第9話 自分だけは自分の味方でいたいから
けれど・と、陽翔は軽く頭を振って本能的な苛立ちを追い払う。
目の前で辛そうに俯くマリアナは、好んで自分を卑下しているわけではないのだろう。そう思い至るのと同時に脳裏を過ったのは、異界を覗くたびに遭遇した派手な青年だった。
彼はいつも彼女に強い語気を向け、追い詰めているようでもあった。
(あぁ、だから)
ふと、陽翔に苛立ちをもたらすマリアナの自己評価の低さ。その根源は第三者からの評価なのだろうと、理解できた。
「マリアナさん」
呼び掛ければ、返事のかわりに再びの柔らかな笑みが向けられる。
「自分で、役立たずなんて言わない方が良い。自分で自分を傷つける必要なんてないと思う」
言いながら、自身はどうかと振り返る。タバコを持ち出し、悪ぶることで思い通りにならない人間関係を全てクリアしようとした行動は、自分を傷付けていないと言えるのだろうかと。
「俺も人のこと言えたもんじゃないけど……自分だけは自分の味方でいなくちゃ」
その思いがあるからこそ陽翔は、周囲からの評価を悪い意味で変え、身体を毒する可能性のあるタバコを使うことが出来なかった。最終兵器や劇薬とも成り得る、力を持つアイテムだと思いつつも・だ。
「自分を貶める“役立たず”なんて言葉を認めてしまうのは、それこそ、マリアナさんが言った通り、傷ついているのを隠していることになるんじゃないかな」
陽翔は、とつとつと自分に言い聞かせるように思いを言葉に乗せる。語る間に、マリアナの瞳が大きく見開かれ、その表面に水の膜がうっすらと盛り上がってゆくのが見えて、陽翔はうろたえた。
「ごめん、偉そうなこと言ってっ。マリアナさんに悲しい思いをさせるつもりは無かったんだけどっ! 俺だって偉そうなこと言えないんだけどっ」
「あ、いえ。これは……涙が出ちゃったのは、悲しいんじゃなくて。ほっとしたからだと思います」
指先で、溢れ出た涙をぬぐいながら、マリアナは笑みを浮かべる。
「頑張ってはいるんですけど、上手くいかなくて。わたしには力があるけど、応えられなくって。
頑張れってお言葉を受けるたびに、実現も反論もできないわたしが情けなく思えたり、辛かったりしていたから。役立たずって言葉を受け入れたら、とても楽な気がしていたんです。
けど、確かにコレを言うたびに小さな言葉の破片に傷つけられていたかも知れません」
「アイツのこと、言ってる? マリアナさんの居る所と繋がった2回とも後ろの方に居た、派手なアイツ。確かに、でっかい声出して文句言ってたよな」
マリアナは、その「アイツ」が陽翔にそっくりだと言っていたが、結局二度ともじっくり顔を見てはいないので、全体の煌びやかな雰囲気しか覚えていない。だから「派手なアイツ」としか言えないのだが、マリアナはその言葉にキョトンと目を丸くし、堪らずと云った風に噴き出した。
「え!? 何? 何か俺、変なこと言った!?」
「ふふっ。ええ、とっても。“派手なアイツ”とハルト様は瓜二つの面差しでいらっしゃるのに、お考えも違えば、とられる表情も常に厳しく自分を律していらっしゃる殿下に対して、ハルト様はとても豊かでいらっしゃって。同じお顔でわたしを奮い立たせようとするなさりようまで真逆なんですもの」
涙を拭いながらくすくすと笑うマリアナが、いじらしくも儚げで。
「文句ばっか言ってるやつの言葉なんか気にすんな。んで、俺はあいつとは違うから」
自分自身のことで余裕がないはずの陽翔だったが、何故か壊れそうな彼女のことが心の何処かに、無視できない存在感を放ってカチリとはまった。