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声劇用台本「聖木の森」男女1:1  作者: 木山京


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◆数日後。小屋で文献を読み漁るシルヴェストロ。

◆シルヴェストロ

これは違う、霊薬ならあるいは…。

古い魔法には、死者の蘇生記録があったはず…。

…いや状況が違いすぎる。

精霊化の解除…ダメだ、危険すぎる。

…何か、あるはずだ。

何か…現象として存在しているのだから…逆にすれば、まだ…まだ…。


◆シルヴェストロ(独白)

…そうして、いったい幾日が過ぎただろう。

あらゆる文献、理論、知己ちきを頼り…毎夜たどり着く結論は、不可能という言葉だ。

あの日…あの娘が私の前から消えた、あの日以来…。

起き上がることもままならなかった私の体は、かつての上体を取り戻し…。

めしいたはずの目は、再び光を見ることが出来ている。

私は、守り手の任から解放されていた。

精霊を見ることのない、ただの人間の視力と共に。

この目に世界は見えども、精霊は見えず…。

かつて聞いた森の呼び声も、あれ以来、囁くことはなくなった。

彼女がそうさせているのだろう。

私が弟子と呼んでいた、あの娘が。

肉体へ活力が戻ってすぐ、私はあの娘を探しに森へ入った。

小屋から続く、少女の靴跡。

それを辿って、決して行くなと伝えた聖木の森の、その中に。

…あの娘は、最早どこにもいなかった。

森の半ばまで続いて靴跡は、そこでふつりと途絶え…。

あとには魔法の残滓ざんしが、僅かばかり残るのみ。

あの娘が、私を解放したのだと…ただ、がく然と思い知る。

自ら精霊となった後、その力をもってして、精霊のことわりを変えたのだ。

私の目に、再び光を宿すという奇跡を伴い…。

…大馬鹿者が、と。

独りごちた私の頭上で、柊の葉が微かに揺れた。


◆ルチア

でも、後悔はしてませんよ?


◆シルヴェストロ(独白)

あの娘の、そんな微笑が見えた気がした。

顔も知らない、あの弟子の。

…取り戻さなければ。

若者が老人の身代わりに。

たとえ後悔がなくとも、それでは順序が違っている。

幸いにして、魔法使いとしての能力は、まだ私に備わっていた。

私でなくとも、この世の誰か…。

世にいる魔法使いの誰かなら、あの娘を人に戻せる。

そんな確信は日ごとに薄れ、挫折ばかりが付きまとい…。

いつしか、虚しさだけが、わかりきっていた回答を伴い、胸の奥にわだかまる。

気化し、霧散した水は元に戻らない。

精霊となった魂とは、いわばその水なのだ。

どこにでもいて、どこにもいない。

そして水ならば、ひとつところに寄り集めて戻すことができるとしても…。

精霊に加わったものたちから、特定の魂だけを抽出する術など、この世にありはしないのだ。


◆シルヴェストロ

…私は、構わなかったのだぞ。

これほどまでする価値が、私にあると思うのか…。


◆シルヴェストロ(独白)

そんな風に、いったい何度呟いただろう。

口にする度、私は思ってしまうのだ。

この小屋のかげから、あの娘が不意に顔を覗かせて…。

軽口めいた言葉と共に、微笑を浮かべてはくれないかと。

…むろんのこと、願いは願いのまま、叶うことなく過ぎ去るのだが。

そんな同じ夜の、ある時だった。


◆シルヴェストロ

護符…木星の6番か。

…いや。


◆シルヴェストロ(独白)

ふと手に取った、あの娘がいた唯一の名残り。

そこに刻まれた「まじない」の構築に、私は違和感を覚え、独りごちる。

木星の6番。

術が破壊されない限りにおいて、あらゆる霊的・魔力的な脅威を退ける。

守りに特化した、この世で最も強力な呪文のひとつ。

その魔方陣を描く筆跡と、内封された魔力には、奇妙なほど懐かしさがあった。

いや、覚えがあって当然なのだ。

…なぜ気付かなかった。

私はあの娘を、ずっと昔から知っている。


◆場面転換。

◆ルチア(独白)

奇妙な感覚だった。

頭の中がぼんやりして、体は…たとえば手足は、どこにあるかもわからない。

なのに恐ろしさはないまま、どちらかと言えば懐かしさを覚えた。

これが、人でなくなる…ということだろうか。

指を動かそうとすれば柊の葉が揺れ…。

声を発しようとすると、ささやかに風が吹く…。

森中にひしめく聖木のどれもが、私であって私じゃないような…。

前にも、こんなことがあったような気がした。

いつだっただろう。

どこだっただろう。


◆シルヴェストロ

大馬鹿者が…。


◆ルチア(独白)

誰かに、叱られていた…。

なぜかはわからなくて、でも、そう言われるのも仕方ない…と苦笑する。

声のした方に目を向けると、ひとりの魔法使いがいた。

どこかで会った気がする。

いつか一緒にいた気がする。

ついさっきも…遠い昔も…。

ああ…思い出した。

初めて、あの人に出会った頃を。

まだ私が、聖木なんて知らなかった頃…。

最初に出会った魔法使いの、あの人だ。

いや…出会った、というのは違うかもしれない。

だってあの時、私はあの人の顔も知らないままだったから。


◆場面転換。過去の二人。

◆シルヴェストロ

…ひどい場所だな。

難民キャンプで良い有様などあるまいが、それにしてもここは…。

…聞いた通り、子供ばかりではないか。

ああ、キミ、ルチアという子は?


◆ルチア

え?


◆シルヴェストロ

そういう名前の少女を探している。

知っているか?


◆ルチア

え、っと…わ、私が、ルチアですけど…。


◆シルヴェストロ

キミが?

…ふむ。


◆ルチア

あの…。


◆シルヴェストロ

…いや、盲人とは聞いていなかったのでな。

その目はどうした?


◆ルチア

…怪我した子を手当てしてたら、急に…。


◆シルヴェストロ

なるほど…失礼、少し診せてもらう。


◆ルチア

わっ…!


◆シルヴェストロ

じっとしていろ。

ふむ、暗夜のまじない…肩代わりしてしまったか。

だいぶ無茶をしたようだな。

噂になっていたぞ。

たった独りの少女が、15人からの子供を手当てしているキャンプがあると。


◆ルチア

だって…みんな、怪我してたから…。

大人のひとは、誰も残ってなくて…。


◆シルヴェストロ

医学の心得があったのは、キミだけだった、と。

どこで学んだ?


◆ルチア

お父さんから…お医者さんだった、ので…。


◆シルヴェストロ

ふむ…キミはいくつだ?


◆ルチア

11歳…です。


◆シルヴェストロ

…私がその歳の頃は、周りなど見えていなかったよ。

もっとも、焼け出された経験もなかったが…。

独りで、よく頑張ったな。


◆ルチア

…そんなこと、ないんです。


◆シルヴェストロ

うん?


◆ルチア

最初は…三〇人だったんです。

でも…だけど…どうしようもなくて…。


◆シルヴェストロ

…ああ。


◆ルチア

怪我も…お腹が空いた、って子も…喉が渇いた、っていう子も…。

何も、してあげられなくて…。

お墓しか、作ってあげられなくて…。


◆シルヴェストロ

ああ…そうだな。

そうかもしれないな。

それでもキミは…よくやったんだと、私は思う。

私が見る限り、応酬処置はどれも正しい。

キミがいなければ、誰も生きていなかった…かもしれない。

…遅くなって、すまない。

だから、私たちが頑張る番だ。

じっとしていなさい、ルチア。


◆ルチア

…はい。


◆シルヴェストロ

ふぅ…火星の2番。

この言葉に命があった。

この命は、光であった。

…よし、もういいぞ。


◆ルチア

今の…?


◆シルヴェストロ

その目に、治癒の魔法をかけた。

数日で元に戻る。

他の子供たちも診ておこう。

日暮れ前には救援が来るから、それまでの辛抱だ。


◆ルチア

魔法使い…なんですか?


◆シルヴェストロ

ああ…そうか、まだ言っていなかったか。

私は翆碧街すいへきがいから派遣された、癒し手だ。

シルヴェストロ、という。


◆ルチア

癒し手…。

マスター…シルヴェストロ…?


◆シルヴェストロ

マスターはいらんよ。

キミが私の弟子にでもなれば、また変わってくるがね。

…さて、あとはどうしたものか。


◆ルチア

あと…?


◆シルヴェストロ

キミが受けたこれは、暗夜のまじないという。

一種の魔法…もとい、呪いだ。

どちらも本質では同義だが、些か変化してしまっている。

一度は剥がれたとしても、これではまたすぐ戻るか、あるいは他の誰かに移るか。


◆ルチア

…!

あ、あのっ! 他の子には、絶対…!


◆シルヴェストロ

ああ、わかっているよ。

…私も、潮時だろうからな。

…癒し手が、戦いに駆り出されるとは…。


◆ルチア

え…?


◆シルヴェストロ

いいや…独り言だ。

護符を作っておこう、それで呪いは防げる。

肌身離さず持っていなさい。

こういう呪いは体質も変えてしまう。

あとのことは、私に任せておきなさい。


◆ルチア

はい…あ、ありがとうございます。


◆シルヴェストロ

…礼など、受け取れんよ。

では、失礼する。


◆ルチア

あの…シルヴェストロ、さん…。


◆シルヴェストロ

うん?


◆ルチア

癒し手、って…私も、なれますか?


◆シルヴェストロ

…そう思う気持ちは、わからんではないがね。

道を決めてしまうには、まだまだ早すぎる。


◆ルチア

でも…。


◆シルヴェストロ

世界を見なさい、その目で。


◆ルチア

世界…?


◆シルヴェストロ

この内乱は、もう終わる。

私は、こんな言い方しか出来ない人間だが…世界は、こんなことばかりではない。

たとえ今は陰惨なだけに見えたとしても。

多くを見て、それから決めなさい。

心が変わらなかったのなら、私はこの世の果てで待っている。


◆ルチア

果てが…あるんですか?


◆シルヴェストロ

あるとも。

滴る朝露に葉がきらめく、そこは柊たちの森だ。

私はいつでも、そこにいるよ。



◆場面転換。現在に戻る。

◆ルチア(独白)

ああ…思い出した。

そうだ、私は…私は、癒し手になれたんだ。

私に、光を取り戻してくれた人。

私もあの人に、また世界を見てほしくて…。

最後だったけれど、一度きりだったけれど…私は、あの人の夜を終わりに出来たんだ。

だから帰らなきゃ。

あの人が待ってる。

私は弟子だから。

マスター・シルヴェストロの、弟子だから。


◆シルヴェストロ(独白)

なぜ、忘れていたのだろう…。

あの娘の顔を、私は見ていたというのに。

世界は陰惨なものなのだ、と。

他でもない、私がそう信じていたのか。

だから呪いをこの身に封じ…。

だから夜のとばりを下ろし続け…。

そして私は、結局また救われたのか。

絶望しかなかった時代に、たった独りで戦い続けたあの娘を、初めて見た時のように。

…また夜に身をゆだねるわけには、いくまい。

私は師となったのだから。

あの娘の…ルチアの師であるのだから。

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