はじまり
リディア・フォン・アーヴェントが十歳の誕生日を迎えた朝。
目を覚まし、カーテン越しのやわらかな光を浴びた瞬間、
「……思い出した。」
前世で自分が遊んでいた乙女ゲーム
『聖女の祈りと黒薔薇の王国』
その世界の記憶が、雪崩のように脳へ流れ込んできたのだ。
この世界はゲームそのもの。
そして自分は、その物語で聖女に嫉妬し、王太子に婚約破棄され、16歳で破滅する悪役令嬢。
「ちょ、ちょっと待って!?
私、悪役令嬢じゃん!!
え、まってまって。婚約破棄!?国外追放!?」
目の前の鏡には、
銀色の髪に紫の瞳を持つ、うっとりするくらいの美少女がいた。
……だけど、美しさだけでは破滅フラグは折れない。
「いやー!!せっかく転生したのに!!!
何で聖女じゃなくて悪役令嬢なのよー!!」
前世の記憶の中にあるゲームの未来は容赦なくリディアを断罪への道へと導く。
王太子レオンハルトからの婚約破棄。
聖女ソフィアとの真実の愛を目の前で語られ、貴族達の前で公開処刑される。
公爵家の娘でありながら、家名すら奪われ国外追放…
「……こんなの、やってられない!」
ふかふかの布団をばしっと叩く。
「こうなったら絶対に、悪役ムーブはしない!
善行をとにかくして、周りの評価を上げて、
絶対に断罪回避する!!」
決意した瞬間、胸が少し軽くなった。
同時に、前世の知識も思い出す。
王国の未来には“厄災”が迫っていること。
聖女ソフィアが攻略対象達と厄災を祓い世界を救うこと。
前世では見ることが出来なかったレアキャラ、隠し攻略対象が存在がすること。
でも今は詳細が思い出せない。
「考えても始まらないわ!まずは出来ることからやらないと…人助けとか、慈善活動とか、なんでもやってやるんだから!」
ドレスの裾を揺らしながらバルコニーに出ると、
爽やかな朝の風が彼女の銀色の髪をふわりと撫でた。
この日―
リディアはまだ知らなかった。
破滅を回避するための“最初の一歩”が、
彼女の運命をまったく別の方向へ進めることになるということを。
そして、この後出会うことになる美しい少年こそが、
前世では見ることができなかった、特別な存在であることも。
「断罪を回避して、絶対に幸せになってやる」
―物語は、ここから静かに動き始めた。




