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その嘘ホントの学園聖女は、不器用男子の腕の中 ~裏返り怪談は時空を越えるラブ♡フラグ~  作者: 弥生ちえ(弥生 知枝)
第2章 異世界聖女は男子高生とともに怪奇現象の後始末に奔走する
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第18話 しつこい油汚れ並みにこびり付いて増える手形、手形、手形……




 びたん





 と、夜闇に閉ざされた校舎の窓ガラスに、ぼんやりと白く光る手形が現れる。



 ひた、びたん  びた⋯⋯



 幾つもの手形が、執拗に現れては、消えを繰り返す。時折、悔悟に満ちた声をも響かせながら。


 びたん  びた


 大きく広げた手形が、ガラス窓にクッキリと指跡を残して、何かを掴もうと力を込めて窄まっては消えて——


「君のあたたかな笑顔が、冷え切った私の肺を満たしてくれて⋯⋯それで、初めて——大義を果たす力が溢れるんだ」


 切ない男の声が、空気に混じった。


 びた、びたん⋯⋯


 異変に気付いたのか、ひと気のない学園の屋上で丸まっていた闇竜が、ヒクリと鼻先を動かす。


 けれど、異変が伝える魔力の揺れは、闇竜の望む変化には程遠く、少々名残惜しげにキュウと鳴き声を上げると、再び静かに目を瞑った。



 ◇ ◇ ◇



 羽理(はり)が、眉間に寄った皺を揉みほぐしながら、湿らせた雑巾で窓を拭く。


「ほんとにもぉ、こちら側の面倒には気付いていないわよねぇ、きっと」


 溜息交じりにボヤいたところで、丁度屋上から戻ったマリアナが医務室へ入って来た。医務室保管のスペアの制服を纏った彼女は、初日に着た体操服を陽翔に返しに行っていたのだ。


「わゎっ!? こっ、この手形に遺った魔力……殿下ですね。なんでこんな酷いことをするんでしょう!? お掃除だって大変なのにっ」


 プンスカと頬を膨らませたマリアナも、一緒に雑巾を握って窓を拭き始める。本来なら、結界の能力に秀でた聖女ミコーリアの領域――勤務場所である医務室は、彼女の清浄な魔力が汚れを寄せ付けない。けれども、こちら側の世界を引き寄せようとする魔力の痕跡は、汚れとは種類が違うのか、付けた主の執着が強いのか、しっかりベットリと残っている。


「付けた()()()に悪気はないのだろうけど、久々のお掃除だわ。毎日だんだん増えていくのも困りものよね。

 まあ、()()()は着実に進歩してるみたいだから、今夜あたり繋がりそうだけど。いっそのこと、こちらに来てからご自分で拭いていただこうかしら」


 うふふふ、と声を立てる羽理(はり)の笑顔は、若干黒い。無数の男性の手形は、連日増えて行く上に、軽く拭いただけでは取れないしつこい油汚れ並みにこびり付いている。浄化の魔法を掛けながらでないと拭き取れない、かなりの頑固さだ。それを連日拭き取っているのだ。穏やかな聖女とはいえ、そろそろ怒りが抑えきれないところまで来ているのだろう。


「でっ……殿下は真面目な方ですから、こちらに迷惑がかかっていることに気付いておられないのかもしれませんね。きっとそうですよ、手形は想定外のものなんじゃないでしょうか!」


 窓ガラスを拭く手に力を入れて、キュッキュと音を立てながら、マリアナが口早に捲し立てる。すると、羽理(はり)は一瞬キョトンとした後、堪らず笑い声を零した。


「あらあらまぁまぁ、随分肩を持つのね」


「そ・そんなことないですよっ! 殿下は、とっても努力家で、国民の幸せを実現しようとみんなの声を聴き、常に勉強し、すごくすごーく頑張っておられるのを、分かってるだけですからっ」


 真っ赤な顔で、あたふたと言い募るマリアナに、羽理(はり)は屋上で奮闘する陽翔の姿を思い起こして、呟く。相手は中々に手強いようだぞ、と。




 すっかりほわほわと生暖かくなった空気だったが、それを断ち切る、無機質で勢い良い音を響かせて扉が開いた。


「聖女ちゃん! 先生っ! またユーレイが出たんだよ!!」

「声がしたんだって! 何でか動画には撮れないんだけど、絶対に居るんだって!」

「って言うか、その手形っ!? もしかして裏返りの幽霊のぉぉぉっ!」


 このところ頻繁に、朝に深夜に医務室に姿を見せる三人組が、今日も元気に飛び込んで来る。と同時に「ひっ⋯⋯」と喉奥で声をひっくり返らせて立ち竦んだ。

 いつもなら生徒がやって来る前に片付けられていたのだが、日増しに強くなる執着汚れは頑固さを増し、ついに今日は一般生徒とご対面と相成ってしまったのだ。


「ソレッ!? 振られオトコの残念な手形っ!?」

「違うだろ!『縋りオトコの恨めしき懺悔』の手形だろ!」

「どっちでも良いけど、どっちも良くないからぁぁあっ!!」


 とてもではないが幽霊を表わすとは思えない形容詞を並べて騒ぎ立てる三人組に、マリアナは小首を傾げ、羽理(はり)は微笑が崩れた真顔となり、唇をひくひくさせている。微かに揺れる肩は、爆笑を堪えている証左だ。


「ちなみに、その声は何て言ってるのか聞き取れるのかしら?」


 神妙そうに眉を顰めてみせる羽理(はり)だが、声はどこか楽し気だ。


「それがさ、ユーレイって言うにはチグハグでさ。温かな光で満たしてくれる必要な存在だ・とか」

「そうそう、『必要』ってしつこいくらい出て来るよな。帰って来てくれ・とか」

「その誰かが居ないだけで、心が折れそうだ、とか。手を繋ぎたい、だとか。最愛で慈愛の化身、だとかさぁ……ユーレイが、たらたら未練を語るんだぜ……? こえぇよぉぉおっ!」


「ふぁっ!? でっ……ででで、殿下が? わたしに!?」


 三人から飛び出したまさかの証言に、マリアナが堪らず奇声を上げる。が、異世界事情など知るはずもない彼らから、ポカンとした表情を向けられて、慌てて口を噤む。


(殿下は、いつもいつもわたしのことを役立たずとか、気概と鍛錬と自覚が足りないとか、お説教ばっかりなのに!? さ、さささっ……最愛っっなんて、どう云うことでしょうっ!?)


 真っ赤に頬を染めたマリアナは、居たたまれずに医務室を飛び出した。

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