散る、火花
王宮の重い扉をあとにした途端、張りつめていた空気がふっとほどけた。
だがレオンハルトは、どこか沈んだ表情で口を開く。
「……父上の言葉、気を悪くしただろう。すまない、リディア。王家の都合で、君たちを巻き込んでしまって」
リディアは小さく首を振った。
「いえ、国のための調査ですし……避けられないことです。大丈夫です、殿下」
その“仕方のないことです”という穏やかな笑みを見た瞬間、レオンハルトは胸を締めつけられたように眉をゆるませた。
「……君は本当に強い。だからこそ、心配になる。
何か、ほんの少しでも困ったことがあれば——どんな形でも、僕を頼ってほしい。遠慮はいらない」
普段見せない弱さと真剣さをにじませた声。
リディアは思わず「そんな顔するんだ……」という驚きとくすぐったさがこみ上げ、つい笑ってしまった。
「殿下が、そんなふうに謝るなんて……意外で」
その笑顔に、レオンハルトが目を奪われる。
まるで吸い寄せられるように手が伸び、リディアの頬に触れようとしたとき——
ぴしゃり、とその手が弾かれた。
「……何をしているんですか、殿下」
冷気すら帯びた声でリアンが立ちはだかった。
その目は完全に凍っている。
「その役目は僕がします。殿下の力を借りる場面は、今後一切ありませんので」
レオンハルトはにこりと笑う。
だが目は全然笑っていない。
「そうかい? でも、それを決めるのは君じゃない。リディア嬢だ。望めば僕はいつでも手を差し出すよ。」
バチバチバチバチッッッ。
空気が一瞬で冷えきる。
(ひ、ひえぇぇ……)
リディアは肩をすぼめ、二人の間から少し後ずさる。
その緊迫の中で、レオンハルトがふっと柔らかい微笑を浮かべ、リディアの横へそっと近づいた。
「……綺麗だな、リディア」
彼はリディアの髪を指先でそっとすくいあげ——
その髪に 軽くキス を落とした。
「また会おう。気をつけて帰って」
余裕の笑みを浮かべたその視線は、完全にリアンへの挑発。
リアンは、その瞬間、殿下へ向けるには絶対アウトな表情をした。
「——帰ります、リディア姉さん」
グッと腕を取られ、リディアは引きずられるようにその場を離れた。
「え、え、ちょっとリアン!? か、髪……今……っ」
アワアワしながら振り返るリディアの視界の端で、
レオンハルトは優雅に手を振りつつ、にこりと“勝利の微笑み”を見せていた。




