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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
2/8

【2】ベーコン一枚分の幸せ

 ウォルグの炭鉱では、しばしば呪魔(テルメア)が出没するため、討伐者には臨時報酬が出る。

 特に今日、テオとアレンが二人がかりで倒した呪魔(テルメア)は、そこそこ体の大きい二等級だったため、報酬には色がついた。

 炭鉱からの帰り道を、テオとアレンは並んで歩く。時刻は既に夕方で、日は沈みかけているが、街の賑わいは昼と変わらない。

 鉱夫は基本的に二四時間の三交代制なので、炭鉱街は深夜でも早朝でも店を開けていることが多いからだ。

 アレンが屋台を見て、嬉しげに呟いた。


「これだけあれば、潰し焼きのパン(プレスブレッド)が腹一杯食べられるね」


 どうやら、臨時報酬の使い道を思いついたらしい。

 テオは紙幣と硬貨で膨らんだポケットを押さえ、アレンを見上げる。


「お小遣いはよく考えて使わないと駄目だぞ、アレン」


「よく考えた上で、俺の血肉にしてるんだよ」


 アレンはおっとりしているけれど、食いしんぼうだ。食べ物が絡んでいる時が一番真剣な顔をしている。

 そんな彼はいつも、朝食のパンだけでは足りず、追加で麦粥を啜っていた。それでも昼前には「お腹が減った……」とぼやいているのだ。背の高さの秘訣は食事量かもしれない。

 テオは臨時報酬の内訳を頭の中で計算した。


「報酬は五ルオ──生活費の足しに一ルオ、貯蓄に三ルオ五〇メルグ。残りを二人で分けて、臨時の小遣いは一人二五メルグ。潰し焼きのパン(プレスブレッド)はカグーおじさんの店の最安値でも、一三個が限界だ」


「テオは計算が早いね」


 テオはフフンと鼻を鳴らし、大人ぶった態度でアレンを見上げる。


「いつも頭を使って生きてるからな」


「咄嗟の判断は苦手だけど」


「自分は咄嗟の判断だけで生きてる癖にぃ……!」


 アレンは落ち着いているからしっかり者に見えるが、万事において大雑把だ。咄嗟の判断でどうにかできてしまうから、あまり物事を深く考えない。

 アレンはすごい奴だけど、自分の将来と真剣に向き合っていない、とテオは常々感じている。


「テオもたまには何か買えばいいのに。本以外でさ」


「騎士たる者、常に知見を広げなくてはいけないんだ。勿論、大事なのは知識を溜め込むことではなく、いかにそれを活かすかで……」


 それっぽいことを言っているが、テオの読書は半分ぐらいは趣味だ。

 テオは本を読むことが……というより、文字列を追うのが好きなのである。張り紙や書類があると、ついつい端から端まで読みたくなる性分なのだ。

 騎士たる者云々と熱く語るテオを、アレンがチラリと見下ろす。


「母さんはきっと、『家計の貯金ではなく自分の貯金にしなさい』って言うよ」


「いいんだ」


 テオは迷いのない口調でキッパリと言う。


「これは騎士らしくあるためじゃない。僕がそうしたいから、そうしてるんだ」


 テオは、アレン・ローレンスに拾われた子どもだ。

 今から五年前、テオはウォルグの街外れで行き倒れていた。それを見つけたアレンが家に連れて帰ったのである。

 当時アレンは一二歳。怪我をして引退した元聖騎士の父と、還俗した元修道女の母との三人暮らしだった。

 アレンの両親は、息子が痩せた子どもを連れ帰ったことに大層驚いたが、痩せ細ったテオを看病し、元気になった後も家に置いてくれた。

 テオには自分が拾われる前の記憶がない。自分の名前も、親の顔も、何故自分がここにいるのかも、何も覚えていない。テオという名前は、アレンの母オリビアがつけてくれたものだ。

 当然に年齢も不明なので、便宜上、当時一二歳だったアレンより三つ下ということにしている。


「……あ」


 その時、アレンが足を止めた。彼は人混みの中で、誰かを見つけたらしい。長身のアレンは、そういうのに気づくのがテオよりずっと速いのだ。


「テオ、ちょっと待ってて」


 そう言い残して、アレンは人混みをスイスイと縫って進む。慌ててテオはそれを追いかけた。

 アレンを見つけるのは苦ではないが、小柄なテオは人混みにのまれやすいのだ。影が薄いせいで、悪気なく人にぶつかられることもしょっちゅうである。

 苦労して人混みを抜けた先では、アレンが黒髪の姉弟に話しかけていた。

 呪魔(テルメア)が出たことを教えてくれた、マリーナとピーノの姉弟だ。

 アレンはポケットから紙幣を取り出し、自分の小遣い分をマリーナに握らせる。

 マリーナは申し訳なさそうな顔をしていた。きっと、受け取れない、と彼女は言ったのだろう。そんな彼女にアレンが言う。


「マリーナのお父さん、さっきの呪魔(テルメア)の襲撃で怪我をしたでしょ」


 アレンは家族以外の相手にも丁寧な物腰だ。そういうところは母のオリビアに似ている。


「こういう時は助け合わないと。でないと、自分の番が来た時に助けてもらえなくなっちゃうからね」


「アレン……」


「だから、俺の番が来たら助けてくれる?」


 冗談めかしたアレンの言葉に、姉弟の表情が緩む。二人はしきりに、ありがとうを繰り返し、アレンに頭を下げていた。

 その光景を、テオは少し離れたところで立ち尽くして見守る。

 テオは騎士志望だ。英雄エルバートのような高位聖騎士(パラディン)になりたい。

 だけど、時々思うのだ。


(……僕よりアレンの方が、ずっとずっと騎士向きだ)


 アレンは同年代の子どもと比べて背が高くて、力が強く、体の使い方が抜群に上手かった。

 テオには時々意地悪を言うが、基本的に誰に対しても優しいし面倒見が良い。だから皆に慕われているし、一目置かれている。

 いつだったか、街に占い師の老婆が訪れた時、老婆はアレンを見てこう言った。


『この子には英雄の相があるね。多くの苦難の果てに、素晴らしい名誉と栄光を手に入れるだろう』


 占い師の言葉を聞いた子ども達は、大いに盛り上がった。

 やっぱりアレンはすごい。聖騎士の息子なだけある。きっとアレンも、父親のような英雄になるのだ──と。

 アレンは困ったような顔で曖昧に笑っていたが、テオはきっとその占い師の言う通りになるだろうと思った。

 アレンは誰かに手を差し伸べる時、「騎士とはかくあるべき」なんて考えない。「俺がやりたいからやったんだよ」と言う。

 そういうところが、天然の英雄気質だとテオは思うのだ。


(自分のことばかりで、視野が狭い僕とは大違いだ)


 理想と現実の差は、はてしなく広い。それがテオとアレンの実力差なのだ。

 テオのもとにアレンが戻ってきた。こういう時、人混みに呑まれがちなテオをすぐに見つけられるのも、アレンのすごいところだ。

 アレンをすごいと思う気持ち、優しさを嬉しく思う気持ち、それを自分と比較して落ち込む自分勝手さ──様々な感情を飲み込み、テオは不貞腐れた声で呟く。


「……いつも、アレンだけ損をしてる気がする」


「じゃあ、こうしよう。テオが俺に、潰し焼きのパン(プレスブレッド)を奢る」


「なんでだよ」


「そうすれば、みんなちょっとずつ幸せになれるだろ」


 テオは毒気を抜かれて、フハッと息を吐いた。


「アレンは食いしんぼうだなぁ……分かった。トマトとチーズと、あとはベーコンも入れたやつにしようか」


 兄貴分にベーコン一枚分の幸せぐらい、お裾分けしてやろうではないか。

 二人は潰し焼きのパン(プレスブレッド)の屋台を目指し、並んで歩く。


「アレンは……聖騎士になろうとは思わないのか?」


 一年前に死去したアレンの父ダンカンは元聖騎士だ。いずれアレンも聖区に赴き、神に誓いを立てて聖騎士になるのではないか、と大人達は期待している。

 だけどテオは、「聖騎士の息子だから聖騎士になるべき」という考えをアレンに押しつけたいわけではないのだ。


「えぇと、ダンカン父さんのことは関係ないんだ。ただ、アレンはどうしたいのかって話で……それに、アレンは加護持ち(ブレスド)だろ?」


 神に仕える三天使の加護を持つ者のことを加護持ち(ブレスド)と言う。

加護持ち(ブレスド)は個人差があるが、概ね一般人よりも身体能力が高く、聖騎士もその殆どが加護持ち(ブレスド)で構成されていると聞く。

 アレンも、アレンの両親も加護持ち(ブレスド)だ。アレンは聖騎士になるべくして生まれた逸材と言って良い。

 だが、アレンの答えはあっさりしていた。


「俺は、聖騎士にも騎士にもなるつもりはないよ」


 騎士と一言で言っても様々だが、概ね各地の領主に仕える騎士か、レイエル聖区で神に忠誠を誓う聖騎士の二つに大別される。

 テオが憧れているのは聖騎士だが、聖騎士は狭き門だ。とは言え、領主に仕える騎士だって、誰にでもなれるようなものではない。


「でも、アレンは以前、占い師のお婆さんに言われたじゃないか。英雄の相があるって。多くの苦難の果てに素晴らしい名誉と栄光を手に入れるって」


「多くの苦難があるのは、ちょっと……えぇ……やだなぁ、それ」


「志が低い!」


「俺は、ほどほどの人生でほどほどの幸せが良いよ。剣を振るうのだって、近くに呪魔(テルメア)が出た時だけでいい」


「……むぅ」


 アレンは、本当は戦うのが苦手らしい。そんなアレンをテオは臆病だとは思わなかった。

 炭鉱に呪魔(テルメア)が出た時、アレンは臆さず剣を取り、誰よりも速く斬り込むのだ。

(本当は、アレンにも騎士を目指してほしいんだけどな)

 アレンと共に切磋琢磨し、一緒に騎士を目指す未来を夢想したことは、一度や二度ではない。

 なによりアレンは本当に強いのだ。多分、剣の天才だ。このまま炭鉱夫として一生を終えるのは惜しい、と思ってしまうのはテオの我儘だろうか。


「アレンは、ウォルグで鉱夫として一生を終える気か?」


「うーん、じゃあカグーおじさんの店を継いで、潰し焼きのパン(プレスブレッド)の店をやるとか?」


「アレンは食いしんぼうだから、つまみ食いで赤字を出しそうだ……」


 テオの呟きにアレンが笑う。大人の誤魔化し笑いだ。


「テオが騎士になるなら、応援する。でも、たまには家に帰ってきてほしいかな」


「……アレンは、何かやりたいことはないのか?」


「俺は、家族がいて毎日ご飯が食べられれば、それで充分」


 アレンの言う「家族」には、当然にテオが含まれている。それをテオは知っていたけれど、言及はしない。

 夕焼けに照らされる慣れ親しんだ街を、二人は他愛もない話をしながら並んで歩く。

 ズラリと並ぶ煙突のシルエットが、夕焼けのオレンジ色と明暗のコントラストを作っていた。その時間がテオは好きだけれど、少し怖い。


(なんだか、空が燃えているみたいだ……)


 ウォルグの西には海があり、目を凝らすと船影が見える。

 東には中央部(エリントン)に向かう鉄道が走り、赤みがかった灰の煙をモクモクと吐き出していた。あの船も鉄道も、ウォルグで採掘された赫炭(かくたん)を、あるいは呪魔(テルメア)の亡骸を、各地に運んでいるのだ。


(いつか、僕も汽車に乗って……中央部(エリントン)のレイエル聖区で神に誓いを立てて、聖騎士になるんだ)


 夕焼けを背に東の空を見つめ、テオは静かに誓った。


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