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第10話 裏返りがもたらす異界の声


 眩い夏の日差しを遮って、陽翔の顔に一瞬影が落ちる。


 目を細めて空を見上げれば、太陽が燦々と照り付け、遠くでキャウーンと甲高い不思議な声が聞こえた。名も知れぬ野鳥なのだろう。

 隣を歩く自分の体操服を着たマリアナにドギマギし通しの陽翔(はると)は、いつもなら気にもならない街の音、音、音がやけにくっきりと耳に入っていた。


 首尾よく家族に見付からずにマリアナを連れ出せたはいいものの、勿論そのまま学園の教室に向かうことはできない。軽薄な人間関係を疎いながら、軽薄極まりない話題を提供することになってしまうから。


「ここは……! 昨夜、ハルト様が異界の扉を開かれた場所ですね!」


 結道(ゆいとう)高等学園の門を潜ったところで、帰郷への期待に瞳を輝かせたマリアナが声を弾ませる。まっすぐ中庭へ向かおうとするのを制して生徒用玄関に向かえば、彼女は不可解そうに眉を寄せた。


 朝7時半の生徒用玄関は、まだ登校ラッシュ前の静けさで、グラウンドの方向から運動部の朝練の声が響いてくる。


「俺は、異界の扉なんて開けてないから。あと、医務室は校舎の中から行くことが普通だから。くれぐれも窓から出入りはしないでね」


「えっ? でも、ハルト様が出入りされていた場所は窓なのですよね」


「…………あー……うん。タバコのせいで、本っ当にどうしようもなくてっ。タバコのことが無ければ俺だって窓からなんて出入りはっ」


「タバコ……の、せいですか。タバコとは……人の行動を狂わせる恐ろしいもの、なのですね」


 深刻な表情で、しみじみと告げるマリアナだ。

 言っていることは間違いではないが、タバコの害を『窓からの出入り』を助長すると捉えている気がする。


「うぅっ……そうだけど、そうじゃない……」


 と、喉の奥で声をつっかえさせる陽翔は、「おいたわしい」との気持ちも顕なマリアナの視線に、羞恥心がぐんぐん湧き上がってくる。


「あの部屋はっ、ココでは医務室って呼ばれているんだ。体調が悪かったり、……気持ちが追いつかなかったりして、身体や心の休憩が必要な人なら、誰でも入って良い所だからっ。だから、当然困ってるマリアナさんも入って良くって。多分」


 生徒でないマリアナが医務室を使えるかと言えば、否だ。だが、居た堪れない陽翔(はると)はそれ以上の会話を避けるべく、マリアナから目を逸らしつつ言葉を連ねる。だから彼は、マリアナが小さく蜃気楼(ミラージュ)の魔法を唱えるのには気付かない。


 マリアナとて馬鹿ではない。家から学校までの陽翔の反応で、この異界において自分の存在は秘匿すべきものなのだろうと察して隠遁することを選んだのだ。斜め後ろに付き従う彼女の姿がぼやけ、透き通る異変が起こっているのだが相変わらず陽翔は正面を見据えたままだ。


「んで、ココがっ、医務室でっ」


 早足で医務室へと向かい、ひと息に目的の扉を開けた。





「あら? 早くから()()()()登校、偉いわねー」


 途端に、養護教諭 羽理(はり) 須美子(すみこ)の柔らかくも朗らかな声が掛けられた。


「ええっ!?」


 直ぐ側でマリアナの心底困惑した声が響くが、 陽翔(はると)もソレに負けずに混乱している。


羽理(はり)先生、いっつもこんな早い時間に居ないのにっ! 何で今日に限って!?)


 かつん、とパンプスのヒールを鳴らして二人の目の前に立ったのは、白銀に輝く結髪(ゆがみ)まで清浄な医務室に相応しい、白衣の養護教諭だ。


「まあ、お入りなさいな。身体と心の休息が必要な子たちなら、医務室はいつでも受け入れますからね。伊咲さんのお友達も、そんなに緊張しないで? ()()()()()姿()で、こちらにどうぞ?」


 羽理(はり)の微妙な言い回しに違和感を覚えた陽翔が、背後のマリアナを振り返れば、彼女は目と口を開いた驚きの表情を見せている。「なんで? 魔法が失敗してた? 解かれた? 見えてた?」と驚愕交じりの呟きを漏らすマリアナに、ふんわりとした余裕の笑みを向ける羽理(はり)は、更に「こちらの椅子にどうぞ」と二人を医務室中央に置かれたテーブルへと誘導した。


「それで? 始業より一時間も早くから、可愛らしいお友達を連れて来るなんて。一体なにがあったのかしら?」


 椅子に座るや、羽理(はり)が質問を向けて来る。ただ、厳しく質問すると言うより、棚から出したティーセットで紅茶を淹れつつ、背中越しの雑談めいた雰囲気の言葉だ。教師からの問い掛けから受けがちな圧力は感じないが、色々追及されたくないことがありすぎる陽翔は「うぐっ」と口籠る。


「あの、えっと……いつもの。いや、いつもより早いのは、そう! いつもお世話になっている医務室のお掃除をしようと思って、友達にも手伝ってもらうつもりで一緒に来たんです!」


「ふぅん? これを言うのは二度目だけど、お掃除なら間に合ってるわ。このお部屋はね、不思議と全く汚れることがないの。わたくしがここに居る限りはね」


「あっ……! あー……。そうとも聞きましたが、えっと、羽理(はり)先生には、いつもホントにお世話になっているからですねっ」


「ふっ、ふふふっ。意地悪を言って悪かったわね。わかってるわ、わたくしに内緒にしたいことがあるんでしょ」


 何とか誤魔化そうと必死で言い訳を紡ぐ陽翔のことなど、お見通しだったらしい。クスクスと、笑い続けながら羽理(はり)は右掌を陽翔に向けて言葉を止めさせ、白衣のポケットに入れた左手をそっと持ち上げた。


「さて、伊咲(いさき)さん? あなたの本当のお目当ては、こちらの気の迷いが滲み出ている草臥(くたび)れた小さな箱かしら? それとも、自己評価が低くて、隠れたがり屋のお友達の助けを探しに?」


 やや勿体ぶって陽翔の前に出された手には、三ケ月の間にすっかり見慣れたタバコの箱が乗っている。

 同時に、羽理(はり)の視線が、内心を見透かすようにピタリと陽翔の目に合わせられる。


(うわぁぁあっ!? 見付かった! 知られた! 終わったぁぁあぁーーーー!)


 その瞬間、心の中で悲鳴を上げる陽翔の気持ちが通じたのか、羽理(はり)の手の中の箱が虹色に輝いて、ふつりと姿を消した。時を同じくして、陽翔の背後でマリアナが蜃気楼(ミラージュ)の魔法を唱えていたが、陽翔は気付いてはいない。それどころか、突然のタバコの消失に、安堵よりも驚愕が勝り、大きく目を見開いて硬直している。


 そんな彼の反応とは真逆に、マリアナは落ち着きを取り戻したものの、すぐに険しい表情を浮かべて羽理(はり)に鋭い視線を向けた。


「やっぱりわたしの魔法は正常にはたらいてます! 効果を無視できるあなたは何者ですか!?」


 糾弾の声を上げるも、羽理(はり)は落ち着いた笑みを崩さず、それどころか箱の消えた手を軽く一振りして、見慣れたタバコを再出現させてしまう。さらには「え?」とも「は?」ともつかない音を繰り返す陽翔と、警戒心も顕わなマリアナに一層深い笑みを向けると、有無を言わせない口調できっぱりと告げる。


「そんなことより、あなたたちには手伝ってもらわなきゃならないことが出て来ちゃったみたいだわ、ね?」


 眉根を寄せて、徐に彼女が窓の方向へ顔を向けた。注意を向けているのは、校舎の影になって直には見えない校庭の方向だ。そこからは今や、整然とした運動部の掛け声とは異なる、微かな喧騒が混じり始めて聞こえてくる。


「引き換えに、不適切なものを学園に持ち込んだことは不問にするわ。さて、どうする?

 ――3年1組 伊咲 陽翔さん。ローランシア王国聖女 マリアナ・パレスさん」


 いつもの穏やかな雰囲気を一転させ、厳しくも凛とした気配を漂わせ始めた羽理(はり) 須美子(すみこ)が、二人を交互に見遣る。




 キャウゥゥゥゥーーーーーーーーーーーゥゥゥン



 時を同じくして結道(ゆいとう)高等学園周辺に、あの耳慣れない高音の鳴き声が響き渡った。







第1章 男子高生は怪奇現象に巻き込まれて異世界聖女に出逢う ―― 完 ――

その名の通り「第1章」は、現代の男子高生 伊咲 陽翔が、ただのウワサじゃなかった怪奇現象に巻き込まれ、異世界聖女に出逢う――どころか異世界から連れ出してしまう出逢いの章でした!


ここから、現実世界での聖女マリアナの奮闘と、現実逃避アイテムのタバコの件を内密にしたい陽翔が、思惑と事情をたっぷりと隠した医務室教諭・羽理によって異世界事情にも巻き込まれつつ現実に立ち向かって行く「第2章」となります。

どうぞ、おたのしみに*。٩(ˊᗜˋ*)و*。


続きが気になるな・と思っていただけましたら、是非ともブクマをお願いいたします☆

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