表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
18/23

【18】テオ


 腕を掴まれ、背後から怒鳴られた瞬間、テオは大きく目を見開く。

 その目から、ボロリと大粒の涙が零れた。

 名前で呼んでくれた。覚えてた。

 皆がテオのことを忘れてしまったこの街で、アレンだけは覚えていたのだ。


「あ……うぁ……あ、わあぁあぁあん!!」


 ボロボロと涙が溢れる。テオはその場に膝をつき、アレンを見上げた。

 長身で、垂れ目で、いつも優しそうに微笑んでいるけれど、しれっと口の悪い幼馴染は、痛みを堪えるような顔でテオを見ている。


「アレン……アレン! うわぁぁぁん……わぁぁん……!!」


 地面にしゃがんでワンワンと泣くテオの前で、アレンは膝をつく。昔からそうだ。テオが落ち込みしゃがんでいると、アレンは膝をついて目の高さを合わせてくれる。

 テオはしゃくりあげながら、アレンの服の裾を掴んだ。子どもじみた仕草だと分かってる。それでも、自分を知っている人を手放したくなかった。


「僕のこと、誰も覚えてなくて……オリビア母さんも……!」


 一緒に仕事をした鉱夫達も、一緒に遊んだこともある街の子ども達も、そして、大好きな母親も──皆々、テオのことを忘れてしまった。

 どうして、どうして、と繰り返してきた絶望は、他でもないテオが抱える呪いが原因だった。

 途切れ途切れに訴えるテオに、アレンが静かな声で言う。


「俺はちゃんと覚えてるよ。テオを見つけた日のことも」


「うん……」


「小さい頃のテオは高い所が好きで、いつも父さんの体をよじ登っていた。母さんが作るご飯は何でも好きだけど、一番好きなのは肉団子とキノコ」


 いつもは、ゆっくりおっとり喋るアレンが、今は珍しく早口になって、昔話を語る。


「テオは本が大好きで、粗末にするとものすごく怒る。本を棚に戻す時は、赤ん坊をベッドに寝かすみたいに慎重になる」


「うん……」


「昔のテオは堅苦しい言い回しばかりで、言葉遣いが砕けるのに時間がかかったっけ。父さんの喋り方を真似したり、下品な炭鉱ジョークを意味も分からず口走って、父さんが母さんに絞られたり……」


「うん……」


「テオは騎士になるのが夢で、いつも剣の訓練を頑張っている……けど、自分の体の使い方を充分に把握できてないというか、自分の体を大きく見積りすぎてるというか」


「…………」


「テオが思っているより、テオの足って短いんだよ?」


「じ、自分が大きいからってぇ……!」


「ほら、いつもの調子が出てきた」


 眉尻を下げて笑う顔は、テオがよく知るいつものアレンだ。


「テオ」


 アレンはテオの涙が少し落ち着いたのを確認すると、膝をついたまま頭を下げた。


「昨日は、思い切り叩いて、ごめん」


 昨日──エルバートの従騎士の座を賭けた、決闘のことを言っているのだろう。

 決闘直後はアレンの意図が分からず大泣きしたが、今なら分かる。

 テオは涙と鼻水でドロドロになった顔を服の袖で拭い、アレンを見た。


「アレンは、ベリルさんから歩く呪い(マッドウォーカー)の話を聞いて、僕も歩く呪い(マッドウォーカー)だって気づいたんだろう?」


「……うん」


「だから、エルバート様の従騎士を諦めさせようとした」


 アレンは苦々しさを隠さない顔で、小さく頷く。


歩く呪い(マッドウォーカー)の境遇がろくでもないことは、すぐに察しがついたからね」


 ベリルはなんでもないことのように笑っていたが、歩く呪い(マッドウォーカー)は、いつ呪いが進行して呪魔(テルメア)化してもおかしくないのだ。

 当然に首輪をつけられ、聖騎士の監視下に置かれる。その上で、灰色騎士として呪魔(テルメア)との戦いを強要されるのだ。その実態をアレンは即座に見抜いたのだろう。

 だからアレンは、テオを逃がそうとした──逃したところで、テオが歩く呪い(マッドウォーカー)であるという事実は変わらないけれど。


「テオ、俺はこれからエルバート様の従騎士になって、聖騎士を目指そうと思う」


「えっ!?」


 アレンが決闘の提案をしたのは、テオを聖騎士から遠ざけ、歩く呪い(マッドウォーカー)であることを隠すためだ。

 だが、既にテオが歩く呪い(マッドウォーカー)だということはバレている。アレンが聖騎士になる理由はない。

 それなのに、アレンはいつもの調子で言うのだ。


「だって、聖騎士になれば、呪魔(テルメア)と戦う機会が増えるでしょ? ……テオに呪いを植えつけた呪魔(テルメア)を殺せば、テオは呪いから解放される」


 アレンの言葉に、テオはクシャリと顔を歪めた。

 アレンは、あんなに騎士になる気はないと言っていたのに、聖騎士を目指すというのだ。テオを救う、そのためだけに。


「アレン……アレンが僕のために聖騎士になる必要はないんだ。これは僕の問題で……」


「テオ」


 アレンは椅子代わりの丸太に座ると、隣に座るようテオを促した。

 テオがノロノロと腰を下ろすと、アレンは前方のボタ山を見上げ、口を開く。


「一つ、昔話をしようか。俺は子どもの頃、レイエル聖区で暮らしていて……聖騎士見習いの子ども達に交ざって、訓練をしていたことがあるんだ」


 父ダンカンが聖騎士で、引退するまでレイエル聖区で暮らしていたことは、テオも何度か聞いている。聖騎士の息子なら、さぞ将来を期待されていたことだろう。

 ボタ山を見ていたアレンの目が、真っ直ぐにテオを見る。


「そこで俺は、他の子ども達にものすごく嫌われていた」


「性格が悪かったから? ……ぎゃっ!?」


 アレンの腕が持ち上がり、テオの額をバチンと弾いた。

 頭蓋骨に響く痛さに、テオは額を押さえて仰け反る。


「俺、加護持ち(ブレスド)だろ」


「うん」


 ローレンス家は皆、加護持ち(ブレスド)だ。オリビアは〈再生〉、アレンは亡きダンカンと同じ〈破壊〉の加護持ち(ブレスド)である。


「本当は、二つ持ちなんだ」


「はぁ!?」


「母さん譲りの〈再生〉と父さん譲りの〈破壊〉。まぁ、〈再生〉の方はそんなに強くなくて、他人を癒せるほどじゃないけど」


 テオは額を押さえたまま、あんぐりと口を開けた。衝撃に涙が引っ込む。

 親が加護持ち(ブレスド)の場合、子どもにも同じ加護が表れることがある。まさにアレンがそうだ。

 だが、それは決して確率の高い話ではないのだ。寧ろ珍しい。

 現在、三つの加護を持っているのは、この世でただ一人、英雄エルバート・ランドルフのみ。

 二つの加護を持っている者は一〇人といないはずである。聖騎士団にとって、喉から手が出るほど欲しい逸材だ。


「そ、それって、すごいことじゃないかっ!」


 なんで黙っていたんだ! という言葉をテオは咄嗟に飲み込んだ。

 アレンがその力をひけらかさなかったのは、オリビアの教育の賜物だろう。

 どんなに優れた力を持っていても、それをひけらかすような真似を、オリビアは良しとしない。


「加護が二つもあると、まぁ身体能力の強化がすごくて……当時の俺は訓練中、六歳年上の騎士見習いに大怪我をさせてしまったんだ」


「当時のアレンって……」


「確か、九歳ぐらいだったかな」


 つまり相手は一五歳。それも騎士見習いなら、それなりに鍛えていたはず。それを九歳のアレンは倒してしまったのだ。さぞ注目されたことだろう。


「九歳で加護二つ持ち……同年代の子ども達にしてみれば、嫌な存在だよ。自分達の地道な訓練はなんだったんだ、って思うだろうし。そのせいで随分と嫌われたんだ」


「いや、やっぱアレンの性格も原因だと思う……ぎゃふっ、べふっ」


 恐ろしく正確なデコピン二連打が、額の同じ位置を叩いた。骨がジンジン痺れて頭の奥がグワングワンする。

 テオは額を抑え、涙目で喚いた。


「だって、僕には口悪いじゃないか! サラッと暴言言うし!」


「暴言? いつの話?」


 全く心当たりがないという顔だ。

 アレンの垂れ目を模すべく、テオは目尻を下に引っ張り声真似をする。


「『テオが思っているより、テオの足って短いんだよ?』」


 アレンはキョトンとした顔で首を傾けた。


「……事実だよね?」


「そういうとこだよ!」


 テオの頭は、次第にカッカと熱くなってきた。

 アレンの凶悪なデコピンは泣くほど痛いが、テオの弱気を砕いてくれたらしい。


「つまりアレンは、同世代の人間のやる気を削ぐから、騎士団には入りたくないって思ってたんだな」


「まぁ、そういうこと。まして、本気を出して、テオのやる気を削ぐのはしのびなかった」


 アレンは自分が本気を出したら、その実力差にテオが落ち込むと思っていたのだ。

 それは事実だ。確かにテオは、何度もアレンと自分を比べて落ち込んだ。だけど、やる気を削ぐ? まったくアレンは大馬鹿者だ。

 テオはゆっくりと息を吸う。そうして感情を腹の奥に溜め、一気に吐き出すように、腹の底から吠えた。


「舐めるな!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ