくても僕が許す)


 テオの思考が物騒な方に傾いたその時、カルラがポソリと言った。


「ちょっとだけ、面白かった」


「…………」


「テオは、頑張ったと思う」


 カルラの精一杯のフォローが辛い。

 騎士とは守るべき人々を笑顔にする存在だが、これは騎士じゃない。絶対違う。

 実際、少女の涙は止まったが、笑顔とは程遠い。瞬きもせずテオを見る少女の真顔は,奇行に走った大人を見る顔ではないだろうか。

 その時、テオの足下で鳴き声がした。


「めふぅ」


 白い毛玉のレニーだ。どうやら、テオの鞄の中から転がり出てきたらしい。少女は興味を惹かれたように、レニーを目で追いかけている。

 テオはレニーを抱き上げ、改めて少女の前でしゃがんだ。


「僕の相棒のレニーだよ。抱っこしてみる?」


 少女がコクンと頷いたので、レニーを膝の上にのせてやる。少女は小さい手で、レニーの毛並みを撫でた。


「フワフワちゃん、可愛いね」


「めふん」


 非常に不本意だが、テオが精神を削って繰り出した渾身の芸に、レニーのフワフワが勝ったらしい。泣きたい。

 テオが敗北に打ちひしがれていると、ニコラが少女に話しかけた。


「えーっと、少し落ち着いたかな? それじゃ、話を聞かせてくれる?」


「……うん」


 少女はレニーをぎゅぅっと両腕で抱きしめながら、ポツリポツリと事情を話し始めた。

 少女の名前はミレーヌ。今年で七歳になる彼女は、流行病で両親を亡くしていて、今は一七歳の兄シモンと二人暮らしだという。

 ミレーヌは歳の離れた兄が大好きで、今日も、農作業中の兄に昼食を届けに行った。

 そこでミレーヌは見たのだ。兄が黒い何かに引きずられて行くところを。


「黒くて長いのが、お兄ちゃんの足を掴んで……お兄ちゃん、引きずられていった、です」


 ミレーヌは不安そうにレニーを抱く腕に力を込める。球体のレニーが微妙に潰れて縦に伸びた。

 話を聞いていたニコラは幾つか質問をしたが、ミレーヌがまだ幼いこともあり、説明は微妙に要領を得ない。

 どの辺りで見かけたか、とニコラは地図を広げてみせたが、ミレーヌはまだ地図の読み方も分かっていないらしい。「川の方」とか、「小屋の裏側」という漠然とした答えしか返ってこない。


「んー、その場所まで案内できる?」


 ニコラの質問にミレーヌはコクンと頷き、テオを見上げて言った。


「……お兄ちゃんと、フワフワちゃんも、一緒に来てくれますか?」


 テオは衝撃に目を見開いた。

 渾身の芸は完全に滑ったと思っていたが、少しは心許して貰えたらしい。


「勿論!」


 そう言ってテオが力強く微笑むと、ミレーヌは泣き腫らした顔で小さく笑った。


「ありがとうございます、フワフワちゃんの飼い主さん」


 あ、これ僕が飼い主だから配慮しただけだ。僕の渾身の芸は関係ないやつだ……と密かにしょげつつ、テオは笑顔を返した。


「テオだよ、よろしくミレーヌ」


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