対面
馬車が止まり、ミリアが扉を開けた。
「お嬢様、屋敷に到着いたしました」
リディアは外へ降り、リアンの手をそっと引いた。
リアンは屋敷の大きさに圧倒され、足が固まったままだった。
緊張から呼吸も浅く、声が出る気配はない。
玄関前では執事ハロルドが丁寧に頭を下げて迎えた。
「クラウス様とイザベル様がお待ちです」
その名前を聞いた瞬間、リアンの肩が小さく震えた。
“呼び出されて待たれている大人”というだけで怖くなる癖が、簡単には消えない。
リディアは彼の手を軽く握り返した。
「大丈夫。怖い人たちじゃないわ」
大広間の扉が開くと、父クラウスと母イザベルが静かに立っていた。
クラウスは無口で厳しそうに見えるが、不思議と威圧感がなかった。
イザベルは上品な雰囲気の中に、自然な明るさと温かさがある。
リディアが前に進む。
「お父様、お母様。紹介したい方がいます。リアンです」
リアンも前に出ようとしたが、体が強張って動かない。
声も喉の奥で固まってしまっていた。
クラウスはその様子を見て、ゆっくりと一度うなずいた。
「……そうか」
短い言葉。しかし拒絶はなく、静かに受け入れる気配だけがあった。
イザベルは優しい笑みを浮かべたまま、リアンに向き合う。
「緊張しているのね。無理しなくていいわ。ここでは安心して大丈夫よ」
その声は落ち着いていて、かすかに胸の緊張をほぐしてくれる。
リディアはリアンの背中に手を添えた。
「ゆっくりでいいの。名前だけ言えれば十分よ」
クラウスも短く声を添えた。
「急がなくていい」
リアンは深く息を吸い、小さく震えながらも言葉を絞り出した。
「……り、リアン…といいます」
イザベルは柔らかくうなずいた。
「ご挨拶してくれてありがとう。貴方が来てくれて嬉しいわ。」
クラウスも静かに頷いた。
リアンの肩の力がゆっくりと抜けていった。
その様子を見ながら、リディアは胸の奥で静かに思う。
(悪役令嬢に転生したけれど…両親だけは本当に恵まれてる。リアンにも家族に愛されるあたたかさを知ってほしい)
大広間には、静かに温かさが広がっていた。




