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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
一章 忘却少年
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【12】思い出に揺蕩う少女

 憧れの英雄エルバートと別れたテオは、ボタ山の周りを走っていた。エルバートが祝福で傷を癒してくれたから、体に痛みはない。寧ろ絶好調だ。

 もう少し走ったら腹筋と懸垂をして、それから剣の素振りをしよう。筋肉は大事だ。鉱夫としても、騎士としても、力があるに越したことはない。


(それに、アレンとの打ち合いで押されっぱなしじゃ、話にならないもんな)


 走る時は姿勢と呼吸を意識する。常に正しい姿勢で、一定の呼吸で。

 アレンに置いていかれそうになると、ついむきになってペースを崩してしまうテオだが、今は一人だから気にしなくていい。


(これからは……アレンと一緒に訓練をすることも、なくなるんだ)


 悔しさより、寂しさが勝った。だってアレンは幼馴染でもあり、親友であり、兄弟のような存在でもあるのだ。

 これからアレンはレイエル聖区に赴き、聖騎士としての誓いを立てる。そしてエルバートの従騎士として、西の最果て(ウェスト・エンド)の戦線に赴くのだろうか。

 なら、自分が応援してやらなくては。


(帰ったら、アレンに笑顔で「応援してる」って言おう。悔しいけど負けは負けだもんな。次は絶対に勝つけど)


 そんなことを考えながら走っていたテオは、ボタ山の辺りに動く人影を見つけ、足を止めた。

 ボタ山には時々、貧困層の人間が、廃棄された赫炭(かくたん)クズを拾いに来ることがある。それを家庭用燃料にしたり、売り払ったりするのだ。

 微かに見えるのは、小さな人影だ。子どもだろうか。


「そこで遊んではいけない! 危ないから、降りてくるんだ!」


 声をかけても、人影が立ち去る様子はない。かといって、テオに気づいて逃げ出す風でもない。

 ボタ山は長雨の後だと崩れることもあるし、クズとは言え赫炭(かくたん)が含まれているので、稀に発火もする。

 危ないなぁ、と眉をひそめ、テオは慎重にボタ山を駆け上った。

 丁度建物二階分ほど上ったところでは、テオより小柄な少女が地面に目を向けたまま、ウロウロしている。

 年齢はテオと同じぐらいだろうか。伸ばしっぱなしで櫛を入れた様子もない白髪、汚れすぎて元の色が分からなくなった上着とズボン、見るからに浮浪児然とした少女だ。


「ここは危ないから、降りよう」


「…………」


 少女は何も答えない。テオは不安になった。

 世の中にはオリビアのように慈愛に満ちた親もいれば、子どもに赫炭(かくたん)クズ拾いをさせる親がいることも知っているからだ。

 そういう親は、充分な量を持って帰らないと、子どもを外に放り出したりする。


「もし、君が赫炭(かくたん)クズを拾わないと叱る大人がいるのなら、僕が文句を言いにいくよ」


「……赫炭(かくたん)クズ?」


 地面を見ていた少女が、ゆっくりと顔を上げてテオを見た。

 一瞬、心臓が跳ねる。

 ボサボサの髪の隙間から見えた目は、燃える赫炭(かくたん)のように赤かった。


「……わたしは、探し物してるの……仮面、探してて」


「仮面? どんな?」


「白っぽくて、顔の上半分隠せるの……」


 奇妙な探し物だ。ごっこ遊びにでも使うのだろうか。


「分かった。僕も一緒に探すよ。なくしたのは、この辺り?」


 少女がコクンと頷く。


「よし、天気も悪くなってきたし、急いで探そう」


 テオはざっと辺りを見回した。見える範囲でそれらしい物はない。ただ、この辺りで落としたのなら、傾斜を滑り落ちていった可能性もある。

 テオはボタ山を少し下って、辺りを走り回った。雑に廃棄された岩石や赫炭(かくたん)クズが裾野に広がり、散らばっている。

(比較的最近、廃棄したのは、この辺りのはず……)

 テオは地面に転がる石を手で避ける。本当はスコップを使いたいけれど、埋もれた物が傷つくかもしれないから、慎重に手で退ける。

 そうして小一時間ほど石を避け続けたところで、石とは違う白い塊を見つけた。


「あった……!」


 テオの声を聞きつけた少女が、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。

 少女はテオの手の中にある仮面を見て、「あ……」と失望の声を漏らす。

 木を削って磨き、塗装を施した白い仮面は、中心あたりで真っ二つに割れていた。

 テオは恐る恐る声をかける。


「大事な物だったの?」


「……大事な物ではなく、必要な物。わたしは顔を隠した方がいい、から」


 その時、ポツリ、ポツリと雨の雫が地面を濡らした。

 粒の大きい雨だ。この空気の湿り具合、じきに強い雨になる。


「雨宿りしよう! こっち!」


 テオは少女の手を引き、炭鉱の横穴の一つに飛び込んだ。

 炭鉱には横穴が無数にあり、中で繋がっていたり、いなかったりする。テオはその全てを正確に把握していた。勿論、今日の採掘箇所も。

 テオが選んだのは、仕事中の鉱夫達の邪魔にならない、赫炭(かくたん)が掘り尽くされた横穴だ。


「これぐらいの雨なら、すぐに止むと思う」


 テオが話しかけても返事はない。少女はぼぅっと外を見つめている。

 初めて出会った時から、どことなくボンヤリした雰囲気のある少女だ。目の焦点が曖昧で、どこを見ているか分かりづらい。


「えっと、もしかして具合が悪い?」


 ボンヤリしているのは、それが原因かもしれない。疲労と空腹に陥れば、誰だってボンヤリするものだ。

 坑道は決して空気が良いところではないので、具合が悪いなら場所を変えた方が良い。

 だが、少女は外を見つめたまま小さく首を横に振った。


「具合、悪くない」


「そう、なんだかボンヤリしてるみたいだったから……」


「忘れたくない大事な思い出があるの。だから、仕事のこと以外は、ずっと、それを頭の中で繰り返してる」


 白い瞼が、赤い目を閉ざした。世界を閉ざすことで、情報を遮断するみたいに。


「わたしはあまり賢くなくて、すぐに忘れてしまうから。忘れたくないことを、ずっとずっと、考えてる」


「そういうことは、記録に残してみたらどうかな? 日記を書くとか……」


 少女は目を閉ざしたまま、ゆるゆると首を横に振る。

 その横顔は人形のように美しく、それでいてどこか寂しげだった。


「もらった言葉は記録できるけど、声と姿は忘れてしまう。どんどん色褪せ、ぼやけてしまう。それが、とても悲しい」


「……そっか」


 きっとその思い出は、少女にとって何物にも変え難い宝物なのだろう。

 だから少女は、その思い出を頭の中で反芻しているのだ。手放したくないと、両腕で抱きしめるように。


「君にそんな風に思ってもらえる奴は、幸せだな」


 ポツリと口をついて出た言葉は、テオの心の奥から零れ落ちた本心だ。

 だって、テオはいつだって人に忘れられてしまうから。いなかったことにされてしまうから。

 忘れたくない、という脅迫概念じみた少女の執着が、いっそ羨ましいとすら思えた。

 少女はゆっくりと瞬きをして、テオを見る。外では鮮やかに見えた赤い目は、薄暗い坑道だと赤黒い沼のようだ。底が見えない。

 テオを見つめる目が揺れる──違う、本当に足元が揺れているのだ。


(落盤か!?)


 鉱夫は揺れに敏感だ。テオはすぐさま少女の手を引いて、外に向かった。

 外はまだ雨がパラパラと降っているけれど、落盤に巻き込まれるよりはマシだ。

 外に出ると、他の鉱夫達も外に避難しているのが見えた。

 テオ達は比較的浅いところにいたから良いが、奥深くまで潜っていた者達が心配だ。実際に落盤が起こっているとしたら、助けがいる。

 少女には家に帰るように伝えて、自分は鉱夫達の手助けに行こう、とテオが考えたその時、坑道の奥から鉱夫頭であるガットの声が響いた。


呪魔(テルメア)だ──! 大型の複尾持ち(ペイン・テール)だ! 全員逃げろぉぉ、ぉぐぶっ」


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