王太子の予感(レオンハルト視点)
【レオンハルト】
レオンハルトは、大広間をゆっくりと見渡していた。
華やかな色のドレス、少し緊張した顔の新入生たち。
賑やかなざわめきの中で、彼の視線は自然と一人の少女へ向かった。
――アーヴェント公爵令嬢、リディア。
茶会で会って以来、気になって仕方のない存在だ。
控えめで、礼儀正しく、美しい。
だが、王太子である自分を避ける数少ない令嬢。
(今日も……距離を取る気なのかな)
半ば楽しむように視線を向けた瞬間、
レオンハルトはゆっくり目を細めた。
(なるほど。賑やかだね)
リディアの周囲には、新入生たちの視線が集まり、
そのたびに小さなざわつきが起きていた。
「すごい綺麗……」
「アーヴェント家の令嬢ってこんな……」
「笑った……」
その反応を見るたび、レオンハルトは思う。
(彼女は本当に“気づいていない”んだな。そこがいい)
だが、もっと面白いのは――
リディアの横に立つ少年だった。
黒髪に赤い瞳。
姉の前に一歩進み出て、周囲をすべて警戒するような射抜くような瞳。
リアン。
茶会でも感じた“特別な空気”は健在で、
むしろ研ぎ澄まされているように見えた。
リディアへ向けられる好奇の視線を、
ひとつ残らず淡々と払い落とすような立ち姿。
(相変わらずだね、義弟くん。
姉を守る姿勢が……普通の弟のそれじゃない)
レオンハルトは肩を揺らし、笑いを噛み殺した。
そして次の瞬間、空気がふっと変わる。
淡い水色の髪、ピンクの瞳。
祝福の光をまとったような少女――聖女ソフィア。
ソフィアは、なぜかリディアではなく、
リアンをじっと見つめていた。
瞳には驚きと興味。
まるで彼の心を読んだような、微妙な揺らぎがある。
リアンはその視線を感じ取り、
ほんの僅か、表情を硬くして視線をそらした。
(おっと……これは厄介な組み合わせだ)
レオンハルトは静かに笑った。
ソフィアは聖女として価値が高い。
しかし、レオンハルトにとっては“政治的な意味で必要な存在”であり、
恋愛として意識したことは一度もない。
だが、
聖女がリアンに興味を抱いたことで場の空気が変わる。
(リディア、リアン、ソフィア……そこに僕。
学園初日から随分と騒がしくなりそうじゃないか)
そして、視線は再びリディアへ戻る。
彼女は周囲の視線にも気づかず、
校舎と庭園に「綺麗……」と目を輝かせている。
リアンが段差をそっと引き寄せて避けさせると、
リディアは優しくほほ笑んだ。
「ありがとう、リアン。」
(……最高だよ、この鈍さ)
レオンハルトは小さく息を吐いた。
(この学園生活、退屈はしなさそうだ)




