怒涛の1日
注目を大いに集めながら、なんとか次の教室に到着し、扉を開けた瞬間――
……はい、ざわつき発生第2ラウンド。
「アーヴェント公爵令嬢……!」
「弟君も綺麗な顔……すご……」
「聖女様…可愛らしい…」
「っていうか王太子殿下までいるの??」
フェリクスくんのほうもチラッと見られたけど、
「……ああ、あの赤髪の子ね」
「なんか陽キャっぽい」
「あいつは…まあ、いっか」
……以上で終了。
彼だけ扱いが雑すぎる。
(フェリクス君…強く生きて……)
私はただ席に座りたいだけなのに、
周囲の視線はこっちに全集中。
レオンハルト殿下は相変わらず微笑んで距離を詰めてくるし、ソフィアさんは心の底から心配してくれて可愛すぎるし、フェリクスくんは「いや〜すげえなぁ!」と終始呑気。
リアンはもう……静かに暗黒オーラを纏っている。
授業が始まっても視線が気になりすぎて、
黒板の文字が一切入ってこない。
(お願いだから普通に授業受けさせて……!
私は平凡な当たり障りのない令嬢でいたいの……!)
こうして初日は混乱とざわめきのまま終わった。
◇
夕食後、私は自室に戻ると同時にベッドへ倒れ込む。
「…………むり…………」
枕に顔を押しつけながら、
今日のあらゆる騒動を思い出す。
(どうして私、王太子でも聖女でもないのに中心に巻き込まれてるの!?良い人作戦頑張りすぎた!?)
頭を抱えてゴロゴロ転がっていると――
コン、コン。
扉を叩く音。
「……姉さん。起きていますか?」
リアンだ。
私は跳ね起きた。
「え、な、なに?」
扉の向こうで、少しの間。
「初日でしたし……今日は疲れたでしょう。
眠れないのでは、と気になりまして」
(なにその声……優しい……)
姉として扱われてるはずなのに、
なんか違う。
「へ、平気よ!寝ようとしてたとこ!」
また静かに間があって、
「……なら、よかった。
ゆっくり休んでください。姉さん。
……明日も、僕がそばにいます」
その言い方が、
まったく“弟”ではなかった。
胸が跳ねる。
……と思った瞬間。
扉が、ゆっくり開いた。
「えっ……リアン?」
顔をのぞかせたリアンは、
昼間よりもずっと静かで、
そして――
色っぽかった。
黒髪は少し乱れ、
赤い瞳は昼より深い光を宿している。
なんだか、表情が妙に大人びて見えた。
「……姉さんの声が、少し震えていたので」
近づく。
距離、近い。
(ちょっ……え……待っ……近っ……!)
リアンは私の顔色を確認するように覗き込み、
静かに微笑んだ。
その笑みが――
どう考えても“弟”ではなく、
“男”の顔だった。
「無理しないでください。
誰に何を言われても……僕が守ります」
耐えきれず、私は後ろに下がってベッドに沈んだ。
「なっ……えっ……あ……ありがとう……?」
(な、なんで私……ドキッてしてるの!?
これは違う、これは心労からの動悸……!
そうよ、きっとそう!)
リアンはほっとしたように息をつき、
扉を閉める直前、低く囁いた。
「……おやすみなさい。姉さん」
その声に、また胸が跳ねた。
扉が閉まったあと、私はベッドに倒れ込み、
両手で顔を覆った。
「今日……なに……どうしたの……リアン……
いや私もどうしたの……?」
胸が変に熱くて、ざわざわして。
(明日こそ……もっと穏やかに……
静かに暮らして……断罪回避して……!!)
強く願いながらも、
眠りにつくまでずっと、
胸の熱は消えなかった。




