誰にも触れさせない(リアン視点)
【リアン】
新入生が大広間に集まり、空気はいっそう騒がしくなった。
その中で、僕は姉さんの横に立ち、
周囲の視線と動きを静かに見張っていた。
姉さんは今日も、とても綺麗だった。
銀髪は光を受けて柔らかく揺れ、
紫の瞳は静かで澄んでいて、
微笑めば周囲の空気まで温かくなる。
……だからこそ、いつも問題が起こる。
「アーヴェント公爵令嬢って……やっぱりすご……」
「本当に綺麗だな……」
「隣の黒髪の子、弟らしいぞ……目立ちすぎじゃない?」
近くにいる少年たちが姉さんを見てざわつく声が耳に入る。
僕の眉がわずかに動いた。
(やめろ。姉さんを見すぎるな)
令嬢たちもひそひそ話している。
「リディア様……素敵だわ」
「あの方とお話しできたら……」
(やめろ。姉さんの素晴らしさを知るのは僕だけで良い。)
姉さんは僕に向けて笑ってくれれば、それでいい。
僕は無表情のまま周囲を見渡し、
視線を寄こす者をひとりひとり静かに見返した。
……それだけで、だいたい距離を取ってくれる。
今日も問題なく散っていく。
ありがたい話だ。
そんなとき、
ふわりと空気が揺れた。
淡い水色の髪。
ピンクの瞳。
光をまとったような、神殿の風のような気配。
(……この少女が、“聖女”。)
周囲が噂していた祝福の持ち主。
名前は知らない。
けれど、その雰囲気だけで“特別な存在”だと分かった。
ソフィアは僕を見ると、
ほんの少しだけ瞳を大きくした。
(……なぜ僕を見る?)
その瞬間、胸の奥がざらりと揺れた。
言葉にならない拒否反応。
冷たく、鋭い、動物的な感覚。
聖女が持つ祝福の光――
それが僕の内側に触れたような気がした。
理由は分からない。
ただ、直感だけが告げる。
(……この子は、姉さんのそばにいるべきではない)
聖女だからか。
それとも僕自身の中にある何かが反応しているのか。
分からない。
けれど“近づけたくない”という衝動だけは、強くはっきりしていた。
ソフィアは僕から目をそらせずにいる。
その瞳は、まるで僕の心の色を探ろうとしているようだった。
(……やめろ)
知られたくない。
触れられたくない。
そんな感情が、無意識に胸の奥で波打つ。
その背後では、また別の少年たちが姉さんを見て騒ぎ始めた。
「見た?今笑ったぞ……」
「えぐい……綺麗すぎる……」
(本当に黙ってください)
僕は静かに息を吐き、
姉さんの手をそっと取った。
「姉さん、こちらへ。ここは人が多すぎます」
姉さんは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、リアン。頼りになるわね」
その笑顔を向けられた瞬間、
胸の奥が強く熱くなる。
(その笑顔は……僕だけのものだ)
周囲がどう思おうと、関係なかった。
聖女だろうが、王族だろうが、生徒だろうが。
姉さんのそばに立つのは、
僕だけでいい。




