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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
19/21

【19】兄弟

「舐めるな!」


 アレンは優しいけれど、身勝手で残酷だ。

 なによりテオが腹立たしいのは、力の差を見せつけられたテオがやる気を削がれると、勝手に決めつけられたことだ。


「己の弱さは心得ている。アレンとの実力差を比べ、落ち込んだことがあるのも事実。だがその程度で僕の心が折れると思っているのなら、理解が浅いぞ、アレン・ローレンス!」


「……テオって、キレると急に古めかしい言葉遣いになるよね。なんで?」


「聞け! 僕は灰色騎士になって、僕を呪った呪魔(テルメア)を必ずや討つ」


 拳を握り、思い描く。ローレンス家に拾われてからの数年を。家族と過ごした温かな時間を。

 それを諦めてなるものか。


「呪いから解放されて、オリビア母さんの記憶も取り戻したら、今度こそ僕は聖騎士になる!」


 歩く呪い(マッドウォーカー)が呪いから解放される方法はただ一つ。

 自分に呪いを植えつけた呪魔(テルメア)を倒すことだけ。

 ならばその呪いを消し去って、自由の身になったら、改めて聖騎士に挑めば良いのだ。


「だから、その時は僕を本当の家族にしてほしい。聖騎士テオ・ローレンスとして……オリビア母さんと、アレンのいる家に帰りたい」


 オリビアもアレンも、既にテオを家族として受け入れていたことは知っている。

 だがこれは、忘却の呪いを撒き散らしてきたテオのけじめなのだ。


「アレンが聖騎士団でどれだけ活躍しようが、必ず追いつく。だから、それまで待っていてほしい。僕のライバルとして」


「ライバルとは、大きく出たな」


 アレンは苦笑と微笑が半分ずつ混ざったような笑い方をした。

 テオの負けん気の強さに呆れる笑みと、それでも家族として大事に想ってくれている、そんな笑みだ。


「俺、強いよ?」


「知ってる。でも、追いつく」


 一言一言に力を込めて、己の心に刻むようにテオは応じる。

 アレンは垂れ気味の目尻を更に下げて笑った。


「じゃあ、テオはもっといっぱい食べて大きくならないと」


「僕は適量を食べてる。アレンが食べ過ぎなんだ。一応言っておくが、アレンが聖騎士団きってのエターナル食いしんぼうで有名になってたら、僕は他人の振りをするからな」


 テオの額を脅威のデコピン三連打が襲った。

 アレンの極めて高い身体能力から繰り出されるデコピンの威力たるや、額に穴が空いたんじゃないかと本気で思うほどだ。

 アレンが唇を尖らせる。


「俺の弟になるとか言っておいて、他人の振りするんだ? ふーん、へー」


「他人じゃないから、他人の振りをするんだろ!」


 テオが涙目で震えていると、ポケットで何かがモゾモゾと動いた。先ほどポケットに飛び込んできた白い毛玉だ。


「めーうーぁー」


 毛玉は勢いよく飛び上がり、アレンの鼻っ面に体当たりをした。アレンは「わっ」と驚いた声をあげたが、大したダメージはないらしい。

 毛玉はポトンと地面に落ちると、また飛び上がってアレンに飛び掛かる。

 ほぼ球体なので、それが頭突きなのか、体当たりなのかは分からないが、テオは体当たりと思うことにした。


「めぅー!」


「何これ……太ったネズミ? 子ウサギ?」


「知らない。僕の中から出てきたんだ」


「なんで、自分の中から出てきたのに知らないの」


「しょ、しょうがないだろ……! なんか出てきたんだから!」


 毛玉の数回目の体当たりを、アレンはサッと手のひらで受け止めた。

 手のひらに乗るサイズの毛玉は、軽々とアレンの手に握り込まれてしまう。


「確か、昨日、テオが剣や盾を顕現した時に……ポロッと出てきたやつ?」


「そうそう」


 呪装顕現。自分は何になりたいか、どう在りたいかを考えた時、『汝、騎士たれ』と己に誓った。

 そうして騎士の武具、装い、相棒の白馬を思い描いた結果、最後に毛玉がポロッと出てきたのだ。

 流石にこれを白馬と言い切る自信はなかったので、テオは拳を握りしめて力説する。


「こいつは、僕の相棒なんだ」


「めうっ!」


 アレンの手の中から、毛玉がポトリと地面に落ち、次の瞬間勢いよく跳ねてテオの胸元に飛び込んできた。テオは慌てて、毛玉を両手で受け止めてやる。

 手のひらのフワフワした感覚にテオは頬をゆるめた。


「よし、今日からお前はレヴォガルドレニーだ!」


「……テオのネーミングセンスって、独特だよね」


「あぁ、悪くないだろ」


 名前にヴァとかヴォとかガルとかギルとかが入っていると、なんだかカッコイイのだ。

 レヴォガルドレニー、我ながらこれは格好良すぎる、とテオは小鼻をプクプク膨らませた。

 そこにアレンが控えめに進言する。


「せめて、レニーと略したら?」


「確かにその方が呼びやすいか。よろしくな、レニー」


「めう」


 毛玉がモゾモゾ動いて、膨らんだ……ような気がした。多分、胸を張ったんじゃないだろうか。胸がどこにあるのか分からないが。

 手のひらの毛玉──レニーを見下ろし、テオは微笑む。


「君は、僕のことを覚えてくれるかな……覚えてくれるといいな、相棒」


 小さな生き物は、めうめうと鳴くだけで、その心は分からない。

 ただ、テオから離れていかないのなら、しばらくは相棒でいてほしい。


「相棒、これから僕達はいっぱい活躍して、ライバルのアレンに追いつくんだ」


「めううぅ……」


 テオの手の中で、レニーが縮こまる。てっきり萎縮しているのかと思ったが、違う。人が跳躍の際に膝を曲げるように、レニーは思い切り跳び上がるため、グッと身を縮めていたのだ。

 めうっ! と勇ましく鳴きながら跳躍したレニーが、アレンの頬にポコンと体当たりをする。

 アレンは地面に落ちそうになったレニーを片手でキャッチし、困ったようにテオを見た。


「……もしかして俺、嫌われてる?」


「きっと、僕の闘争心が伝わったんだな。いいぞ、レヴォガルドレニー」


「めぁー」


 ポコンポコンと体当たりを繰り返すレニーを、アレンが片手でガードし、テオが行け行けとけしかける──他愛もなくてくだらない、ささやかな平和だ。

 テオは声をあげて笑った。

 皆から忘れられてしまうテオは、こうして笑っていられる時間がどれだけ貴重かを知っている。

 だからこそ、理不尽を蹴散らすように、腹の底から笑ってやろうと思ったのだ。



 * * *



 炭鉱街ウォルグの高級宿の一室にはベッドが二つ入っている。灰色騎士のカルラとベリルが利用している部屋だ。

 ベッドに腰掛け、ボンヤリとしているのは白髪の少女カルラ。

 西の最果て(ウェスト・エンド)からここまで流れてきた彼女は、つい先日までボロ切れ同然の制服姿だったが、今はベリルが持ってきた予備の制服に着替えていた。

 制服は質素な灰色の上着とズボンで、ベリルは巻きスカートに改造している。他にも制服を改造している者はチラホラいるが、カルラは手を加えていない。シャツと上着、下はズボン、そして首には居場所を伝えるための首輪、もとい黒いチョーカー。

 年頃の少女なら、たまにはお洒落をしてはどうかとベリルは言う。だが、カルラは衣食住の全てに興味がなかった──というより、興味を持つだけの心の余裕がないのだ。

 カルラの心はいつも、忘れたくない思い出に囚われ続けているから。


「おーい、カルラ。それっぽい仮面、買ってきーたぞー」


 ノックもなしに扉が開いて、褐色の肌に砂色の髪のベリルが中に入ってきた。その両腕には布袋がぶら下がっていて、酒瓶などがチラリと見える。どうやら、食事の類も買ってきたらしい。

 ベリルは布袋から白い仮面を取り出し、カルラに手渡した。目元を覆う簡素な仮面だ。カルラは「ありがとう」と小声で礼を言って、仮面を着ける。


「着けるのは外だけにしとけば?」


「……わたしは、顔を晒すのは良くない、から」


「部屋でぐらい良いじゃん。まぁ、その方が落ち着くんなら、無理強いはしないけどさ」


 ベリルは適当な椅子に足を組んで座ると、買ってきたリンゴ酒(シードル)の瓶に口をつける。そういう雑な飲み方が様になっていた。

 ベリルはペロリと唇を舐め、窓の外を見る。


「至急の電信で中央部(エリントン)に連絡取ったから、明日には引き継ぎが来る。そしたら出発だ。あの新人の坊やも連れて、灰色騎士団本部に戻るぞ」


 新人の坊や──なんでも、カルラが遭遇したあの少年は、歩く呪い(マッドウォーカー)であったらしい。

 カルラは、霧がかった世界で目を凝らすように、少しだけ記憶を手繰り寄せる。


「金髪、三つ編みの男の子……」


「テオな。どうやら呪装顕現だけじゃなくて、固有の呪いもあるみたいだ。忘却の呪いだってさ」


「……え」


「簡単に言うと、周囲から忘れられる呪いなんだと。加護持ち(ブレスド)歩く呪い(マッドウォーカー)には効きづらいみたいだけど」


「…………」


 カルラはゆっくりと手を持ち上げ、己の心臓に触れた。

 脈がいつもより速いのは、動揺の証だ。

 動揺している。もう随分と長い時間、思考を止めて思い出に浸っていたカルラが。


「ベリル、紙とペンはある?」


「あるけど、手紙でも書くのか?」


「違う。メモ」


「なら、これでいいか?」


 ベリルがゴソゴソと荷物袋を漁って、立派なペンと粗末な紙を差し出す。

 カルラはペンを握りしめ、そこに一言こう書いた。


 ──テオ。


 ベリルは、何がしたいのか分からないと言いたげな顔をしている。

 だからカルラは、己の行動の理由を口にした。


「忘れたくないと思ったから、紙に書くの」


 それはとても大事なことなのだ。

 とても、とても……。


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