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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
二章 灰色騎士団
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【2】騎士の門出に祝福を

 初めての汽車に乗り、首都(グランリウム)に到着したテオ達を出迎えたのは、灰色騎士の制服を着た三〇代半ばの細身の男だった。

 暗い茶髪をきちんと撫でつけ、眼鏡をかけており、少し神経質そうな雰囲気がある。腰にはサーベルをぶら下げていた。

 背後には立派な箱馬車がある。どうやら自分はこれから、あの立派な馬車で連れて行かれるらしい。

 エルバートが迎えの男に、朗らかに話しかけた。


「やぁ、出迎えありがとう、アーチボルド管理官」


「灰色騎士の監督、誠に恐れ入ります。ランドルフ団長。後はこちらで引き取りますので」


 アーチボルドはエルバートに恭しく頭を下げ、眼鏡の奥の目でジロリとテオ達を見た。

 あまり歓迎の意思を感じない視線──厄介者が増えたとでも良いたげだ。


(まずは、挨拶と自己紹介!)


 人から忘れられやすい体質のテオは、挨拶と自己紹介を惜しまない。

 テオは背筋を伸ばし、声を張り上げた。


「ウォルグより参りました、テオと申します。姓はありません。どうぞ、よろしくお願いいたします!」


「……灰色騎士管理官アーチボルドだ」


 アーチボルドは素っ気なく名乗り、「馬車に乗りたまえ」と促す。

 ベリルが馬車を見上げて、口笛を吹いた。


「立派な馬車だなぁ〜。いつもは、こんなの用意しないのに」


「首輪無しに、街を歩かせるわけにはいかないからな」


 茶化すようなベリルの言葉に、アーチボルドはテオの首元を見る。

 灰色騎士団はいつ呪魔(テルメア)化してもおかしくない、歩く呪い(マッドウォーカー)だ。故に、外出時には居場所を知らせるチョーカーの着用を義務付けられている。

 ベリルとカルラはそれを着けているが、急遽、灰色騎士団に入団することが決まったテオは、まだチョーカーを着けていないのだ。

 今更テオは気づいた。立派な箱馬車での送迎も、丁重に扱うためではない。危険人物を隔離するための処置なのだ。


(あの、アーチボルドという人も、同じ灰色騎士の筈だけど……)


 灰色騎士ということは、アーチボルドも歩く呪い(マッドウォーカー)の筈だ。

 それなのにアーチボルドからは、汽車の中でエルバートの部下達が見せていた態度に近いものを感じる。

 つまりは、歩く呪い(マッドウォーカー)に対する嫌悪だ。


「テオ」


 嫌悪とは無縁の優しい声がテオを呼ぶ。エルバートだ。

 テオの憧れの英雄は柔らかく微笑み、告げる。


「若き騎士の門出に祝福を」


 英雄エルバートが名前を呼んでくれた。祝福の言葉をくれた。それだけで、テオはこれから頑張っていける。

 テオは力強く「はい!」と返事をし、それから一つ付け加えた。


「アレンをよろしくお願いします。アレンは真面目そうに見えて不真面目なので、ビシバシ指導してやってください」


 エルバートは肩を震わせ笑いながら、「分かった。覚えておこう」と頷いた。

 じきにアレンも中央部(エリントン)のレイエル聖区に来て、エルバートの従騎士になる。

 アレンは優秀だから、すぐ正式な聖騎士となるだろう。


(絶対、アレンに追いつくんだ)


 憧れの英雄の姿をもう一度目に焼き付け、テオは心に誓った。



 * * *



 灰色騎士団本部に向かう馬車の窓から、テオは首都(グランリウム)の景色を眺める。

 ガス灯が等間隔に並ぶ大通りには、石造りとレンガの建築物。背の高い建物が然程多くないのは、聖堂の高さを超えないようにという暗黙の了解があるかららしい。

 整備の行き届いた道を行き交う馬車は、人を乗せるための箱型馬車が多くて、それもテオには新鮮だった。ウォルグでは積荷を載せた馬車が殆どで、人を乗せる幌馬車はたまに見かける程度。まして立派な箱型馬車なんて、使っていたのは銀行家ぐらいのものだ。


(人がいっぱいだ……)


 炭鉱街ウォルグもそれなりに賑わっていたが、あちらは炭鉱労働者と荷馬車が行き交うゴチャゴチャした賑やかさだ。

 一方、首都(グランリウム)は、労働階級の者、上品な服の者、旅行客と様々な身なりの者が行き交う。

 人々の容姿も様々だ。中央西地方(レガート)は白い肌に黒髪か茶髪の者が多かったが、首都(グランリウム)ではベリルのように南方出身らしい褐色の肌の者も、テオのような金髪もいる。


(……ウォルグと変わらないのは、空の色ぐらいだ)


 見上げた空は、赤みがかった灰色だ。

 中央部(エリントン)中央西地方(レガート)も工業区が多いので、赫炭(かくたん)を燃やす煙で、空はいつもこういう色になる。

 ふと、テオは気がついた。建物の奥、くすんだ色の空に尖塔のシルエットが見える。


「あれって、ゴードレール城ですか?」


「惜しい。あれは、ヴァルガン宮殿。お偉いさんの……」


 テオの疑問にベリルが答える。それをアーチボルドがジロリと睨んだ。

 ベリルはペロリと舌を出して、言い直す。


王族の方々の(、、、、、、)居住地さ」


 それで良い、と言わんばかりにアーチボルドは小さく頷き、ベリルの言葉を引き取るように説明した。


首都(グランリウム)の中心が、政治の中心でもあるヴァルガン宮殿。そこから南西、レント川の手前にあるのがゴードレール城、川を隔てて向こう側がレイエル聖区だ。我々はこれから、ゴードレール城より南方にある、灰色騎士団本部に向かう」


 かつては歴史の深いゴードレール城が王族の居住地であり、政治の中心でもあったが、二〇年ほど前、ゴードレール城はレント川の氾濫で浸水。

 そこで当時の国王は住居をヴァルガン宮殿に移し、以降そちらが政治の中心となった、という歴史がある。


「あ、あっち……」


 微かに声がした。テオの向かいの席に座るカルラだ。何故かベリルとアーチボルドが驚いたような顔をする。

 カルラは仮面をした顔を窓の外に向けた。爪が丸くて短い少女の指が、建物が並ぶ通りを指す。


「……あっちが、ゴードレール城」


 もしかして、テオがゴードレール城を気にしていたことに、気づいたのだろうか。

 中央部(エリントン)に来たら、ヴァルガン宮殿、大聖堂、赫鋼(かくこう)大橋、と見たい物は沢山あったが、その中でも一番気になっていたのがゴードレール城なのだ。

 なんとなく嬉しくなって、テオはニコニコしながらカルラに礼を言った。


「カルラさん、教えてくれてありがとうございます」


「……ん、と、カルラで、いい」


「そっか、ありがとう、カルラ!」


 テオもカルラも歩く呪い(マッドウォーカー)だ。呪いを抱えており、国の監視下に置かれる身である。それなのに、テオは今までにないぐらい「普通」を実感していた。

 だって、ウォルグにいた頃は、家族以外、誰もテオのことを覚えてくれなかったのだ。

 複数人で会話をしていると、テオは存在を忘れられがちで、発言をすると驚かれる(だからテオは、いつも自分の意見をハッキリ言うよう心がけてきた)。


(でも、同じ灰色騎士の仲間は……僕のことを忘れたりしないんだ)


 当たり前に存在を認められること、それがテオには嬉しくて仕方がない。

 喜びを噛み締めながら、建物の向こう側に見える城のシルエットを眺める。


「あそこの屋台、パンを揚げてる? こっちではパンを揚げるのかぁ。カルラもよく食べるの?」


「……食堂で、時々出る」


「ウォルグは潰し焼きのパン(プレスブレッド)の方が多いんだ。パンに具材を挟んで、潰し焼きにして……あっ、ゴードレール城がまた見えた! 大きいなぁ……!」


「近くで見ると、もっと、大きい……」


「そっか、灰色騎士になったら、いつも近くで見られるんだ」


 大陸で最も古い、歴史ある城がゴードレール城だ。本で読んだ時から、テオは一目見たいと思っていた。


(確か、現在のゴードレール城の所有者はルノア王国王位継承権第一位リチャード王太子……近衛歩兵連隊(ロイヤル・フェザー)をはじめ、中央(エリントン)軍を動かす権限を持つ人物だ)


 聖騎士と灰色騎士は、どちらも騎士とついているが、所属が全く違う。

 聖騎士はレイエル聖区にある教皇庁の傘下。そしてテオ達、灰色騎士団は中央(エリントン)軍の所属だ。


(つまるところ灰色騎士団って、リチャード王太子の私兵に近いのかも……)


 そんなことを考えていたら、隣のアーチボルドに話しかけられた。


「ところで……私は、お前の名前を聞いただろうか?」


「はい、テオです! 姓はありません!」


 先ほど名乗ったことを繰り返す。テオにとって慣れたやりとりだ。

 それを聞いていたベリルが、少し意地悪い上目遣いでアーチボルドを見る。


「電信で伝えたじゃん、忘却の呪い持ちだって」


「そうか……これが……」


 アーチボルドは何やら納得した様子で、テオをジッと見る。鋭い目で真っ直ぐに見つめられ、テオは緊張した。

 それにしても妙なのは、アーチボルドの発言だ。歩く呪い(マッドウォーカー)である灰色騎士は、テオの忘却の呪いが効かないはずなのに。


(もしかして、この人……)


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