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第8話 ドキッ♡異世界聖女と迎える朝は微妙な背徳感と共に


 早朝の柔らかな日差しが射し込む二階の六畳間。

 伊咲(いさき)家の誰よりも早く起き出した陽翔(はると)が、本棚や椅子、衣装ケースで区切った室内の向こう側に、そっと声を掛ける。


「いい? 着替えたら、できるだけ静かに、目立たないように。まずは、誰にも見られないように家を出るからね」


「わっ、わかりました!」


 急造の壁の向こう側から、少女の若干の緊張を孕んだ声が響く。がさごそシュルリと衣擦れの音が止み、障壁に背中を向けていた陽翔に「準備できました!」の声が掛かった。そっと振り返れば、黒髪の少女が纏った衣服を不思議そうに引っ張りながら姿を現す。


「コレが、魔物さんの異界に紛れるための装備なのですね……不思議な着心地です」


 腕を曲げ伸ばししながら小首を傾げる彼女は、学園の長袖ジャージ姿だ。もちろん陽翔の持ち物である。特段大柄でもない陽翔だが、華奢な彼女には大き過ぎるので、裾をロールアップし、袖は萌え袖状態となっている。

 更には胸元に刺繍された陽翔の苗字「伊咲(いさき)」が、とんでもない背徳感を醸し出しているのは気のせいか――。


 それが、対人こじらせ男子の陽翔には、とどめとなってしまった。くぅっ・と喉の奥から絞り出す声が出て、ぶわりと頰に朱が上る。


「はっ!? 顔色がおかしいですっ、魔物さん! もっ、もしかすると聖女のわたしから溢れ出る、聖なる魔力が魔物さんに危害を加えていますか!?」


「違うから! 気のせいだからっ!!」


 右手で顔面を覆い隠しつつ、左手を突き出して拒絶を表す。

 だが、その手がハッシと握られた。


「傷付いているのを隠すのは良くないです! 魔物さんの顔色は普通じゃないですよっ」


 距離を置く意図を込めた手を、両手でガシリと掴まれた。


「ちょっ!?」


「ほら! 真っ赤じゃないですかっ!!」


「越境してるからっ!! ソレに気安く触れるの禁止は、お互い様だからっ! 昨日散々俺にひでー疑いをかけて、長ーーーーーい道徳話しで牽制しまくったの忘れてるだろ!?」


「はうっ!? そうですっ!! そうでしたっ!! 魔物さんは、ちゃんと慎みと自制を持っている紳士な魔物さんなんです。わたしには分かります! ですから姿形が等しくとも、年頃男女の慎ましくない行いなんて起こそうなどとは決して考えないはずですよねっ!」


「だったらこの手はなんだよっ!?」


「ふぁっ!?」


 掴まれた手を持ち上げて見せ付ければ、陽翔(はると)と同じく頰を真っ赤に染めた少女が、慌てて3歩飛び退()く。しっかりいている様で、どこか抜けている少女に胡乱な視線を向けた陽翔は、昨晩のドタバタを思い起こして深く息を吐いた。


 ――昨晩、見慣れた室内とは異なる様相を呈していた医務室から、陽翔と共に中庭に落ちた少女。彼女は慌てて医務室に戻ろうとしたが、再び中を覗けばそこは見慣れた内装に戻っていた。陽翔にとっては。


 ところが少女にとっては全く覚えのない場所で、想定外の現象で、呆然と立ち尽くす事しか出来ない様子だった。そんな彼女を置き去りにすることも出来ず、取り敢えず自宅へ連れ帰ったのだ。窓から覗き込んだあの時、押し出されようとして咄嗟に掴んだ少女を諸共に引きずり出してしまった自覚はあるから、若干の後ろめたさを伴っていたのもある。


 家族に説明するのも面倒で、帰宅するなりひっそりと自室に籠り(その過程でひと悶着あったのだが、よくある男性の部屋に二人きりになるのは云々の()()である)、食事もカップ麺を持ち込んで摂った。だが、特に誰かに干渉されることも無かった。年齢を経るにつれ、面倒な存在になった親と距離を取り始めてからの行動としては、特に珍しいことでもなかったからだ。


「あの、ここには本当に魔物さん以外の魔物さんが住んでいるのでしょうか?」


 おずおずと少女が聞いてくるのは、そんな事情で昨夜から誰一人として顔を合わせていないからなのだろう。けれど高校生男子と両親なんてそんなものなのだ。そんな当たり前のことよりも、陽翔は気になっていたことがあった。


「いる。って云うか、陽翔(はると)。俺の名前は、魔物さんじゃなくって伊咲(いさき) 陽翔。イサキか、ハルトって呼んで」


 むっつりと口角を下げつつ、ぶっきらぼうに告げる。すると、少女はキョトンとした後、花が咲く様にふわりと笑った。


「ハルト様! 素敵なお名前をお持ちでしたのね。わたしはマリアナ・パレスです。けれどパレス公爵家の者としては役立たずで……えっと……なので、だから、家名ではなくマリアナと、名で呼んでください」


 役立たずと言葉にする瞬間、マリアナは温かな色を纏った表情を一転して曇らせる。しゅんと眉をハの字にする彼女は、そう言えばいつも自信なさげに「ごめんなさい」と繰り返していた。


(なんだ? 自分で傷つきながら「役立たず」なんて悪く言うのはおかしいだろ?)


 咄嗟にマリアナに対する苛立ちが頭をもたげた。

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