図星
魔力測定が終わったあと、教師が資料を確認しながら言った。
「リアン・アーヴェント。特別診断のため、後ほど別室へ来なさい」
その場の空気がまたざわりと揺れる。
リアンは、明らかに不機嫌な顔でリディアを見た。
「姉さん……すぐ戻ります」
言いたい言葉を飲み込むように、唇をかすかに結び、渋々教室を後にした。
リディアはほんの少し不安げにその背中を見送る。
(……リアン、大丈夫かしら)
昼休憩の鐘が鳴り、教室は一気に騒がしくなる。
レオンハルトもソフィアも生徒から話しかけられ、しばらく捕まっていた。
リディアはその隙に、そっと教室を抜けた。
人が多い場所は苦手だ。
こっそりと奥の廊下を歩き、人気のない扉を開けると──
そこは、木々に囲まれた静かな庭園だった。
苔むしたベンチ、陽の光を反射する噴水、色とりどりの花々。
まるで物語に出てくるひっそりと隠された庭園のよう。
「……綺麗……」
そうつぶやき、ベンチに腰掛ける。
その瞬間──背後から声がした。
「気に入った?」
振り向くと、レオンハルトが立っていた。
「な、なぜここに……」
「君がこっちに来ていたから」
他の令嬢と違い、驚いただけで取り繕ったりもしないリディアを見て、彼はすっと笑った。
レオンハルトはベンチの端に腰を下ろし、少し距離を空けて言った。
「君は不思議だ。僕を見ても喜ばないし、媚びもしない。それどころか……僕をただの“人”として扱う」
「え……?」
「それが、とても心地いい」
レオンハルトは穏やかな表情だったが、瞳の奥に疲れが潜んでいた。
リディアは困ったように眉を下げる。
(ああ……これ、嫌われるどころか近づかれてる……)
ここで逃げてはますますフラグが立つ。
リディアは意を決し、少し俯いたまま口を開いた。
「……殿下は、誰にでも優しく振る舞っていらっしゃいますわね」
「“王太子だから”ね」
軽い口調の裏に、薄い自嘲がにじんでいた。
リディアは深呼吸し、ゆっくり顔を上げた。
「でも……その優しさは“義務”でしょう?」
レオンハルトの瞳が揺れる。
「……」
「誰にでも合わせて、王太子として正しく振る舞って……笑っているようで、全然笑っていませんもの」
レオンハルトが完全に固まった。
リディアは“嫌われるため”にさらに踏み込む。
「殿下。無理に笑わなくてもいいのです。
人を信用してないから、心から笑えないだけでしょう?」
沈黙。
風の音すら遠のく。
レオンハルトはしばらく何も言わず、ゆっくりと目を伏せた。
「……どうして……そう思った?」
「殿下のお顔を見ればわかりますわ」
「……わかる、か」
レオンハルトは小さく笑った。
だが、その笑みは今までのどれよりも人間味があった。
「誰にも言われたことのない言葉だ。
王宮では、僕の表情に気づく者なんて一人もいなかった」
リディアは目をぱちぱちさせた。
(あれ……なんか逆効果?)
レオンハルトはベンチの背にもたれ、空を見上げる。
「人を信用していないのは君の言う通りだ。
幼い頃から、誰が本心で、誰が僕を利用しようとしているか……
そんなことばかり考えていたから」
リディアは息を呑む。
こんなに静かで素直な殿下を見たのは初めてだった。
「でも……」
レオンハルトはゆっくりとリディアの横顔を見た。
「君は違う。
僕を王太子としてではなく周りの生徒達と同じ“人”として見ている」
「えっ、違いますわ。私はただ……え、えっと……」
「ああ、わかってる。君は嫌われるつもりで僕に言ったんだろう」
「っっ!?」
レオンハルトは初めて、ふっと心から笑った。
「その無防備さも、まっすぐさも……
僕は好ましいと思ってしまったな」
(ど……どうして……こうなるの……!?)
リディアの心は絶望でいっぱいだった。
嫌われたいのに、どんどん気に入られていく。
(私もう破滅フラグ真っしぐらじゃない!?)
そんな彼女の悲鳴をよそに、レオンハルトの胸の内では別の声が渦巻いていた。
(リディア嬢……君は僕の予想のすべてを裏切ってくる)
(あぁ…僕としたことが…まずいな)
(もっと知りたい……もっと近づきたい)
その瞳は、すでにただの興味ではなく、確かな熱を帯び始めていた。




