静かに灯る火種
その頃、王城では――。
重厚な執務室で、父王が黙々と書類に印を押していた。
紙の音だけが静かに響く中、
レオンハルトの声が空気を変えた。
「父上。アーヴェント公爵令嬢の件ですが」
父王の手が止まる。
「……どうかしたのか?」
レオンハルトは紅茶を口に運び、穏やかに微笑んだ。
「もう一度、お会いしたいと思っています」
父王は眉をわずかに上げる。
「気に入ったのか?」
「いいえ」
レオンハルトは静かに笑った。
その笑みは柔らかいが、目だけが鋭かった。
「ただ……興味深いのです」
「興味深い?」
「ええ。あの控えめな態度。
普通の令嬢とは違う距離の取り方。
そして……義弟の視線ですね」
父王の表情が少し変わる。
「視線?」
レオンハルトはゆったりともたれた。
「僕を“敵”と見ていました。
礼は尽くしていましたが、あれほど静かに警戒する少年は珍しい」
「……観察しているな」
「面白かったので」
まるで散歩の話でもするかのように言う。
そこが、この少年の危険なところだった。
父王は腕を組み、深く息を吐く。
「あの令嬢は評判が良い。
だが、お前の好みとは違うだろう?」
レオンハルトはゆっくり目を細めた。
「“僕を避けた”からこそ、気になるのですよ」
父王は苦笑に近い溜め息をつく。
「その癖は……いつか問題になる」
「興味があるからこそ、近づく価値があります」
――穏やかに落ちたその声には、
確かな意志があった。
誰もまだ知らなかった。
この小さな興味が、
やがて周囲を巻き込み、
“断罪”という大波の火種になることを。
父王はまだ気づいていない。
自分の息子が“予想外の執着”を持つタイプだということに。
そしてレオンハルト自身も――
この時点ではまだ、気づいていなかった。
静かに火は灯り、
気づかぬうちに燃え広がろうとしていた。




