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第4話 汚れを寄せ付けない医務室の不思議な力


重苦しい気持ちとは裏腹に、朝から気温25度を超える快晴の一日が始まる。


「……ない」


登校する生徒も疎らな始業一時間前の高校。

朝の怪異かと思いきや、声を発しているのは陽翔(はると)だ。

昨夜はまさかの出来事に翻弄され、目当てのものを目にしつつ取り戻すことが出来なかった。だから、朝一番で医務室に入り込み、回収を試みたのだが見当たらない。


伊咲(いさき)くん? 今朝は早くから何をしているのかしら」


かつん、とパンプスのヒールを鳴らして入室して来たのは、この医務室の主――銀髪にも見える滑らかな白髪を、サイドで優雅な流線を描く様にゆったりと撫で付け、後頭部の低い位置で上品に一つに纏めた白衣の養護教諭 羽理(はり) 須美子(すみこ)。上品で柔和な笑顔で、教室に入ることを躊躇う生徒らを癒し、導く、結道(ゆいとう)高等学園の母と慕われる教師だ。


集団生活に息苦しさを感じる陽翔も、しばしば世話になっている。


「あ、いえ……えっと、お世話になっている医務室の掃除を、始業前にやろうかと」


「ふぅん? 殊勝な心掛けだけど、お掃除なら間に合ってるわ。このお部屋はね、不思議と全く汚れることがないの」


言って、うふふと笑う羽理の笑顔が、とこか含みを持って見えるのは、昨夜の不可解な出来事のせいか。


(まぁ、確かにココに逃げ込んでる間、掃除班の生徒(やつら)に邪魔されたことは無いよな)


だからこそ、20時まで眠り続けてしまう事態にもなったのだが。


この場所は、義務と規則から一時的に心を守ってくれるコロニーだ。集団生活や、教室環境、友人との付き合いに、疲れを感じた生徒らが、日々密やかにここを訪れ、ひと時の安寧と癒しを得て教室へ戻る活力を取り戻して行く。何日にも渉ってここへ通う生徒もいれば、陽翔のように一日のうちに何度も教室とこの場所とを行き来する者もいて――そんな者たちが他の利用者に気兼ねなく過ごせるよう、この医務室は簡易ベッドのほか、カーテンやパーティションで区切られた小さな区画を三つまで設けられるようになっている。


「陽翔さんの2組の時間割は、曖昧な表現がお好みじゃない古典だったかしら」


「いえ、数学Ⅲです。はっきりした数字が好きな」


「あらあら、わたくしったら間違えちゃったわねぇ」


うふふと笑う羽理(はり)教諭の背後で扉がからりと開き、ひとりの男子生徒が中を覗いて閉じようとする。どうやら、陽翔と同じ理由での保健室利用者らしい。タバコが見つからないなら、得意教科の受講を避ける理由もない陽翔はここに居る理由は無い。同類に場所を明け渡すのが仁義のような気がして、慌てて扉に向かう。


「じゃあ俺は、これで行きます。……掃除は要らないみたいだし、好きな教科だから」


「いってらっしゃい。そうそう、この医務室には不思議な力があってね、あなたたちの憂いや辛さを取り除くのと同じく、汚れや不要品は留まらないから。心配しなくていいわよ」


一瞬、タバコに気付かれていたのかとヒヤリとするが、柔らかな笑みには諫める色は全く見当たらない。けれども後ろめたさがぬぐい切れず、陽翔は探る視線を向ける。


「一時限目開始まであと5分ね。滑り込むには丁度いい頃合いよ」


笑顔で言われて、壁に掛かる時計を見れば確かにそうだった。なんとなく、羽理教諭に誘導されて送り出された気がするが、確かに彼女の言う通りだったので教室へ急ぐことにした。


人気のまばらになった廊下を進む陽翔の足取りは軽い。


羽理(はり)教諭の言った通り、朝はタバコと不可思議な少女のことが気になって混乱していた気持ちが、医務室を出た今は、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がしていた。



◇ ◇ ◇



「マリアナ、お前には力がある! だが今はまだ、王太子妃となる覚悟と、聖女の血筋に生まれついた責務に対する自覚が足りていない! だからいつまでも聖女の力を使いこなせず、結界を綻ばせ、魔物をのさばらせる。圧倒的に修行不足なのだ!! 私と共にこのローランシア王国を護り、発展させる礎となれるよう心身を鍛え直すのだ!

なぁに、今は少し苦しく辛いかもしれない。だがきっと、私の隣に立つに相応しい能力に開眼した暁には、強く私に感謝することになるだろう」


「ふぅぇえっ!? ごめんなさい、ごめんなさいぃ! わたしには無理ですぅっ」


ガッシャン


異界の扉が開き、異形が顔を覗かせるとの噂の絶えない礼拝堂。その場所に、マリアナは婚約者たるレンベール王太子によって閉じ込められてしまった。

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