第12話 レンベール王太子の遅すぎる気付き
周辺国とは一線を画した経済力と軍事力を持つローランシア王国。この国の隆盛は建国以来の永い年月、国土の半分を占める『魔の森』との共存によって成り立ってきた。
『魔の森』では、大量の魔力が地面や大気に含まれており、育まれる植物・鉱石・動物たちはすべからくその影響を受けて、他に類を見ない生成を遂げる。
魔力は人間が持てば、行使する魔法を助ける力となるが、『魔の森』を産地とする物や生物の抱え込んだ魔力は、外見や効能を変化させて格好の貿易品となった。
けれど魔の森がもたらすのは恩恵ばかりではない。生物によっては人が御する範囲を超えて、獰猛な「魔物」と呼ばれる個体に変化する種があったし、大量の魔力を擁する場所は次元を不安定にして、異界から魔物を引き寄せることもあれば、うっかり踏み込んだ人間を異界へ落としてしまう危険をも孕んでいた。
ローランシア王国は、『魔の森』の貴重で希少な素材を資源として所持し、貿易するだけでなく、迷い出る魔物を駆逐し、人類への危害を封じる盾の役割をも果たして全世界に一目置かれる立場を確立してきたのだ。
そして、魔の森の影響を受け続けた影響か、危険な立地を護る能力に秀でた人間が生まれるようになった。一つの高貴な血筋——パレス公爵家に生まれ、女なら「聖女」、男ならば「神官」と呼ばれる者だ。
彼らは代々の聖魔力を継いで、城を中心に、城下町までスッポリと覆う魔力の結界を織り上げた。綻びを直し、慎重に繕い続ける。その結界は、人は出入りできるけれど、魔物は決して出入りできない防護膜となり、今なお城と城下町を魔物の侵入から守り続けていた。
だが、現在。
聖女と呼ばれる力を持つ者は、元平民のマリアナただ一人。数代前に現在の王国を護る結界の礎を築いたとされる聖女以来、正統な血筋に聖女は現れてはいないのだ。
現在「神官」と呼ばれ、王国で幅を利かせているのは、先代公爵とその従兄弟——何れも老齢に差し掛かった者たちである。
異界と隣り合わせの国——ローランシア王国。
不安定と恩恵のバランスの上に成り立った彼の国は、今、安寧の軛となるうら若き聖女を失い危機に大きく傾いていた。
そんな時にあって、レンベール王太子の心を締めたのは、頼りなくも愛おしいマリアナへの想いばかり。居て当然。だからこそ、高みを目指せと声高に唱えることも出来たのだ。
「あたたかなマリアナの微笑みが……考えすぎる私に、いつも力をくれたんだ……」
昨夜、異界へと落ちかけたマリアナに、咄嗟に伸ばした手はしっかと届いていた。
だが近衛兵らが駆け寄り、口を開けた異界に近付きすぎたレンベール王太子を引き戻した。
「マリ……ア……ナ」
愕然とした呟きが、聖女の姿を掻き消した礼拝堂の壁に当たって消える。
近衛兵らの的確な動きにより、王太子の安全は確保され、彼はこの世界に留まった。けれども聖女は魔物とともに異界へ飲まれてしまった。
いつも自信なさげに謝罪ばかりを繰り返し、王国一の優れた魔導の教師を付けて聖女の魔法の特訓を積ませても、いっこうに魔物を華々しく駆逐する素振りを見せない。聖女たる多大な魔力を持っているのに、魔物の駆除では使いこなせない。役立たずの呼称を享受し続ける、愛すべき不器用な婚約者。
「マリアナっ!! どこだっ!? 返事をしろ! マリアナぁあぁぁぁあっ!!!」
必死に叫ぶ声は、冷静で自分にも他者にも厳しい普段の王太子とはとても思えない取り乱したもの。
マリアナが王太子たる自分の婚約者で、共に国を背負って行く立場なのだと自覚すれば、もっと能力は伸びるはずと信じて、声を掛け続けた。滔々と聖女の力を持つ重要性を、口を酸っぱくして解き続けた。
その尽力も虚しく、いつまでも自信のなさから脱却出来ないマリアナは「役立たず聖女」から脱却する気配を見せない。
それでも、レンベールは賭けたのだ。例え父王が、マリアナの血筋の悪さ故に、貴族からの協力を得ることが難しいと難色を示しても――パレス公爵家随一の聖女たる魔力の強さを持つマリアナとなら、理想の安寧の国家を築ける。そう将来展望を描き、強引に自分の婚約者の座に据えた。
父王からは「分かっていると思うが、弟が成人を迎えるまでの猶予だ」と苦言を賜っている。マリアナが、貴族の信任を得られる成果や能力を示さねば、王太子の座は弟のものになるのだ。
けれど、レンベールは信じていた。
彼女は弱気に「ごめんなさい」を繰り返す役立たずなどではなく、自信と力に満ち溢れた聖女となり、自分と手を取り合って共に王国を治めるべき存在となるはずなのだ――と。
「マリアナーーーー!!」
その掛け替えのない少女が、一瞬のうちに異界の口に魔物と共に飲み込まれてしまった。
そこでようやく気付いたのだ。
「君の存在がないだけで、心が折れそうだ。私の手を掴んで欲しい。戻って、欲しい……」
マリアナに抱く己の感情が、恋情だと。




