第3話 裏表世界の邂逅は、戸惑いとすれ違いだらけの不条理で
明かりも点いていない真夜中の医務室で、まさか生徒と思しき女子と対面するとは思わなかった陽翔だ。わずかに呆けた後、彼女が背後の扉に向かって駆け出そうとしたのを見て、はっと我に返った。
「あ、待って! 俺、落し物しただけだからっ!! それだけ拾ったら帰るから!」
慌てて声を上げれば、少女はギクリと両肩を強張らせた後で、虚を突かれた表情で振り返る。
「お、おとし……もの?」
「そう! それを持ち帰りたいだけだから」
陽翔は思い掛けない先客の存在に焦りつつ、早口で捲し立てた。ふと、窓際の床へ視線を落とせば、不揃いな木目が目に入り、その視界の隅にくしゃりと歪んだ手のひらサイズの小さな箱が映る。3カ月間封も切らずに持ち続けた、グリーンでロゴが描かれているメンソール系の煙草だ。すっかり見慣れたソレは、目当てのもので間違いない。
その先の床が、やけに落ちている物を引き立てる艷やかな白になっていることに、若干の引っ掛かりを覚えるが、そんなことより今は問題物体の回収だ。
「あ、それ! それが欲しいだけだから。よかったぁー!! そんな目立つところにあったら、すぐにセンセーに見付かるとこだった」
心底ホッとしつつ、箱を取りに医務室へ入ろうと、窓を開けて足を掛ける。だが、安堵に表情を緩ませる陽翔に対して、少女はぎょっと目を剥いた。
「だめっ!」
言葉と同時に突き出された両手で、ドンと強く押し戻される。
「えっ!? なんでっ」
間の抜けた声を上げつつ、呆気なく体勢を崩した陽翔の身体は、仰向けに窓の外へ傾いてゆく。
その瞬間見えたのは、慌てて背後を振り返った少女と、彼女の後ろから現れた艶やかな金髪に、豪華な服を着た超絶美形の男。そして、見慣れた医務室とは異なる、真っ白な壁と柱の簡素すぎる部屋だ。
「誰だ、ソイツは!? マリアナ、お前は聖女の務めも満足に果たせぬ癖に、堂々と不貞を働くか」
「ごめんなさいっ、結界は今すぐに張りなおしますから! あの、けど、不貞は誤解でっ、ごめんなさいはソコには掛からなくって……。えっと、だからそうじゃないんですぅ」
青年から怒声を向けられ、少女が声を震わせる。どうやら陽翔のことで揉めているらしい。若干の罪悪感と、身に覚えのない疑いを受けた焦りとに苛まれるが、こちらは仰向けに倒れようとする途中だ。どうすることも出来ないまま、背中に強い衝撃が加わる。
「はっ! 見え透いた嘘を吐くな。お前の傍に男が居たのは、私だけでなく近衛騎士達も見ているのだ。役立たずなだけでなく、見苦しい言い訳をするとは。ついに能力が錆び付いただけでなく、心根まで腐り始めたか!」
「ごめんなさい……。いえ、ごめんなさいじゃなくって。ぅう……、男っていうか、魔物っていうか」
「このような神殿の奥深くに、魔物の侵入を許したとなれば、益々お前の聖女たる資質が問われることになるな!」
「ふぇっ!?」
ハッキリと言い返すこともなく、はわはわと口籠る少女の声がやけに耳に付く。言うべきことが言えず、情けない声しか上げられない彼女に、共感とじれったさとが込み上げて、背中の痛みに息を詰まらせながらも、陽翔は身体を起こした。
「ちょっとっ! ……――あれ?」
けれども再び目にした医務室は夜闇に包まれ、誰一人としてその姿を残してはいなかった。
◇ ◇ ◇
おろおろと立ち尽くす黒髪の少女を押しのけた青年は、そこに何も存在しないのを確認すると、視線を鋭くして彼女を振り返った。
「どこに隠したんだ!?」
「かっ……隠してなんていません! わたしはそんな、殿下をだますようなことなんて致しません? ……から」
直前までオロオロしていた少女は、あからさまにホッとした様子で、胸を張ってみせる。疑わしすぎる彼女の様子に「殿下」と呼ばれた金髪の青年は、胡乱に細めた目でじっとりとした視線を向けるが、少女はハミングしつつ視線を逸らした。
「良いか? お前がいつまでも聖女の能力を開花させなければ、私の王位継承までもが危ぶまれるのだ! 私はこのローランシア王国を継ぎ、発展させるべく研鑽を積んでいる。なのにお前は努力をしているのか!?」
「はぅっ!? ……ごめんなさい。がんばっては・いるん、います、けど……ごめんなさい」
再び自信なさげにへにょりと眉尻を下げて俯いた少女に、金髪の青年のみならず、その背後に付き従う騎士らまでもが険しい視線を向けるのだった。
自信と自己肯定感超低めの異世界聖女マリアナは、この先ふたたび現実世界の伊咲 陽翔と邂逅することになりますが……この出会いですから、一筋縄ではいかない再会が待っています!
どんな再会が待っているのか!? 気になっていただけましたら、ブクマでお待ちくださると嬉しいです(*'▽'人)