第20話 レンベール王太子、襲来!
キャウゥゥゥゥーーーーーーーーーーーゥゥゥン
鋭い鳴き声を聞き取った羽理が、医務室と廊下を隔てる扉を開ける。と同時に、黒い小さな影が室内に矢の勢いで飛び込んだ。
「うわわわ! 先生っ、窓ガラスにカラスが突っ込んだ!!」
「え!? 待って、待って!? これ、ホントにカラス!?」
「ちょ、ナニコレ? 今ケータイで調べてみるから」
スマホを掲げて、床に落ちた闇竜に向けようとする三人組の前に、羽理が割って入る。
「はいはい、たった今、朝のホームルーム始まりのチャイムが鳴ったわよ。早く教室に行かなきゃ、遅刻になっちゃうんじゃない?」
「「「あ!」」」
声を揃えた三人が慌てて扉に向かおうとしたところで、再び医務室のガラス窓に何かが強くぶつかった音が響く。同時に羽理が「まぁ、なんて間の悪い」と小声で漏らすが、彼らの耳には入っていない。それどころか、揃って同じ一点を見詰めてガタガタと震え始めている。
「「「あ、あ、あ……手、手形が、増えてっ……」」」
びたん、びたん びたっ! びたんっ!!
何故なら、彼らの目の前で、ガラス窓を仄明るい白い光を帯びた手が、何度も打ち付ける怪奇現象が繰り広げられ始めたからだ。
ばんっ!!!
一際強い打撃が窓ガラスに与えられ、ついに高い音を立てて一枚のガラスが室内側に砕け散った。と同時に、嗅ぎなれない空気の匂いが流れ込んで来る。
「マリアナーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
次いで、怒号ともとれる大声を上げつつ、金髪を振り乱した人間が室内に転がり込んで来た。
「「「うわぁぁぁぁああああああぁあぁぁぁあーーーーーーーー!!!!」
声の大きさを競うように三人が這う這うの体で医務室から逃げ出そうとする。が、退室しようとする彼らを阻んで、扉から飛び込んでくる人影があった。
「羽理先生っ!! 闇竜が来ただろ!? 何かあったのか!?」
陽翔だ。その背後にはマリアナも遅れて付き従っているが、三人組が目にしたのは、ガラス窓を突き破って現れた金髪と、扉から飛び込んできた金髪。どちらも同じ顔な上に、揃って必死な形相を浮かべて尋常な様子でない一揃い――。
「「「ぎゃぁぁああああぁあああ!!! 怪異に挟まれたぁぁぁああーーーーーーーーーーー!!」」」
なんとも失礼な恐慌状態の三人を前に、唖然とした二人の金髪が押し黙ると、陽翔を押し退けてマリアナが飛び出す。
「大丈夫ですよっ! わたしが付いてますからっ!!」
力強い笑顔を振りまくマリアナに、涙や鼻水を垂らした三人の視線が吸い寄せられる。凛とした明るい声は、一瞬で彼らの耳から心の奥にまで染み渡る。
「なにがあっても学園聖女の名を冠するわたしが、きっとお守りしますから!」
演技がかった大袈裟な仕草で、泉から現れた女神の様に両腕を大きく広げて見せる。
その姿を背後から見た陽翔は、彼女の耳が微かにピンクに色付いているのに気付いたが、思いついた言葉を飲み込んで、じっと見守る。
(マリアナさん、この場を何とかするのに一生懸命に自分を奮い立たせてるんだ……頑張れ!)
マリアナを見詰めながら、自身の握る拳に、いつの間にか力のこもる陽翔だ。
――嘘でもホントになるようにすればいい。最後さえ帳尻が合えば、後はなんとかなる。そう言った羽理の言葉を実現するため、マリアナは異世界の脅威から学園を護ろうと必死で立ち向かっている。
そんなマリアナの持つ、周囲に安寧をもたらす聖女の力と、自身の魅力を存分に発揮した笑顔の鼓舞によって、迷える者らは落ち着きを取り戻した。
それは、生徒だけではない。
「マリアナ!!!」
金髪の一人。レンベール王太子が、マリアナの側にいる危険な魔物たちを退治しようと、腰に佩いた剣をスラリと引き抜く。そのまま一番手前の魔物に向けて、切っ先を真っ直ぐ下に向けた。
鋭い剣先は、窓にぶつかって未だ昏倒したままの闇竜に突き立てられようと降りて行く。
「ぅおぉいっ!! 何やってんだよお前っ!」
咄嗟に陽翔が、手にしていたモノを力いっぱいレンベールの手元に向けて投げ付ける。
屋上から回収していた、闇竜を懐かせたアイテム——リンゴをくるんだタオルケットだ。帰り道を探してすっ飛んで行ってしまった闇竜を、安全な屋上に戻すのに必要だろうと引っ掴んで来たのだが、まさかこんな使い方になるとは思ってもみなかった。
その長閑なアイテムが、レンベールの手元に当たって剣の軌道を変える。
ガンッ
モノを穿つ鈍い音を立てて、レンベールの剣はフローリングの床に突き立った。
「っぶねーだろ! やめろっ!!」
危険人物から武器を取り上げようと、陽翔が教科書のパンパンに詰まったリュックを手に取り、未だレンベールが握ったままの剣の柄に勢いを付けて振り回してぶつける。
「つっ!」
見たことも無い、重い黒い物体での打撃に、レンベールは、堪らず剣を取り落とした。
陽翔がレンベールの足元に飛び込み、闇竜と剣をサッと両手に抱えて扉側へ飛び退る。
その直後、割れた窓を背にしたレンベールの背後の景色がグニャリと歪み、仄白く発光する何体もの人影がこちらに向かって腕を突き出してきた。
「レンベール殿下!!」
ハッキリと呼び掛ける男たちの声は聞こえる。けれど、白い影はハッキリとした像を結ばず、腕以外の姿を窓から見せることも無い。
マリアナを挟んで、二人の金髪男子が激しく睨み合う中、うふふ、と場違いにも軽やかな笑い声が響く。
「そうよねー、そう何人も簡単に来られるわけがないわ。魔力の高い聖女クラスの人間か、高位の魔道士らを使える王族でないと、異界への壁は乗り越えられないわよね。
ならやっぱりこの後始末は当人にやってもらうしかないわよね」
羽理が、レンベールに黒い笑顔を向けてパチりとウインクしてみせた。




