第15話 世界を滅ぼす元凶に、俺は……なる!?
校庭で闇竜の被害に遭った生徒たちに取り憑いた負の感情を祓う。
そんな大それたことを、彼女は微笑みひとつで成し遂げた。
ささやか過ぎる功労は、陽翔や羽理を於いて他は、グラウンドに居た誰一人として気付いていないけれど——
ただ、状況としては朝の登校ラッシュの時間に当たるわけで。
「マリアナさん、また登校してきた子たちが倒れたわ。あと職員も。そちらもお願いね」
「ふぁぁあっ! ごめんなさい、ごめんなさいっっ、対応が遅くて」
羽理からの要請に、マリアナがペコペコ頭を下げる。やっていることは物凄いのに、相変わらずの低姿勢すぎる学園聖女だ。
倒れては起き上がる生徒らの群れは、離れて見ていると、ただの集団スリップ現象でしかなく、校門をくぐった瞬間、何らかの影響で転びやすくなっている場で足を取られているように見えてしまう。
「夏なのに……凍結路かよ」
陽翔は、渇いた笑みを漏らす。夏に冬特有の現象が起こるとは、真逆も甚だしい奇怪な出来事だ。結道高等学園の新たな裏返り怪奇現象として、語り継がれるであろう事象の目撃者となってしまっているのは間違いない。
怪異の発生源である闇竜は、未だ学園上空を旋回し続けている。
キャウゥゥゥゥーーーーーーーーーーーゥゥゥン
と、相も変わらぬ甲高い鳴き声が響き渡る。
「なぁ、羽理先生。あれ、マリアナの居ない所で暴れたら、街規模……下手したら世界規模で大変な事になるヤツじゃないの?」
何故か学園上空に留まり続ける大きな影に、緊張でじっとりと滲む汗で湿った手の平を握りしめる陽翔だ。大袈裟すぎる妄想だと笑い飛ばして欲しい彼の希望が通じたのか、羽理は「うふふ」と軽やかな笑い声を立てる。
「あらぁ伊咲さん、凄い推察力ね。初めて遭遇する魔物なのに、良く分かってるじゃない」
「ホントにそうなのかよ!? マズイじゃん、羽理先生っ!」
こんな時は警察に電話したらいいのか、それとも自衛隊に連絡するべきか。いやその前に市役所に、などと未曾有の危機に成すべきことが分からず、ただ混乱でグルグルと目が回る陽翔だ。
「ふふっ、混乱してるみたいだけど、陽翔さんは大切なことを忘れてるわ。ここには、王国を覆う結界の礎を築いたわたくしが居るのよ。何より、現在唯一の聖女であり、重大事件をささやかな足場不良に置き換えてしまう学園聖女のマリアナさんが力を揮ってくれているわ」
当然のように、どうだと胸を張られても、学園聖女の呼称はついさっき羽理が思い付きで言い始めたものでしかない。
(けどマリアナを見てると、なんだか安心するんだよな)
苛々するくらい自己肯定感が低く、所在なさ気な振る舞いが常の彼女だけれど、不思議な力を使う時だけは堂々として、見る者の不安を取り除いてくれる。
今も、生徒たちを救おうとする彼女からは一片の迷いも感じられない。そこに居るだけで何とかしてくれそうな頼もしさを与えてくれる。
(凄いけど、なんか、俺が置いてけぼりになったみたいで……寂しい?)
悶々とした陽翔の気持ちは、羽理が上げた言葉で断ち切られた。
「わたくし、マリアナさんみたいにスマートな光魔法は使えないけれど、世界を隔てるのと、魔物を排除する力技の魔法だけは得意なの。それが結界ね。
被害を最小限にするために、闇竜がこだわってるこの校舎周辺の空間に、今からわたくしの張る結界に閉じ込めるわ」
言うや胸の前で組んだ両掌にグッと力を込めて、そのまま頭上に引き上げ、勢い良く両掌を離す。すると、微かにシャボンの虹色を帯びる円筒型の膜が、校舎とグラウンドを取り囲んだ。
「見えちゃうのは野暮ったくて押し付けがましいんだけど、さり気ないスタイリッシュな使い方は出来ないのよね。マリアナさんが羨ましいわ」
うーんと悩まし気に首を傾げ、頬に片手を添えた羽理だ。陽翔には、その効果のほども、見えないことがスマートだ、スタイリッシュだと言う彼女の価値観も良くわからないが、目を輝かせるマリアナの様子から、どうやら異世界では凄いことなのだろうと推察する――しかない。
闇竜は、依然校舎上の旋回を続けているが、羽理とマリアナが言うには、これで完全に封じ込めることが出来たらしかった。
(にしてもさ、何であんなヤバい奴がうちの学園の上に現れたんだよ)
恨めしげに見上げると、マリアナが何故か陽翔に向けて「ごめんなさいっ」と連呼しだす。
「いや、何でマリアナさんが謝るわけ!?」
「あの闇竜さんは、わたしがこちらにお邪魔する前の日に、ローランシア王国の結界からお出ししたばかりで……。なのでわたしの近くに居たところに、陽翔さんとわたしが界渡りしたせいで異世界をつなぐ時空の歪みが出来て……巻き込まれちゃったんです、きっと。だから、わたしのせいなんです……」
マリアナがこちらに来たのが原因なら、彼女を咄嗟に引っ張った陽翔の方にこそ非があることになる。まさかの世界の危機は、知らぬ間にファンタジー世界とは無縁な自分が招いてしまっていたらしい。
「えぇー……俺が世界を滅ぼす元凶になっちゃってたワケ!? なら、俺こそ何とかしなきゃいけないじゃん」
愕然と呟いた陽翔の頭上では、闇竜が何かを探し求めて、か細い鳴き声を上げながら旋回し続けていた。




