第2話 戻る場所が二つあると、人はどちらでも休めない
この物語は、
異世界で強くなる話でも、
現世から逃げる話でもありません。
どちらの世界にも責任があり、
どちらの世界にも限界があります。
行き来できるから楽になる、
――そんな都合のいい話ではありません。
むしろ、
戻る場所が二つあると、人はどちらでも休めない。
それでも、
壊れないための線を引くことだけは、
諦めない物語です。
了解。
**コンセプトど真ん中――「現世と異世界を行き来する」こと自体が物語を動かす第2話**を書きます。
第1話の余韻を壊さず、**行き来の“ルール”と“代償”が自然に立ち上がる回**です。
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## 第2話
### 戻る場所が二つあると、人はどちらでも休めない
結界の裂け目は、すぐには広がらなかった。
黒く沈んだ一点が、夜空に貼り付いた染みのように、じっと動かない。
まるでこちらの出方を待っているみたいだった。
「……三回」
私の言葉を、魔法使いは反芻するように呟いた。
「三回で足りるようにする、でしたね」
「うん。足りなければ、足りないって認める」
魔法使いは、少しだけ口元を歪めた。
笑いかけようとして、やめた顔だった。
「それが、怖いです」
「知ってる」
怖いのは敵じゃない。
**“止める”という判断**だ。
結界の下では、兵士と術師たちが慌ただしく動いている。
誰もこちらを見ていない。
見ていないからこそ、止められない。
「補強の準備を」
魔法使いが前に出ようとした、その瞬間。
視界が、また歪んだ。
「……っ」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
息が浅くなる。
この感覚も、知っている。
――切り替わる。
そう思った瞬間、世界が裏返った。
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「……え?」
天井が、白い。
石じゃない。
蛍光灯だ。
私は、オフィスの椅子に座ったままだった。
時計を見る。
**午前二時三十分。**
さっきまで異世界にいた時間と、ほとんど変わっていない。
「……戻された?」
心臓の音が、やけに大きい。
デスクの上には、未送信のメール。
赤字だらけの資料。
さっきまでの“現実”。
異世界が、夢だったみたいに、ここはいつも通りだ。
でも。
右手に、違和感があった。
指先に、微かな熱。
見下ろすと、薄く光る紋様が浮かんでいる。
「……はあ」
夢じゃない。
私は、深く息を吐いた。
「行き来、か……」
救世主どころじゃない。
休憩ですらない。
**限界になると、放り出される。**
それだけの仕組み。
――スマホが震えた。
上司からのメッセージ。
《明日の朝イチ、この件まとめて。よろしく》
よろしく、じゃない。
私は画面を伏せた。
「……全部はやらない、って言ったばっかりなのに」
言葉にしてみても、現実は変わらない。
でも、変え方はある。
私は、新しいファイルを開いた。
“全部まとめる”んじゃない。
**止める線を引く。**
やらない項目に、×を付ける。
今じゃない理由を書く。
代替案だけ残す。
異世界で言ったことと、同じだ。
「……これでいい」
完璧じゃない。
怒られるだろう。
でも、倒れるよりはましだ。
椅子に深く座り直した瞬間、
再び、あの感覚が来た。
世界が、引っ張られる。
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冷たい空気。
石の床。
異世界だ。
魔法使いが、すぐ目の前にいた。
息を切らしている。
「……戻ってきましたね」
「うん。そっちは?」
「結界は、まだ持っています」
彼は、私の手を見た。
「それ……」
「現世の証拠」
そう答えると、魔法使いは小さく頷いた。
「行き来は……あなたの限界が、引き金ですね」
「みたいだね」
便利じゃない。
逃げ道でもない。
**壊れる前に、切り替えられるだけ。**
それでも。
「……戻ってこられて、少し安心しました」
魔法使いが、ぽつりと言った。
「私が限界でも、あなたが戻るなら……世界は、まだ止まれます」
その言い方に、違和感があった。
「ねえ」
私は聞く。
「もし、私が戻らなかったら?」
魔法使いは、答えなかった。
答えられなかった。
それで、十分だ。
「一つ、決めよう」
私は言った。
「私が戻されたら、その間は**絶対に無理をしない**」
「……ですが」
「三回しかないんでしょ?」
彼は、苦しそうに目を伏せた。
「……はい」
「じゃあ、一回一回を、大事に使う」
結界の裂け目が、わずかに揺れた。
「最初の一回は、**広げない**。
補強もしない。
まず、周囲を避難させる」
魔法使いが、はっと顔を上げる。
「しかし、それでは……」
「被害は出る。少し」
言い切ると、胸が痛んだ。
「でも、全壊は防げる」
沈黙。
やがて、魔法使いはゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
分かっていない。
でも、受け入れた。
それでいい。
「行こう」
私は歩き出す。
「救うためじゃない。
壊れないために」
結界の向こうで、夜がざわめいた。
私には、戻る場所が二つある。
だから――
**どちらでも、壊れない選択をする。**
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(第2話・了)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第2話では、
「異世界と現世を行き来する」という設定を
便利な能力ではなく、制約として描きました。
主人公は、
どちらの世界でも問題を抱えています。
そして、どちらの世界でも
「全部はやらない」という選択をします。
今回の話で重要なのは、
**最初の判断が“完全な正解ではない”**という点です。
避難を優先する。
補強を後回しにする。
その選択は、被害を減らしますが、
同時に誰かを切り捨てます。
次話では、
その代償が、はっきりと形になります。
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無理のない距離で、続きを見守っていただけたら嬉しいです。




