表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
16/26

【16】呪いを振り撒いていた者

 テオが目を覚ましたのは、明らかに自宅ではない。高級宿らしき部屋のベッドの上だった。

 部屋の壁紙や意匠には見覚えがある。エルバートが利用していた宿だ。以前、手の怪我を治してもらった時の部屋とは違うけれど、あの宿の一室なのだろう。

 テオは意識を取り戻すと同時に飛び起き、日課と予定を頭の中にズラリと並べた。

 その日の予定を朝一番に自分の頭に叩き込むのは、テオの癖だ。ついでにアレンの予定も覚えておいてやる。でないと、いい加減なアレンはすぐ予定を忘れるからだ。

 起きたら顔を洗って身支度を整える。その後で小一時間ほど訓練。それから食事をして炭鉱に向かい──と、そこまで考えたところで、テオは両手で顔を覆った。

 自分がいるのはローレンス家ではなく高級宿。自分はまだ、非日常の延長線上にいるのだ。


「めう」


 ベッドの上で身を起こしたテオの足下辺りで、鳴き声がする。

 ベッドをコロンコロンと転がっているのは、白い毛玉だ。


(僕の中から出てきた、毛玉……)


 あの時顕現した剣だの盾だのはなくなっているのに、毛玉だけは元気にテオの上をコロコロしている。つくづく奇怪な生き物だ。


(あ、一応目がある)


 ボンヤリと毛玉を観察していたら、すぐそばで声がした。


「おはよう、テオ」


 テオはギョッとして振り向いた。

 ベッドのそばにある机の前に、エルバートが腰掛けている。彼は書き物をしていた手を止めて、テオを見ていた。


「エルバート様……」


「辛ければ、横になっていて構わない。あれだけ力を使えば、体への負担も大きいだろう」


 テオは横目で窓の外を見た。時刻はまだ午前だろうか。道行く人々の中には、憲兵の姿がやけに多く見えて物々しい。大型の呪魔(テルメア)が出たせいだろう。

 大型で力の強い呪魔(テルメア)が現れると、そこに小型の呪魔(テルメア)が集うことがあるからだ。


「良かったら、食べないか」


 エルバートは机の上の紙袋からパンやゆで卵、チーズなどの食べ物を取り出し、テオの前に並べた。更に、テーブルに置いていたポットを手に取る。

 テオは慌てた。英雄エルバートに給仕まがいのことをさせるわけにはいかない。


「エルバート様、僕が、やります」


「倒れて寝込んでいた子どもに仕事をさせたら、私が天使様に叱られてしまう」


「うぅ……」


「天使の加護を得た者は、それだけ奉仕の精神が求められるんだ。だから、気にしないでいい」


 エルバートはポットの茶をカップに注ぎ、テオに差し出す。

 テオは小声で礼を言ってカップを受け取った。昨晩雨が降ったのか、三月の朝にしては少し冷え込んでいるので、温かいお茶は素直にありがたい。


「……君も飲む?」


 テオは毛玉に声をかけたが、毛玉は「めう」と鳴いてベッドを転がり落ち、そのまま床をコロンコロンと左右に転がった。多分遊んでいるのだ。害はなさそうだし放っておこう。

 テオは爽やかな香りの茶を飲みながら、昨日の出来事を思い出す。

 英雄エルバートと灰色騎士ベリルとの出会い。エルバートの従騎士の座を巡るアレンとの決闘。カルラという少女との仮面探し。そして、大型の呪魔(テルメア)との遭遇。

 テオは茶で舌と喉を潤し、一番気になっていたことを訊ねた。


「街の被害状況は……オリビア母さんと、アレンは、どうなりましたか?」


「炭鉱と街の一部が崩れ、怪我人も出たが死者はゼロ。呪い憑き(カースド)となった人達は、全員呪魔(テルメア)化する前に呪いから解放されたよ。オリビア・ローレンス夫人も、〈再生〉の加護があったから、もう殆ど傷は塞がっている」


 あぁ、とテオは口から安堵の吐息をこぼし、カップをテーブルに戻して、両手を祈りの形に組んだ。


「ありがとうございます……オリビア母さんを……炭鉱のみんなを救ってくれて」


 呪い憑き(カースド)になった人間は、全身が呪いに蝕まれた時、呪魔(テルメア)化する。そうなったらもう助からない。

 オリビアや炭鉱の男達が呪魔(テルメア)化したら……それが、一番テオが恐れていたことなのだ。

 感謝を捧げるテオに、エルバートは穏やかな声で告げる。


「被害を最小に留められたのは、君とアレンの奮闘あってこそだ。礼を言わせてほしい。本当にありがとう」


 憧れの英雄に礼を言われた。それは、とても嬉しくて光栄なことだ。だけど、テオには素直に喜べない理由がある。

 テオが呪魔(テルメア)の足止めをできたのは、あの力があってこそなのだ。


「僕は……歩く呪い(マッドウォーカー)だったんですね」


 呪い憑き(カースド)の中で、奇跡的に呪いの進行が止まった、呪いを武器にできる存在。

 テオが歩く呪い(マッドウォーカー)になったのは、昨日大型の呪魔(テルメア)に胸を貫かれた時……ではないのだ。


「寝ている間に、君の体を少し調べさせてもらった。胸に呪印があるだろう?」


 テオはシャツの胸元を捲った。

 心臓の真上の辺りに、赤黒い紋様が浮かんでいる。呪斑のようにただ斑らに染まるのではなく、紋様じみた形のそれは、歩く呪い(マッドウォーカー)の証である呪印だ。


「その呪印は、昨日発現したものだね?」


「……はい」


「おそらく君は以前から、心臓に呪印があったのではないか……とベリルが言っていた」


 呪いを植え付けた呪魔(テルメア)が死ねば、呪いは消える。歩く呪い(マッドウォーカー)も解放されるはずなのだ。

 だが、昨日テオの胸を貫いた呪魔(テルメア)は死んだにもかかわらず、テオの胸にはまだ呪印が残っている。


「元々あった呪印が、昨日の呪魔(テルメア)の攻撃を受けたことで、皮膚の表面に引っ張り出されたのだろう」


 珍しいケースだがね。とエルバートが控えめに付け足す。

 テオは服の上から胸元を押さえた。手のひらに伝わる心臓の鼓動に変化はない。だけど、テオの心臓には確かに呪印が刻まれているのだ。それが、今なら不思議と分かる。

 つまるところテオは、五年前アレンに拾われる前から歩く呪い(マッドウォーカー)だったのだ。

 そして、テオに呪いを植え付けた呪魔(テルメア)は、まだどこかで生きている。


「君は、自分が周囲の人間の記憶に残りづらいと言っていたね。それはおそらく、君が歩く呪い(マッドウォーカー)であることが原因だろう。呪いの中には、周囲の人間の精神に影響を与えるものもある」


 今なら、自分が何故親に捨てられたのかがよく分かる。

 テオが呪いを抱えている危険な存在だったからだ。


「精神に干渉する呪いは、加護持ち(ブレスド)歩く呪い(マッドウォーカー)には効きづらいんだ。だから、私やベリル、それと君のご家族は君を認識できたのだろう」


 なるほど、エルバートは加護持ち(ブレスド)、ベリルやカルラのような灰色騎士は歩く呪い(マッドウォーカー)。ローレンス家の人間は、亡きダンカンも含めて加護持ち(ブレスド)だ。


「僕は、ずっと……」


 呟き、言葉を切る。目の奥が熱い。


「この街の人達に、呪いを振り撒いていたんですね……」


 自嘲と同時に、涙がボロリと溢れた。

 今になって思い知る。自分の愚かさを。醜さを。


「僕は、僕に優しくしてくれた人達を呪ってたんだ。それなのに僕は……『この街は僕を覚えてくれない』って、心のどこかで恨めしく思ってた……!」


 あぁ、我が心の故郷、炭鉱の街ウォルグよ。

 どうしてあなたは、僕を忘れてしまうのでしょう。どうして覚えてくれないのでしょう。どうして僕を、孤独にするのでしょう。

 ……ずっとずっと、そう思っていた。他でもない、自分自身が原因だなんて知りもせず。


「テオ」


 エルバートがテオの名を呼ぶ。この優しい英雄は、きっと分かっているのだ。

 テオにとって、名前を呼ばれることが、どれだけ特別なのか。


歩く呪い(マッドウォーカー)が呪いから解放される方法はただ一つ。自身を呪った呪魔(テルメア)を見つけ出し、殺すことだけだ」


「……はい」


「そのためにも、君は自身の力と向き合わなくてはいけない」


 優しくも哀しげなその言葉に、テオは己の処遇を察した。

 歩く呪い(マッドウォーカー)は灰色騎士団の所属になるとベリルは言っていたが、それを拒んだらどうなるかまでは語らなかった。

 歩く呪い(マッドウォーカー)は今でこそ奇跡的に呪いの進行が止まっているが、いつ呪いが全身に回って呪魔(テルメア)化するかは分からない。

 だからこそ、ベリルもカルラも首輪(チョーカー)をつけることを強要されている。


「……僕は、どうなりますか」


中央部(エリントン)首都(グランリウム)に連れていき、灰色騎士団に登録する」


「……拒んだら?」


 エルバートは一度目を閉じ、そして開いた。

 大好きな英雄に残酷なことを言わせてしまう。それがテオは悔しくて、悲しかった。


「灰色騎士団への登録を拒む歩く呪い(マッドウォーカー)は、その呪いの程度に応じて、聖騎士団で拘束、もしくは島流しにすることが定められている」


 島流しは死罪の次に重い罰だ。海から呪魔(テルメア)が攻めてくる状況で島流しにされることは、隔離されて死を待つことと同義である。

 歩く呪い(マッドウォーカー)になった時点で、テオに選択肢などなかったのだ。


「灰色騎士に、姓は必要ですか?」


「……いいや、逆だ。灰色騎士は姓を名乗ることを許されない」


 一般的な騎士、及び聖騎士は、叙勲の際に必ず姓を必要とする。もし姓がない場合は、主君に与えてもらうか、養子縁組をして姓を取得させるのだ。

 だが、灰色騎士団は騎士とは名ばかりの厄介者の集まりだ。故に背負うべき姓を必要としない──どころか、家から追放されて姓を奪われることもあるという。


(あぁ、良かった)


 おかげで、ローレンスの名を汚さずに済む。

 テオは泣きたい気持ちで笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ