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その嘘ホントの学園聖女は、不器用男子の腕の中 ~裏返り怪談は時空を越えるラブ♡フラグ~  作者: 弥生ちえ(弥生 知枝)
第2章 異世界聖女は男子高生とともに怪奇現象の後始末に奔走する
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第16話 とりあえずリンゴで距離を縮めてみる


「いやだ! 医務室へは行きたくないんだって!! 全員一緒だって嫌だ!!」

「動画には写んないけど、絶対に何か居るんだって!」

「怖い目にばっか遭った上に、儲かんないしっ! もぉ、ココは嫌だからぁー!」



「ワガママ言ってんじゃねえ! お前らグラウンドで派手にコケて血が出てんだろ!?」


 登校の人の波が、集団スリップ現象を経て玄関へ吸い込まれ終わると、今度は医務室への訪問ラッシュが始まった。

 そんな中、やけに騒がしい三人がクラスメイトに引き摺られてやって来る。


「「「だってココにはユーレイが出るだろ!」」」


「裏返り怪談のことか? バカらしい。さっさと先生に手当てしてもらうぞ」


 どやどやと押し寄せる生徒の中には、夜にレンベール王太子の声を聞いた、あの三人組もいる。度重なる怪異との遭遇に、すっかり医務室を恐れるようになったらしい。


「まぁ、心と身体の手当が必要な方ね。こちらへいらしてください。わたしが癒やして差し上げます」


 その恐れていたはずの扉を開けた途端、目に飛び込んできた柔らかな微笑に、彼らはぽうっと見惚れ、少女の示す椅子に素直に腰を下ろした。


 見覚えのない、天使か聖女とみまごう美少女。彼女が着る学園体操服の胸には「伊咲」の文字が刺繍されている。


「もう大丈夫ですよ。心とケガの手当が必要になったら、また学園聖女のわたしを頼ってくださいね」


 ペタリと貼られた絆創膏と共に、向けられた柔らかくもあたたかい微笑みに満たされつつ、彼らは頬を染めた夢見心地の表情でコクコクと頷く。


 怪我人と付添人は、本日の医務室訪問者全てと同じく、至福の治療時間を過ごし、学園聖女の名を心に刻んで教室へと戻って行った。


「魔法を使わないでも、癒やしを与えられるマリアナさんは、やっぱりわたくしが見込んだ通りの聖女中の聖女ね」


 傍らで治療を主導していた羽理(はり)が満足気に頷く一方で、天井——いや、屋上の方向に視線を向ける。


伊咲(いさき)さんも、これを見たら気が気じゃいでしょうね」


 うふふ、と密やかに笑い声を漏らしながら。






 その屋上出入口では、陽翔が扉に身を隠しながら足元に置いたリンゴの入った皿を、両手で握りしめた長いモップの柄でグイグイと押しやっていた。


「リンゴだよー……。負の感情よりも美味しいリンゴだよー……」


 恐る恐る空に向かって声を掛ける。

 陽翔が羽理(はり)から要請された協力は『闇竜を安心させること』だ。マリアナ曰く、闇竜は人の負の感情を糧にはするが、人肉を喰らう種族でもないし、何より今回やって来たのはまだか弱い子供の個体らしい。


「故郷に帰してやるのに、強引に捕まえるんじゃなくて、安心させて距離を縮めろって……どんな無茶ぶりだよ」


 恨めし気に見上げた上空には、相変わらず旋回し続ける黒い影がある。マリアナや羽理(はり)が使った浄化の光魔法のお陰で、その姿は当初目撃した(からす)サイズにまで縮んでいるのだが、人の心や環境に影響を与える生態を知った今では、どれだけ小さくても警戒してしまう。


 だが、恐々隠れて空を伺っていた陽翔になど目もくれず、闇竜はひたすら細い鳴き声を上げて上空を飛び続ける。晴天の屋上は、夏の日差しに明るく澄んだ青空がどこまでも広がり、時折吹く風が心地良い。


 三限目終了のチャイムを聞いても降りてこようとしない闇竜に、いつしか陽翔の緊張も緩みはじめた。


「変な奴だなぁ、お前も。こんなでっかい空の遠くに行こうとしないで、狭い学校の上ばっかりグルグルしてるなんてさ」


 膝を立てて腰を下ろし、背後に両手を突いてぼんやり青空を舞う闇竜を見上げる陽翔だ。当初感じていた怖さなど、とうに消え去っている。

 とは言え、屋上に来るにあたり異世界の聖女二人から厳重な守護の魔法とやらを掛けられていた為、火山の噴火に巻き込まれるほどの被害に遭遇しない限りは生命の危険はないと言われてはいたのだが。


「狭い世界で右往左往してるお前見てるとさ、ちっさい学校で溶け込めずに、医務室とか屋上をうろうろしてる俺とよく似てるなって気がしてくるよ」


 なんとなく、距離を取りつつも互いを意識しているのが伝わって来る闇竜に、気付けば話し掛けていた。返事や意思の疎通を期待しているわけではないけれど、陽翔の様子にそっと注意を向ける闇竜が、聞いててくれる気がしたから。


 キャウゥーーーン


 と、か細い声が響く。

 否定でもなく、攻撃的でもない。なんとなく発した相槌を思わせる声だ。その声に、陽翔は益々闇竜との距離感が縮まっているのを感じて、ふっと吐息だけの笑いを漏らす。すると、再びキュゥンと柔らかな鳴き声が響いた。好意とまではいかないが、朝一で聞いた時よりずっと柔らかな響きだ。

 その声に落ち着いて姿を見てみれば、なるほどマリアナの言った通り、小心者らしくおどおどと地上に目を向けつつ、距離を取って縮める事の出来ない闇竜の性質が分かる様になって来た。


「なんだ? お前、実はここに降りてきたかったりする? あぁ、腹も減って来たんだろ。リンゴを見る回数も増えて来たもんな」


 継いで、些細な反応も目に付きはじめた。

 まったりのんびり過ごしているうち、四限終了のチャイムが鳴る。


「俺もメシ食ってくるからさ、お前もしっかり食べとけよ」


 そう言って、リンゴの皿を残した陽翔は、静かに屋上の扉をくぐって教室へと降りていった。


 陽翔の立ち去った後の屋上では、この世界へやって来て初めて足で降り立った闇竜が、閉じられた扉に物言いたげな視線を送りつつ、丁寧に磨かれた赤い果実をそっと食んだ。

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