黒髪の少年との邂逅
昼下がりの王都。華やかな商店街の外れ、
それまでの喧騒が嘘のように、静まり返った裏通りに
リディアの小さな足音が響く。
(ここ……ゲームではほとんど描かれなかった場所。)
奴隷を扱う市場。普通なら足を踏み入れない、影の部分。
けれど“善行”を重ねると誓った以上、見て見ぬふりをするわけにはいかなかった。
「……もし助けが必要な子がいたら、私が救わなきゃ……!」
胸の前で手をぎゅっと握りしめ、暗く重たい入口を潜る。
血の匂いと湿気の混ざる嫌な空気。
粗末な檻が並び、沈んだ目をして座り込んで人達。
リディアは歩きながら、様子を見る。
奥の奥、薄暗い影の中。
「……あれ……?」
ひときわ目を引く、小さな影。
ボロ布にくるまれ、膝を抱えてじっと座る少年がいた。
黒い髪は闇夜のように暗く、
その隙間から覗く瞳は…
血のように赤い。
周りの子供達とは明らかに違う異質な雰囲気を持っている。
リディアが近づくと、ゆっくりと顔だけを上げた。
……目が合った。
赤い瞳が、窓から差し込む光を帯びて揺れた。
少年「…………」
声は出ない。
怯えているのか、諦めているのかも分からない。
店主「ああ、そいつか。誰も欲しがらねぇ厄介なガキだ。気味の悪い赤目だろ?」
「気味悪くなんか……ないわ。」
少年の瞳は澄んでいて、とても綺麗だった。
それなのに――
店主「無口だし、働かねぇ。売れねぇから安くしとくよ。」
「っ……!」
(……人をこんな風に扱っていいわけがない。)
思わず檻に手を伸ばし、少年の前にしゃがみ込む。
「ねぇ。あなた……名前は?」
少年「………………」
「言いたくなかったら言わなくていいわ。
ただ……私、あなたを助けたいの。」
その瞬間、少年の瞳がかすかに揺れた。
リディアは優しく笑った。
「大丈夫。私はリディアよ。悪いようにはしないわ。」
少年「………………」
ほんの一瞬。
唇が、震えた。
少年「……リアン……」
「え?」
少年「……ぼくの……名前。リアン……」
小さな声。
それでも確かに響いたその名。
「決めました!」
店主
「……ん?」
「リアンを、連れて帰るわ。
私の……義弟として。」
リアンの瞳が大きく揺れた。
リディアは檻の鍵が開けられると同時に
少年の手をそっと握った。
驚くほど冷たく、細い手。
「もう大丈夫。今日から貴方はリアン・アーヴェントよ。私の大事な弟。」
「……おねえ……さま……?」
リディア
「そうよ。よろしくね、リアン。」
その言葉に、
リアンの赤い瞳が初めて“光”を宿した。
それは、後にリディアの運命を変える少年の、
最初の感情の芽生えだった。




