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壊れた社畜の私に、異世界の魔法使いが「助けて」と言いに来た  作者: 百花繚乱


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第1話:壊れた人間のところに、壊れきれない魔法使いが来た

※ご注意ください。


この物語には、

・最強スキル

・チート無双

・ざまぁ展開

・世界を救って称賛される主人公


――ありません。


あるのは、

一度、壊れた人間と、

壊れきれないまま働き続けている異世界です。


「正しいことをしているのに、誰かが壊れる」

そんな状況を、

止められなかった人間が、

もう一度、呼ばれます。


主人公は頑張りません。

全部はやりません。

英雄にもなりません。


それでも、

倒れる前に止まる線だけは引きます。


派手ではありません。

でも、静かに刺さる話です。


合わなければ、そっと戻ってください。

刺さったなら、少しだけ続きを読んでみてください。

深夜のオフィスは、音がしない。

空調の低い唸りと、キーボードを叩く音だけが、やけに大きい。


画面の右下は、もう日付が変わっていた。


「……今日中、ね」


誰に言うでもなく呟いて、私は笑いそうになった。

笑えるほど余裕があるなら、ここにいない。


肩が重い。まぶたが熱い。

集中しようとすると、思考が引っかかって前に進まない。


――これ、知ってる。


倒れる前って、いつもこうだ。

「もう少し」で粘って、気づいたら立てなくなる。


「……まずいな」


椅子の背にもたれた瞬間、視界の端がふっと歪んだ。

蛍光灯の光がにじみ、輪郭がほどける。


私は目をこすった。

それでも、歪みは消えない。


次の瞬間。


机の向こうに、見知らぬ男が立っていた。


ローブ姿。白い髪。年齢が読めない顔。

ただ、目だけが異様だった。眠っていない目。

疲れきっているのに、まだ止まれない人の目。


「……誰」


声が掠れた。

警備も入れない夜のフロアだ。人がいるはずがない。


男は、深く頭を下げた。


「突然、失礼します」


謝ることに慣れすぎた声だった。

それだけで、この男がどんな人生を送ってきたかが分かる気がした。


「ですが、時間がありません」


「ドッキリなら帰って。私、今……」


「あなたは――一度、壊れましたね」


言葉が、心臓に触れた。


「倒れるまで正しいことをして、誰にも頼れなくて、最後に自分が動けなくなった。

それでもあなたは、今ここにいます」


なぜ知っている。

問いが喉まで来たところで、男が続けた。


「私の世界が、同じ場所に来ています」


世界?

意味が追いつかない。


男は淡々と言った。


「正しい判断を、正しい頻度で、正しい人間が下している。

それでも人が壊れていく」


その言い方が――あまりにも現実的だった。

ふわふわした異世界の話し方じゃない。

会議室の端で、心が折れかけた人が吐く言葉の温度。


「私は止まれません」


男は視線を落とした。


「止まった瞬間、国が崩れます。

結界が落ち、病が広がり、前線が瓦解する。

私が一日休めば、千人が倒れる」


「……大げさ」


否定したはずの言葉が、弱い。

男の目が、大げさを許さない。


「大げさであってほしい。私もそう思っていました」


ほんの少しだけ、笑った。

笑える余地が残っていない笑い方だった。


「だから……禁忌を破りました」


「禁忌?」


「世界を跨ぐ術です。呼ばれた側が壊れる可能性がある。

それでも来ました」


男は、まっすぐ私を見た。


「あなたなら、“全部を背負わない選択”を知っていると思った」


胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。

知らない。そんな選択、私はまだ上手くできない。

ただ、壊れた。それだけだ。


「待って。意味が――」


「分からなくて構いません」


男が、たった一歩、近づいた。

距離が詰まっただけで、空気が変わった。


「助けて、って言っていいのか……」


そこで男は、言葉を止めた。

まるで自分の口が規則に反しているみたいに。


「……もう判断できなくなりました」


その瞬間。


足元が抜けた。

比喩じゃない。床が“落ちた”と脳が理解する前に、世界が反転した。


音が消え、光が裏返り、身体がふわりと浮く。


叫ぶ暇もない。


次に視界が戻ったとき、私は石造りの天井を見上げていた。

冷たい空気が肺に入って、咳が出る。


「……ここ」


「私の世界です」


男――魔法使いは、隣に立っていた。

さっきよりも青白い。禁忌を使った代償が、顔に出ている。


「ごめんなさい」


また謝る。

その癖が、もう痛い。


「あなたを救世主にするつもりはありません」


魔法使いは先に釘を刺した。


「私が欲しいのは、解決ではなく――線引きです」


「線引き?」


「止めるところを、止める。

やらなくていいことを、やらない。

全体を救う前に、壊れる人を増やさない」


城壁の向こう、夜の街に灯が散っていた。

その上空に、うっすらと光の膜が見える。結界。

薄い。頼りない。張り替えを繰り返した布みたいに。


「……これ、あんたが?」


「私が維持しています」


当たり前みたいに言って、魔法使いは喉を押さえた。

咳を飲み込む仕草。

限界が近い人間の仕草。


「私は、頑張らない」


私は言った。言ってしまった。


魔法使いが目を見開く。


「全部はやらない。正しいからって続けない。

世界を救う話なら、帰る」


静寂の中で、彼は小さく頷いた。


「それで構いません」


声が少しだけ震えた。


「救わなくていい。

壊れない線を、引いてほしい」


私は息を吐いた。

仕事を断れなかった自分が、ようやく言えた言葉の気がした。


「……まず一つ、聞く」


「はい」


「この国は、誰が“止めろ”って言える?」


魔法使いは、答えに詰まった。


詰まったまま、言った。


「……誰も」


その一言で、全てが分かった。

正しさが止まらない世界。責任が分散して、誰も止めない世界。

私の世界と、同じだ。


そのとき、遠くで鐘が鳴った。

夜中の鐘じゃない。警鐘だ。


結界の膜が、目に見えて揺れた。

薄い布が風に裂けるように。


魔法使いが顔色を変えた。


「来ます……!」


「何が」


彼は、私を見ずに空を見た。


「――裂け目が」


結界の一点が、黒く沈む。

夜の空が、穴を開けたみたいに暗くなる。


そこから、冷気が流れ出した。

冷気の向こうで、何かが“こちら”を見ている。


魔法使いの声が、掠れる。


「止めないと、崩れます。でも私一人では――」


私は、拳を握った。

違う。ここで私がやるのは“救う”じゃない。


まずは、線を引く。


「……ねえ」


私は言った。


「どこまでやったら、あんたは倒れる?」


魔法使いが、初めてこちらを見た。

驚いた顔。理解できない顔。


「それを……聞くんですか」


「聞く。最初に決める。

倒れる前に止める。倒れたら終わりだ」


彼の喉が動いた。


「……あと、三回」


「三回?」


「結界を補強できるのは、三回。

四回目は、多分、戻れない」


私は頷いた。


「じゃあ、三回で足りるようにする。

足りないなら……足りないままにする」


魔法使いの目が揺れた。

怖いのは、敵じゃない。

「足りない」と認めることだ。


「行こう」


私は言った。


「救いに行くんじゃない。

壊れない範囲で、止めに行く」


魔法使いは、ほんの一瞬だけ、目を閉じた。


そして小さく――

「はい」と答えた。


(第1話・了)

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


第1話で描いたのは、

「異世界に行って強くなる話」ではありません。


異世界が、もう限界だから助けを求めた話です。


主人公が選ばれた理由は、才能でも勇気でもありません。

ただ一つ――

一度、壊れて、それでも生き残ったから。


この物語では、

「正しさ」は毎回、疑われます。

「頑張ること」は、美徳として扱われません。


止める判断は、

誰かを救い、

同時に、誰かを切り捨てます。


それでも主人公は、

全部を背負わない選択をします。


次話では、

この「止める」という選択が、

はっきりとした代償を生みます。


それが正しかったのかどうか――

答えは、物語の中にも、

現実にも、ありません。


もし続きを読んでくれるなら、

一緒に考えてもらえたら嬉しいです。

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