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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
3/8

【3】心の底から願えたら

 テオとアレンが、呪魔(テルメア)討伐に成功したことを報告すると、アレンの母オリビア・ローレンスは喜ぶよりもまず、二人の無事に安堵した。

 オリビアは四〇歳手前の茶髪の女である。髪色や優しげな顔立ちは、アレンによく似ている。

 彼女は二人を抱きしめると、首から下げた羽十字(ウィングクロス)を握って、神への感謝を口にした。


「あぁ、神よ。悪しき呪いから、息子達を守ってくださったこと、心から感謝申し上げます」


 かつて修道女として、レイエル聖区の修道院に所属していたオリビアは、還俗しても敬虔な羽十字(はねじゅうじ)教信者だ。

 オリビアは二人の顔を交互に確認し、心配そうに眉尻を下げた。


「アレン、テオ、怪我はありませんね? 小さな怪我でも無視してはいけませんよ。呪魔(テルメア)は傷口から体内に呪いを植え付けるのですから」


 元修道女のオリビアは、呪魔(テルメア)と戦う聖騎士達の世話に携わっていた身だ。当然に、呪魔(テルメア)の恐ろしさは身にしみて知っている。

 故に彼女は、テオとアレンが呪魔(テルメア)討伐に赴くことを、誰よりも心配していた。

 呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)の先にある鉤爪を使って、人間の傷口に呪いを植えつける。

 呪いを植え付けられた人間を、呪い憑き(カースド)と呼ぶ。呪い憑き(カースド)の末路は悲惨だ。呪われて、さほど時間が経っていなければ、呪いを植えつけた呪魔(テルメア)を殺すことで、植えつけられた呪いを消滅させることができる。

 だが、大抵の呪い憑き(カースド)は凶暴化し、やがて全身に呪いが回って、新しい呪魔(テルメア)になるのだ。そうなったら、もう助からない。

 だから、呪魔(テルメア)になる前──呪い憑き(カースド)の段階で殺してしまうことも珍しくなかった。


「そんなに心配しなくても、呪魔(テルメア)は倒したから平気だよ、母さん」


 アレンの言う通り、仮に呪魔(テルメア)から呪いを受けていたとしても、その呪魔(テルメア)を倒した時点で、呪いは消えている。


(……と、正論っぽく言ってるけど、アレンの場合、早くご飯食べたいだけなんだよな……潰し焼きのパン(プレスブレッド)食べたばかりなのに)


 テオはオリビアを心配させたくなかったので、すかさず口を挟んだ。


「オリビア母さん、大丈夫。公衆浴場で汗を流した時に、傷がないか確認してきたから」


 ウォルグの鉱夫は一仕事終えたら、その足で公衆浴場に行って汗を流すのだ。

 テオとアレンも潰し焼きのパン(プレスブレッド)の屋台に寄った後、公衆浴場で身を清めている。その際に、呪い憑き(カースド)の証である、呪斑(じゅはん)がないかもきちんと確認した。

 呪いを植えつけられた呪い憑き(カースド)は、体のどこかに呪斑と呼ばれる黒い模様が浮かび上がるから、すぐに分かるのだ。

 テオの言葉にオリビアはホッとした様子で「それなら、ご飯にしましょう」とキッチンに向かう。

 今日の食事はミートボールのシチューだ。それにパンとサラダがつく。

 テオは真っ先にシチュー鍋の前に立ち、率先してシチューをよそった。オリビアがよそうと、テオとアレンが多くなるようによそうし、アレンがよそうと全員もれなく大盛りになるからだ。それなら、自分が均等に適量をよそうのが良いに決まっている。

 ミートボールは一人三つ。それ以外の野菜と汁もなるべく均等になるように、きちんと分ける。食卓が整ったところで、三人は着席した。テーブルを挟んでオリビアの向かいがテオ、テオの隣がアレンだ。

 まずはオリビアが指を組んで、祈りの言葉を捧げる。それをテオとアレンが復唱する。


「大いなる神よ、その慈しみに感謝し、この食事をいただきます」


「いただきます」


「いただきます」


 ──神様、僕をアレンや、ダンカン父さん、オリビア母さんと引き合わせてくれてありがとうございます。


 しっかりと感謝を捧げてから、テオは熱々のミートボールを頬張った。

 オリビアの作るミートボールは、少しむっちりとした食感で、それがテオは好きだ。テオが二個目のミートボールに着手したあたりで、すでにアレンはシチューを食べ終えていた。

 アレンはテーブルの中央に置いた大鍋から、シチューのおかわりをよそい、テオを見る。


「明日は休みだし、買い物にでも行く?」


 テオは慌ててミートボールを咀嚼した。口に物を入れたまま話すのは、お行儀が悪い。

 テオがムグムグ口を動かしていると、オリビアが「そういえば」とおっとり口を挟んだ。


「街に、聖騎士団の方がお見えになっているそうですよ」


(聖騎士団が! 飛行船は見なかったから、少数精鋭の人達かな)


 レイエル聖区の聖騎士団は、神に誓いを立て、民を守るために呪魔(テルメア)と戦う者達だ。

 呪魔(テルメア)は、大陸の外から〈忘却の海〉を越えてやってくる。

 特に西側からの侵略が激しいため、聖騎士団は飛行船に乗って中央のレイエル聖区から、大陸最西端の西の最果て(ウェスト・エンド)に向かうのだ。

 テオ達が暮らすウォルグは、丁度その中間地点ぐらいにあるので、聖騎士が立ち寄ってもおかしくはなかった。


(最近は、炭鉱に出る呪魔(テルメア)の数も増えたし……調査に来たのかも!)


 聖騎士達は、呪魔(テルメア)と戦うために来ているのだ。ミーハーな気持ちで会いに行くなんてもっての外である──と自分に言い聞かせつつ、テオは内心ソワソワしていた。

 会って話を聞いてみたい。聖騎士としての心構え、日々の鍛錬、英雄エルバートのこと……聞きたいことが沢山ある。


(仕事の邪魔をするのは駄目だ。良くない……けど、休憩中にちょっと話を聞くだけなら……)


 ミートボールを食べながら葛藤していると、三杯目のおかわりに手を伸ばしたアレンがテオを見た。


「テオは相変わらず、食べるのが遅いなぁ」


 ようやくミートボールを飲み込んだテオは、ムッとした顔で反論する。


「オリビア母さんが作ってくれた物を味わうのは当然だろう」


「まぁ、テオったら」


 オリビアが嬉しそうにニコニコ微笑み、アレンはテオの椀にもシチューのおかわりをよそった。


「ほらほら、もっと食べないと大きくなれないぞ」


「くそぅ、自分が大きいからって……」


 捨て子のテオがおかわりを遠慮する度に、アレンはこうやって勝手におかわりをよそう。そのことを知っているので、テオはアレンに言い返しつつも、強くは出られないのだ。

 だから、食後にテオはこう祈る。


 ──神様、僕をこの優しい人達と引き合わせてくれて、ありがとうございます。


 こういう優しい人達を守るために戦う、高潔で清廉な騎士でありたい。

 そう願えたら良いのに、とテオはいつも思う。


(心からそう願えたら、良いのに)



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