噂の姉弟
式典が終わり、大広間から各クラスへ移動する時間になると、
新入生たちは名簿を覗き込みながら慌ただしく廊下へ流れ込んだ。
リディアとリアンも自分たちのクラスへ向かう。
「A組……ここね」
「姉さん、足元を気をつけて」
リアンは相変わらず自然にエスコートしてくれる。
その度に令嬢達が小さく悲鳴を上げるのは、もう日常になりつつあった。
そんな悲鳴を聞きつつつ、クラスの扉を開けた瞬間
「おっ、アーヴェント家の美形姉弟じゃん!
式典の時から気になってたんだよな!」
勢いよく話しかけてきたのは、
明るく弾む 赤髪 を肩で結んだ少年。
瞳もどこか悪戯っぽく輝いている。
「俺、フェリクス・ロウデル!フェリクスでいい!
いや〜同じクラスとか運いいわ!」
リディアが戸惑っている横で、
「……声が大きいです。少し離れて」
リアンが冷たいトーンで言い放つ。
フェリクスは一瞬だけ固まったが、
すぐにニッと笑った。
「マジか、弟くん怖っ。でも嫌いじゃねぇよ、そういうの」
リアンの目がわずかに揺れた。
(……無礼ではあるが、敵意はない)
リアンの警戒心が、ほんのわずかだけ静かにほどけた瞬間だった。
そして、席へ向かおうとした瞬間
今度は周囲から小さなざわざわが寄ってくる。
「リディア様、もしよろしければ……」
「リアン様にご挨拶を……!」
「お席ご一緒でも……!」
令嬢たちが遠慮なく押し寄せてきた。
目的はもちろん――リアンだ。
しかしリディアが気づいて振り向くと、
「あの……無理に近づかなくても大丈夫ですわ?
ゆっくり探しますので……」
柔らかい声で一歩下がる。
令嬢たちは一瞬だけ目を見開いた。
「……あら、思ったより控えめ……」
「もっときりっとした方かと……」
好感が静かに芽生える。
令嬢達の興味は僅かにリディアに動き始めていた。
――だがその瞬間。
リアンが静かに前へ出た。
「押し合うのは危険です。姉さんが困っています」
声は落ち着いているのに、
その後ろから“凍るような気配”が流れた。
令嬢たちはびくりと肩を震わせた。
「す、すみません……!」
「ご迷惑を……」
完全には退かないものの、
距離を取って様子を見る形に変わった。
フェリクスはその様子に吹き出した。
「リアン、お前さ……声めっちゃ優しいのに、圧が怖ぇんだよ!」
リアンは淡々と返す。
「事実を述べただけです」
リディアは苦笑しつつ、胸に小さな不安を抱えた。
(あの……リアンの人気……すごくない?
弟がモテるのは嬉しいけど……なんだか、もやっとする……)
理由の分からない感情が胸をかすめた。
令嬢たちは距離を取りつつも、
リディアをこっそり観察し続けている。
「意外と話しやすそう……?」
「もっと知りたいかも……」
その評価はゆっくり積み重なっていく。
そして――
彼女たちが後に“リディア推し”へ転ぶ序章でもあった。
フェリクスはそれを見て大笑いする。
「ははっ、このクラス面白すぎるだろ!」
リディアは頬を押さえ、ため息をつく。
(わ、私……静かに生きたいだけなのに……)
学園初日。
まだ始まったばかりなのに、すでに波乱の気配が満ちていた。




