【3】心の底から願えたら
テオとアレンが、呪魔討伐に成功したことを報告すると、アレンの母オリビア・ローレンスは喜ぶよりもまず、二人の無事に安堵した。
オリビアは四〇歳手前の茶髪の女である。髪色や優しげな顔立ちは、アレンによく似ている。
彼女は二人を抱きしめると、首から下げた羽十字を握って、神への感謝を口にした。
「あぁ、神よ。悪しき呪いから、息子達を守ってくださったこと、心から感謝申し上げます」
かつて修道女として、レイエル聖区の修道院に所属していたオリビアは、還俗しても敬虔な羽十字教信者だ。
オリビアは二人の顔を交互に確認し、心配そうに眉尻を下げた。
「アレン、テオ、怪我はありませんね? 小さな怪我でも無視してはいけませんよ。呪魔は傷口から体内に呪いを植え付けるのですから」
元修道女のオリビアは、呪魔と戦う聖騎士達の世話に携わっていた身だ。当然に、呪魔の恐ろしさは身にしみて知っている。
故に彼女は、テオとアレンが呪魔討伐に赴くことを、誰よりも心配していた。
呪魔は尾刺棘の先にある鉤爪を使って、人間の傷口に呪いを植えつける。
呪いを植え付けられた人間を、呪い憑きと呼ぶ。呪い憑きの末路は悲惨だ。呪われて、さほど時間が経っていなければ、呪いを植えつけた呪魔を殺すことで、植えつけられた呪いを消滅させることができる。
だが、大抵の呪い憑きは凶暴化し、やがて全身に呪いが回って、新しい呪魔になるのだ。そうなったら、もう助からない。
だから、呪魔になる前──呪い憑きの段階で殺してしまうことも珍しくなかった。
「そんなに心配しなくても、呪魔は倒したから平気だよ、母さん」
アレンの言う通り、仮に呪魔から呪いを受けていたとしても、その呪魔を倒した時点で、呪いは消えている。
(……と、正論っぽく言ってるけど、アレンの場合、早くご飯食べたいだけなんだよな……潰し焼きのパン食べたばかりなのに)
テオはオリビアを心配させたくなかったので、すかさず口を挟んだ。
「オリビア母さん、大丈夫。公衆浴場で汗を流した時に、傷がないか確認してきたから」
ウォルグの鉱夫は一仕事終えたら、その足で公衆浴場に行って汗を流すのだ。
テオとアレンも潰し焼きのパンの屋台に寄った後、公衆浴場で身を清めている。その際に、呪い憑きの証である、呪斑がないかもきちんと確認した。
呪いを植えつけられた呪い憑きは、体のどこかに呪斑と呼ばれる黒い模様が浮かび上がるから、すぐに分かるのだ。
テオの言葉にオリビアはホッとした様子で「それなら、ご飯にしましょう」とキッチンに向かう。
今日の食事はミートボールのシチューだ。それにパンとサラダがつく。
テオは真っ先にシチュー鍋の前に立ち、率先してシチューをよそった。オリビアがよそうと、テオとアレンが多くなるようによそうし、アレンがよそうと全員もれなく大盛りになるからだ。それなら、自分が均等に適量をよそうのが良いに決まっている。
ミートボールは一人三つ。それ以外の野菜と汁もなるべく均等になるように、きちんと分ける。食卓が整ったところで、三人は着席した。テーブルを挟んでオリビアの向かいがテオ、テオの隣がアレンだ。
まずはオリビアが指を組んで、祈りの言葉を捧げる。それをテオとアレンが復唱する。
「大いなる神よ、その慈しみに感謝し、この食事をいただきます」
「いただきます」
「いただきます」
──神様、僕をアレンや、ダンカン父さん、オリビア母さんと引き合わせてくれてありがとうございます。
しっかりと感謝を捧げてから、テオは熱々のミートボールを頬張った。
オリビアの作るミートボールは、少しむっちりとした食感で、それがテオは好きだ。テオが二個目のミートボールに着手したあたりで、すでにアレンはシチューを食べ終えていた。
アレンはテーブルの中央に置いた大鍋から、シチューのおかわりをよそい、テオを見る。
「明日は休みだし、買い物にでも行く?」
テオは慌ててミートボールを咀嚼した。口に物を入れたまま話すのは、お行儀が悪い。
テオがムグムグ口を動かしていると、オリビアが「そういえば」とおっとり口を挟んだ。
「街に、聖騎士団の方がお見えになっているそうですよ」
(聖騎士団が! 飛行船は見なかったから、少数精鋭の人達かな)
レイエル聖区の聖騎士団は、神に誓いを立て、民を守るために呪魔と戦う者達だ。
呪魔は、大陸の外から〈忘却の海〉を越えてやってくる。
特に西側からの侵略が激しいため、聖騎士団は飛行船に乗って中央のレイエル聖区から、大陸最西端の西の最果てに向かうのだ。
テオ達が暮らすウォルグは、丁度その中間地点ぐらいにあるので、聖騎士が立ち寄ってもおかしくはなかった。
(最近は、炭鉱に出る呪魔の数も増えたし……調査に来たのかも!)
聖騎士達は、呪魔と戦うために来ているのだ。ミーハーな気持ちで会いに行くなんてもっての外である──と自分に言い聞かせつつ、テオは内心ソワソワしていた。
会って話を聞いてみたい。聖騎士としての心構え、日々の鍛錬、英雄エルバートのこと……聞きたいことが沢山ある。
(仕事の邪魔をするのは駄目だ。良くない……けど、休憩中にちょっと話を聞くだけなら……)
ミートボールを食べながら葛藤していると、三杯目のおかわりに手を伸ばしたアレンがテオを見た。
「テオは相変わらず、食べるのが遅いなぁ」
ようやくミートボールを飲み込んだテオは、ムッとした顔で反論する。
「オリビア母さんが作ってくれた物を味わうのは当然だろう」
「まぁ、テオったら」
オリビアが嬉しそうにニコニコ微笑み、アレンはテオの椀にもシチューのおかわりをよそった。
「ほらほら、もっと食べないと大きくなれないぞ」
「くそぅ、自分が大きいからって……」
捨て子のテオがおかわりを遠慮する度に、アレンはこうやって勝手におかわりをよそう。そのことを知っているので、テオはアレンに言い返しつつも、強くは出られないのだ。
だから、食後にテオはこう祈る。
──神様、僕をこの優しい人達と引き合わせてくれて、ありがとうございます。
こういう優しい人達を守るために戦う、高潔で清廉な騎士でありたい。
そう願えたら良いのに、とテオはいつも思う。
(心からそう願えたら、良いのに)




